突如部屋に戻ってきた身勝手な元彼。彼には雨が降っている。降りしきる雨が止んだとき、彼は再び去っていった。今度はこの部屋に雨が降っている。
ありふれた出会いと別れを描いた作品にもみえるが、それはあくまでも『枠組み』の話である。本作の見どころは、何といっても登場人物達の感情芝居である。……とはいえ、多くの作品にみられるような、激情が表現されているわけではない。一見平坦にすら思える感情の中の、ほんのわずかな揺れ動きがたしかに描写されている。大きな事件がなくとも、そこには確かに人間ドラマがあり、登場人物達の思いや考えが繊細に伝わってくるのは、私には大変な魅力だった。
詩的でとても心に響く作品です。主人公の一人語りで進行する物語は失恋にも似た感情を露呈していくだけでありますが、語られる内容に読者は没入感を覚えていくことになります。何を区切りとするのか。恐らく主人公にも分かっていないことでしょう。淡く儚い記憶。けれども、それが燦然と輝いていたこと。事後になって理解する羽目になった主人公の心情は想像するに容易いものです。とても短い文章に込められた物語。次に雨が降るのは誰の心なのでしょうか。お勧めの作品です。