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10月のこれから売る本-トーハン 吉村博光

2014年10月26日 印刷向け表示

今だけは、我が家のチャンネルの主導権を私が握っています。大変恐縮ながら、イチ阪神ファンとして胸の高鳴りが抑えられません。イチ野球ファンとしては、日本シリーズは優勝したチーム同士でやって欲しいという複雑な思いもあるのですが。さて、ファーストステージ初戦で福留選手が放ったホームランは、その後の良い流れを作る「値千金」の一発でした。この「値千金」という言葉、使い古されていますが、いまも度々新聞の見出しを飾る表現です。なかなか他の言葉が、当てづらいのかもしれません。

新聞の見出しやコピーを書くこと、そして本を作ることは人々に受け入れられる「新しい形(言葉)」を生み出そうと奮闘する仕事です。私は、本を紹介するキャッチコピーを作るとき、この「値千金」に類する言葉を安易に使わないようにしています。ただ、こういった「型」を知らなければ、「型」を破ることができないのもまた事実です。型を知らない子どもの瑞々しい表現に胸を打たれることがありますが、仕事はそういうわけにはいきません。今月はまず、この本のご紹介から始めさせていただきます。

昭和の名編集長物語―戦後出版史を彩った人たち

作者:塩澤 実信
出版社:展望社
発売日:2014-09
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本書では、42名もの“昭和の名編集長”が紹介されています。「型」を破り新しい文化を生み出してきた、ヒットの軌跡でもあります。いまはミリオンセラーの編集者がテレビに出る時代ですが、本書によると、もともと編集者は人前に出るのを潔しとしないタイプが多かったそうですから、昭和の編集者の事跡を綿密に記したこの本は、出版業界のみならず全ビジネスマンにとって大変貴重な本だと思います。

オヤ、マア、ヘエ──。読者を「オヤ」と驚かし、ついで「マア」と面白がらせ、「ヘエ」と感心させること。30代の若さで雑誌「女性自身」を100万部の大台に乗せた編集者・櫻井秀勲は、この3原則を雑誌づくりの“三種の神器”と呼んだそうです。また、雑誌「週刊朝日」を150万部に近くにもっていった扇谷正造も、「アラ・マア」の2原則を掲げていたといいます。また、「暮らしの手帖」の名編集者・花森安治は、ごまかしのない愚直な仕事を求める人で、衣装箱を撮影するときはたとえ中身は写らなくとも、空箱では絶対に写真を撮らせなかったそうです。42名各人の物作りへのアプローチが、大いに参考になりました。

さらにワクワクさせられたのは、この42名の人生が、それぞれに交差しているところです。文化出版局で発行部数2、3万部だった雑誌「装苑」を10年で30万部の大雑誌に育てあげた名編集者・今井田勲は、入社当時、主婦の友社で大出版人・石川武美、本郷保雄の厳しい薫陶を受けたそうです。例えば、「大根おろしで肺病を治した5例」の原稿を若き今井田が本郷編集長に見せたところ、何人に取材したのかきかれ、胸をはって20人だと伝えたところその場で破り捨てられ、取材対象を100人に増やして良い原稿が書けたところで、こう諭したそうです。

「原稿というのはね、手で書くものではなくて、足で書くものなんだよ」

この言葉は、効率優先の今こそ覚えておくべき言葉だと思います。編集に限らず、販売の現場も同じです。データを振り回せば、ベストセラーを買ったお客様が次にどんな本を買う傾向があるかPC上では見ることができます。しかし、それを店頭で並売したところで、そう簡単に売れるものではありません。そんなことは寧ろ、最大公約数的なネット書店に任せ、そのお店を訪れるお客様の顔を見るのが第一歩なんではないでしょうか。優れた編集者が足を使うように、本を紹介する私たちも、もっと販売の現場を知る必要があると感じています。

それは、私が著者の皆さまの店頭イベントを企画する理由の一つでもあります。自分の関心のある本だけでなく、時間をかけて多くの本を読み続ける理由でもあります。「足」で(時間をかけて、身体をはって)お客様のことと商品のことを、より深く知ろうとする営為なくしては、五十歩百歩のような気がしてならないのです。最後に、大ベストセラー『試験に出る英単語』を生み出した、編集者・小澤和一の“売れ本づくりの秘策十カ条”(本書所収)から二つ抜粋させてください。

「本をつくるとき、最初に読者の顔が見えているか」
「裏づけのない観念ほど危険なものはない」 

RAPID COMMUTER UNDERGROUND (ビッグコミックススペシャル)

作者:座二郎
出版社:小学館
発売日:2014-07-30
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本書は、通勤電車(東京メトロ東西線)の中で書かれた漫画です。それだけで、私は一読の価値があると思いました。混んだ電車の中で、著者は何を考え何を描いたのか。その「衝動」の源を知りたくなりました。車内でマンガを描くようになる前は、普通にマンガを読んで過ごすことが多かったようです。しかしある日、読む本がなくなったため偶然描きはじめたのだとか。その作品世界は、ストーリーものというより「フラッシュ的な妄想」を集めたコラージュものという印象を受けました。正直、「泣ける一冊!」とかテンションの高い紹介はできません。

しかし、不思議と力が湧いてきたのです。なぜなら本書を読むことは、自分が通勤時間をどう使っているかを見つめなおす作業でもあったからです。私は、主に通勤時間を利用して月20冊くらいの本を読んでいますが、帰りの電車(座れる)は書く時間にもあてられるんだなぁと思ったのです。部活動が充実すると、勉強もはかどった記憶はありませんか?好きな部活に取り組んでいると集中力が高まります。この著者も、たぶん描いている時間は「ゾーン状態」に入っていて、とっても幸せなんだろうと思います。想像しただけで力が湧いてきます。読んだ甲斐がありました。

この法則でゾーンに入れる! ―集中「脳」のつくり方

作者:茂木 健一郎
出版社:朝日出版社
発売日:2014-09-06
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「友達と遊んでいて、気がつくとすっかり日が暮れていたというような経験は誰にでもあるのではないでしょうか。それこそがゾーン状態です。」

集中していると同時にリラックスしている状態で、そんな時が一番結果が出やすいそうです。ウサインボルト選手が世界新記録を出したときの走りは、とてもリラックスしていましたよね。また、スピードスケートの清水宏保さんも「世界新記録が出るときには、むしろ『流している』感覚に近いほど、リラックスしている」そうです。じつは私にも心当たりがあって、中学の期末試験のときに「よおし!全科目で満点をとるぞ」とシャカリキになって勉強した時は成績が悪かったのですが、盲腸で学校を休み友達がまとめてくれたノートを見て勉強したときに、学年で1番になったことを覚えています。まさにあの時は、集中していると同時にリラックスしている状態でした。盲腸だけに、本書に書かれている内臓感覚的直感(ガットフィーリング)で正答を得た3択もあったかもしれないですね。

本書では、ゾーン状態にもっていくにはどうすれば良いか、脳科学者の茂木健一郎さんがわかりやすく説明しています。自分を客観視するメタ認知や、ゲーミフィケーション、朝のゴールデンタイムなど、すぐに実践できる具体的な方法が紹介されていますので、多くの方の役に立つと思います。なかでも私は、いきなりトップスピードで集中するクセをつける「1分間集中法」が気になりましたので、早速試してみようと思っています。

「役に立たない」と思う本こそ買え

作者:森田 正光
出版社:dZERO(インプレス)
発売日:2014-08-29
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本書は、大の読書家であるお天気キャスターの森田正光さんが書かれた、読書のススメです。本の買い方や選び方とともに、70冊あまりの本が紹介されているので、読み応え十分です。はじめにタネ明かしをしてしまうことになりますが、書名の意味は「どこか面白そうだけど、これは読んでも役に立たないだろうな」と思った本を積極的に買いましょうという意味です。私なりに解釈を広げると、こういう本の買い方をしなければ、人はなかなか自分の狭い世界から抜け出すことができない、という問題提起なのだと思います。日々本屋さんを訪れ、月々20冊くらいの本を読んでいる私も、全く同じ思いです。

「本を読むには努力がいる。仕事が忙しければ書店に足を運んだり、読むための時間を確保したりするにも努力がいるだろうし、経済的に豊かでなければ資金を確保する努力もいる。努力して獲得したものは、必ず残る。それが断片であっても、意味がある。(中略)ふとした瞬間に記憶がよみがえり、目の前のことと結びついて自分流の考え方や判断ができる。」

私は、一見「役に立たない」と思われるこういった断片的知識の集積こそ、何かを生み出す源だと思っています。ここに、ゾーンが作用したとき、新しい価値ある何かが生まれるのではないでしょうか。本書でも書かれていますが、私もベストセラーでない本は、本屋さんで見かけたときにできるだけ買うようにしています。このようにして獲得した知識こそ、自分の独自性を作るのです。一昔前にマーケティングとか戦略とか誰にでも真似しやすいビジネスの思考フレームが輸入され、恥ずかしげもなくそれを振り回す人がいまも後を経ちませんが、ぜひ、こういう経験に根ざした本を読んで、教養を深めてもらいたいものだと思います。

今月は、髄膜炎という病気にかかり、いまも本を読むと少し頭痛がする感じで後遺症が残っています。これからしばらく、もう少し頭と心をゆっくりと休める時間をとりたいと思っています。13年間e-honで延べ1億人のお客様に本をご紹介してきた経験を活かし、HONZのレビュアーとして、テレビ埼玉「ごごたま」のブックプレゼンターとして、人と本との幸せな出会いを演出する仕事はまだまだ始まったばかり。ぜひとも、長い目でよい良い仕事を遺したいものです。
 

吉村博光 トーハン勤務
夢はダービー馬の馬主。海外事業部勤務後、13年間オンライン書店e-honの業務を担当。現在は本屋さんに仕掛け販売の提案をする「ほんをうえるプロジェクト」に従事。ほんをうえるプロジェクト TEL:03-3266-9582
決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!