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ソフトバンクが商用利用可能な「ワイヤレス電力伝送」を普及させたい理由とは――膨大なIoTデバイスの給電と管理を自動化へ

 ソフトバンクは、ワイヤレス電力伝送(WPT、Wireless Power Transfer)の技術を商用環境で検証できる「ワイヤレス電力伝送ラボ」をテレコムセンタービル(東京都江東区)に開設した。

 ラボでは、電波を利用した空間伝送型のワイヤレス電力伝送システムを実際に体験でき、2024年度中を目処に、さまざまな企業や団体が気軽に利用できるオープンラボとして運用する。

 ソフトバンクが空間伝送型のワイヤレス電力伝送システムを研究する意義や目指す姿はどのようなものなのだろうか? 空間伝送型のワイヤレス電力伝送システムの現状や課題も踏まえ、同社の基盤技術研究室 システムデザイン研究開発部 無線電力伝送研究開発課 課長の長谷川 直輝氏から聞いた。

Qiなど身近なワイヤレス電力伝送システム

基盤技術研究室 システムデザイン研究開発部 無線電力伝送研究開発課 課長の長谷川 直輝氏

 無線で電力を供給できるワイヤレス電力伝送システムには、磁場変動や磁界/電界共振、電波など、給電方法によって分類されている。

 たとえば、磁場変動によるエネルギー給電方式の「電磁誘導型」では、スマートフォンやフルワイヤレスイヤホンなどの充電に採用されているQi規格などで利用されている。また、磁界/電界共振によるエネルギー給電を行う「共鳴型」では、電気自動車の給電などに活用されている。

 同社は、電波によるエネルギー給電を行う「空間伝送型」に注目して研究開発を進めている。これまでもミリ波の通信とワイヤレス給電を両立するシステム開発などの取り組みを進めている。

法整備され商用利用もできる

 そのなかでも同社がワイヤレス電力伝送システムに取り組む背景として、これからのデジタルツインやSociety 5.0の社会に向けてIoT機器やセンサーデバイスが多数活用されるようになり、そのデバイスの給電や電池交換の負担が非常に大きくなってしまうことがあると長谷川氏は指摘。この給電タスクをワイヤレス電力伝送システムで自動化することで、意識せずにデバイスを管理できるようになるという。

 なお、ワイヤレス電力伝送システムについては、2022年5月に法整備がなされ、商用利用ができるようになった。

 現在は、920MHz帯と2.4GHz帯、5.7GHz帯の3つの周波数帯について、一定の要件を満たす屋内でワイヤレス電力伝送システムが利用できる。一定の要件の中には、周囲の電波環境や建物外への電波漏洩などのリスクなどが鑑みられるという。

 また、人間がいる場合の送信は、920MHz帯のみ認められており、ほかの周波数帯では認められていないなど、周波数帯によって電力や伝送距離などに違いがある。

 ワイヤレス電力伝送システムの送信局は、全国で11カ所開設されており、そのうち3局がソフトバンクの事業所で開設されている。いずれも920MHz帯のシステムが利用されており、そのなかの1つが今回のラボに設置されている。

実用化に向けた課題

 ワイヤレス電力伝送システムについて、潜在的な関心はあるものの、社会実装やビジネス化された事例は少ないと長谷川氏は指摘する。

 原因として、長谷川氏は電波干渉や人体防護といった技術的な課題を挙げる。また、導入コストは減少傾向にあるもののまだまだ経済的なハードルがあるほか、安全性や法規制など一般の理解もまだ進んでいないという。

 そこで、同社ではワイヤレス電力伝送システムの商用環境を用意したラボを設置。システムの普及への貢献や、交流の場とすることで産業の活性化を図っていきたいという。システムを気軽に試せる環境を提供することにより、オープンイノベーションの創出が期待できると長谷川氏は説明する。

 ラボは2023年12月に開設されており、現在はクローズドのメンバーによる実証などが進められており、将来的にオープン化し、さまざまな企業や団体などに公開するとしている。

 人体防護については、特別な仕組みは取り入れていないが、電波防護指針を下回る出力で駆動できるよう、システム設計がなされているとしている。

ラボでの検証事例

 たとえば、室内環境測定システムとの統合試験として、ストラップ型の受電装置を電源とした温湿度センサーでの検証ができる。

ストラップ型の受電装置とセンサー
ストラップ部には電波を受信するアンテナ

 帯状のストラップ部分は受信アンテナとなっており、センサー部に電源を供給する。センサーからの測定データは、リアルタイムで送信されており、たとえば、センサー部を手で覆うと、湿度が上がるのをリアルタイムで確認できる。電源は920MHz帯の電波で供給しているため、手で覆った程度で供給が止まることはない様子や、電波の発射を停止すると、データの送信が停止する様子などを確認できる。

天井に設置された送信装置
センサーからのデータ受信のイメージ。青線が湿度、赤線が温度、緑が電力量。左にはセンサー部を手で覆ったところで湿度が上がっている。中央部は、電波の発射を停止した状態で、電源供給量だけでなくセンサーからのデータ送信が止まっている様子が見られる

 920MHz帯の電波では、現状ドアセンサーや先述の温湿度センサーといった環境センサー、トラッキングデバイスや電子値札といった消費電力が低いデバイスを中心として活用を模索している。ラボの受電装置の中には、ボタン電池型の電極を備えた物もあり、実際にボタン電池を電源とするデバイスでの供給実証も行える。

下の電池は実際のボタン電池。ボタン電池型の電極から電源を供給でき、既存のデバイスにも活用できる

デバイスごとに充電管理できる未来へ

 長谷川氏は、現在の電力供給について、家庭や事業所単位で契約し、有線で電力を供給する「専用回線状態」とたとえる。また、無断でコンセントから電源を取ると「電気泥棒」になることも指摘する。

 今回のシステムを発展させ、「端末単位」の課金システムができるようになると、多くのユーザー/デバイスで給電システムを共有できるようになる。端末単位で給電の管理ができるようになれば、給電システムの場所に入るだけで自動接続され、使用した分だけ課金されるようになる。契約していないユーザー/デバイスが入っても、端末ごとに給電管理ができるため、給電がされずに「電気泥棒」の状態にならないという。

 同社では、ワイヤレス電力伝送システムのアンテナと制御/管理プラットフォームがネットワークを介して連携制御できるソリューションの開発を進めており、免許制の電波を利用している通信キャリアにはノウハウがあると自信を見せる。

 なお、3月時点でのラボでは、端末管理までは行っておらず、同様の受電装置があれば、どのデバイスでも給電されるようになっている。

 また、Beyond 5G/6G時代を見据え、基地局の非通信リソースを活用する取り組みの一つとしてワイヤレス電力伝送システムの機能拡張に取り組んでいる。通信の機能拡張として、通信の規格を崩さずに通信とワイヤレス電力伝送システムを両立させる技術開発を進めており、2030年を目処に基地局を用いたワイヤレス電力伝送システムの広域な社会実装を目指すとしている。

「ワイヤレス電力伝送ラボ」があるテレコムセンタービル

【追記 2024/03/27 21:02】
 人体防護に関する取り組み内容を追記しました。