十年前の七月三十日に起きたテロ《MARS七三〇事件》
その日を皮切りに、世界は堰を切ったように壊れだした──
Eudaemonics。即ち幸福論と名打たれた本作品は、語るべき魅力が非常に多いです。
軸となる『アヤカシ』という存在についても、龍神という名前だけでも神々しさが伝わるキャラクターから、木の神の眷族『木霊』、メジャーな妖怪である『一反木綿』など。
それ以外にも幅広く登場する上に、口癖や外見にもしっかりと個別とした特徴があり、愛着や親しみも湧きやすい。
そして、無論それはアヤカシだけに留まらず、記憶喪失の主人公『秋月 燈』を初めとした数々の登場人物達に も価値観や性格が色濃く出ている。
人間ドラマとしての質も高く、そこが群像劇という本作品のスタイルを際立たせています。
また作中には多くの謎が散りばめられており、そこが心地良いサスペンスとミステリーをもたらし、ほっこりする日常パートとの緩急を付けているので中弛みもしない。
序盤は情報量の多さに少し腰が引けるかもしれませんが、そこは作者様もしっかりと考慮し、随所に施された工夫が光ります。
設定を押し付けるのではなく、記憶喪失の主人公と二人三脚で理解していくという構成や、途中に挟まれる『幕間』や『時系列』などにその丁寧さが現れております。
そういった読み手への易しさと作品の面白さを非常に巧みに両立しているが故に、多くのレビューや星、評価を得れているのだと。
作家としても、純粋な読者としても楽しめる作品である事は間違いないです。
以上の観点からして
つい「複雑そう」「難しそう」と構えてしまうかも知れないけれども、作中にちりばめられた謎を一から十まで整理して読み進めなくても問題ないです。
霧の中を探検するように。
自分なりのペースで読み進めても、丁寧な小説の造りや工夫が、自然と頭の片隅にあった謎を晴らしてくれます。
そしてやがて謎が晴れ、霧に包まれていた形の全容が判っていく瞬間の感動や興奮、そして幸福を、是非感じ取っていただきたい。
ゆっくりでも忙ぎ足でも良い。
歩き始めたばかりで、難しそうだと引き返すには、あまりに勿体ない。
そう断言出来るほどの作品であると明記します。
この世ならざるもの、アヤカシと触れ合い、共存する少女、秋月燈はある事件をきっかけに記憶喪失になってしまう。アヤカシの存在を忘れてしまった彼女は、アヤカシを見ることができない。その存在を忘れてしまったはずなのに、生活の中で空虚を感じる。その虚しさの正体を探そうと、彼女は失われた記憶を探し求める。
どこまでも真っ直ぐに、自分のしたいことを貫き通す燈。
それに惹かれるように、彼女の傍にいる人たちは突き動かされ、彼女に協力していく。やがて、彼女は失われた記憶を取り戻すことができるのか。
日本古来から伝わる〈アヤカシ〉という存在。日本書紀、平家物語など数多の書物に書かれるそれらを、この作品では歴史書を元に克明に書きだしている。
言葉、言霊、約束、呪い、祀ろわざるもの――日本人が身近に感じ、敬意を払ってきたものを題材に、豊富な知識量でそれを物語としている。
さまざまな知識で裏付けされたこの重厚感ある作品は、神話の空気を感じさせるほどゆたかな描写で書き記され、心震えるほどほど切なく言葉が語りかけてくる。
まさにこの作品に封じられた言の葉は、言霊足り得るほど美しい。
心から読んでいただきたいと思える、群像劇だ。
Twitterより紹介を受けて拝読させていただきました。
まずびっくりしたのが一話目にして大量の特殊単語や登場人物。流石群像劇と語るだけはあり、これと合わせて過去の事を語るような展開になっておりかなりゆっくり腰を下ろして読むのが向いている作品だと思っていました。
しかし、話を進めるとこれらが「これからはじまるストーリーの要素を散らばめておく」という構造だと理解し、無理に覚えきる必要もない事に気が付けました。
キャラの関係性で言うと、愛され、が多いのかな?って感じですね。超常日常関わらず多く愛された主人公と、その感情からか保護、或いは鍛えようとする他の座キャラたちの動きだったり。
語彙力の豊富さに驚かされまして、恥ずかしながら途中辞書を取り出す場面も……
中々面白いくはありましたが、この構成に驚く人もいるかも?そんな一作でした。
自分を大切に思ってくれる人のことを、私たちはいつの間にか忘れてしまっているのかもしれません。それは、親であり、友人であり、先生かもしれません。
「忘れる」ということは、その存在を自分の中から消し去ってしまうということ。
それでも、その「忘れられた誰か」は、私たちを見守ってくれているのかもしれないですね。
この作品の、アヤカシたちのように。
世界設定が細かく、とても読みごたえがありました。
人物描写も細かいため、彼らが動き回る様を想像しやすく、入り込みやすい作品です。
戦闘シーンには疾走感があり、素晴らしいなと思います。
また、主人公とアヤカシの交流が非常にほほえましく、もっと彼らの日常を見てみたいです。
妖怪や心霊の類をなんら知識のない人が書くと、できそこないのファンタジーしか出来上がりません。
しかし、この作品は圧倒的な知識に裏付けされた上で世界が作られています。
物語の展開も、冒頭から「謎」を提示する形で幕を開け、読者を引き込まずにはいられない巧みさです。
ただ一点惜しいのが、筆者に力量がありすぎて世界観をしっかり作り込んでいるばかりに、それを第三者の読者に読ませるのが難解なレベルに到達してしまっているところです。
物語の進行とともに世界観の説明がされる構造は見事ですが、少し気を抜くと、せっかくの世界観をきちんと理解せずに読み進めてしまう危険性を孕んでいます。
しかし、読者を引き込むだけの魅力があるので、それも玉の瑕にすぎません。