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産むか、産まないか 急激な高齢化が進むベトナムで特派員をして考えた

子連れで特派員@ベトナム 更新日: 公開日:
パフュームパゴダと呼ばれるハノイ郊外の香寺。洞窟の中に赤ちゃんの人形が置かれていた=鈴木暁子撮影

鈴木です。7歳の長男(ポコ)と夫(おとっつあん)と一緒にベトナム北部ハノイで暮らしながら新聞記者をしています。今回は産むか産まないか、についてのお話です。

ベトナムでは、家族に関する個人的なことがらを初対面でいきなり聞かれることがよくある。「お客さん結婚は?」。タクシーに乗って言葉を交わせば、まもなくこの質問になり、「夫はベトナム人か」「お子さんは何人?いま何歳なの?」とつづく。家族を大切にする人たちだから、会話も家族から始まるのかもしれない。だいぶ前、若いタクシーの運転手さんに同じことを聞かれたので、「息子1人でいま7歳。38歳で産んだからね」と言った。すると、運転手さんは車のバックミラーでびっくりしたように私をみつめ、「38すか、まじで、ベトナムじゃないなーそれは」と訳したくなる感じのノリで答えた。ベトナムの人からしたら38歳での出産は超・超高齢出産だろうか。もちろん日本でも高齢出産だったけど。

家族4人でバイクでお出かけ。中には新生児のような赤ちゃんを連れている家族も=ダクラク省、鈴木暁子撮影

もしも人間が一部の植物のように自家受粉できたら、私には今ごろ5人ぐらい子どもがいたかもしれない。だが妊娠出産は自分1人でできるものではない。やりがいのある仕事といった「誘惑」もある。私の場合、いつかは子どもを産むつもり満々でいたものの、気がつくと30代後半になっていた。

「のんびりして、あなた無理よ、子どもなんて」。36か37歳のある日、診察で訪ねた婦人科の女性の医師にばっさりと言われた。不妊治療を続けている人と接する立場から、のんびりした私の様子にあきれ、「急げ!」と活を入れたくなったのかもしれない。帰り道にべそをかき、家に帰って大泣きした後、よっしゃ産むぞと思い、私はまず自分のおなかにある子宮筋腫を取ることにした。不妊だと診断されたことはなかったが、けっこう大きいらしい筋腫を取ることは出産の環境を整えるきっかけになると思ったのだ。有り難いことに、手術から回復後、あまり時間をおかずにポコを妊娠した。出産時は念のため帝王切開をすることになっていた。「自分で出てきてもいいんだよ」と、おなかに話しかけた。うそみたいな話だが手術予定日に産気づき、31時間後、自然分娩でポコは生まれてきた。

幸せそうな光景が広がるハノイのチャンティエンプラザ前の広場。週末になると多くの子ども連れがのんびりしている=鈴木暁子撮影

もう1人子どもを産めるかなと、なんとなく考えていたころ、海外で働く特派員になれるかもしれないチャンスがめぐってきた。もう40代。出産も特派員も最後のチャンスかもしれない。むむむむと日々思いながら、結局、私は43歳でハノイの特派員になったのだった。その後も、仕事をしながら44、45と年齢が上がるたび、ああ、ついに時間切れか、これでよかったのか、と胸が締め付けられるような気持ちにもなった。「インドで70代女性が出産」というニュースを聞いた時は、「……まだいける?」と思ったりした。

ハノイで、別の運転手さんと子どもの話になった時、「もう一人欲しかったけどねえ」と言うと、上手な英語を話すその人は、「ベトナムのいい病院を紹介しますよ。前にも日本人に紹介したことがあるんだ」と言った。不妊治療で有名な、南部ホーチミンのツーズー病院のことだ。ベトナム戦争後、下半身がつながった状態で生まれた双子の兄弟「ベトちゃんドクちゃん」が、体を分離する手術を受けた病院としても知られる。

ベトナムでも不妊治療に通う人はいる。私の知人は結婚した直後の27歳ごろから、「母親に子どもを早くつくるよう言われて」と不妊治療に通っていた。のんびりした私からすると、まだまだ若いと感じるが、家族のプレッシャーがあったのかもしれない。ベトナムでは、自身や自分の子どもが「結婚ができない」「子どもができない」ことを思い悩み、運を良くするための神頼みをする人も多い。

香寺で祈る人たち=鈴木暁子撮影

2年ほど前、一部が鍾乳洞になっており、観光地としても有名なハノイの寺、パフュームパゴダ(香寺)を訪ねた。寺の敷地内を歩くと、たくさんの赤ちゃんの人形が納められているのに気がついた。参道の売店の人によれば、「子どもが欲しい人が祈願のため置くもの」だという。鍾乳洞の中には、触れると子宝に恵まれるといわれている石もあり、願をかけに来る人もいるようだ。ちょっと気になったのは、見かけた人形はどれも、ちんちんがついていたことだ。気のせいかもしれないけれど、男児を求める願いの表れなのだろうか、と考えた。

香寺の洞窟にお参りする人たち=鈴木暁子撮影

そう思ったのは、ベトナムでは男女の人口数の不均衡さがかねて指摘されているためだ。昨年10月のタンニエン紙によると、ベトナムの男女別の人口割合は、女性100人に対し男性が114.8人と、男性がかなり多い。2050年までには男性の方が最大で430万人多くなり、女性の伴侶を探す場合、このうち数百万人が見つけられない状況になる、との推計もあるという。同紙が取材したベトナム人医師は、男女の人口比のアンバランスさについて、「胎児の性別を判定できる技術が進んだためだ」と答えていた。女児だとわかると、出産に至らないことがある、ということだろうか。ちなみに、日本の総務省の統計によると、2019年8月1日現在の日本の総人口は1億2621万9千人で、男女別では男性が6142万5千人、 女性が6479万4千人と、日本では女性が多い。

香寺の参道に売られた赤ちゃん人形。売店の人は「赤ちゃんがほしい人のため」と話した=鈴木暁子撮影

一方、ベトナムはこれから急激な高齢化ステージに向かうといわれ、政府は2017年、1組の夫婦がもうける子どもの数を2人以下に抑える、従来のいわゆる「二人っ子政策」を見直し、3人目が生まれても罰金を科さないことにした。トイチェ紙によると、最大都市の南部ホーチミンでは2018年の女性1人あたりの合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産むと見込まれる子どもの数)は1.33人で、2000年の1.76から急激に低下している。別のメディアでは、ホーチミン市の党幹部のこんな言葉が紹介されていた。「産みたがらない女性は怠惰だと非難する意見があるが、間違っている。ホーチミンの女性は子育てをする時間がないほど忙しいのだ」。日本の一部の政治家のように、ベトナムにも少子化を女性のせいにする意見もあることがわかる。仕事、家族、お金、生活環境など理由はそれぞれでも、多くのベトナム人も私たちと同じように、産むか、産まないか、様々な選択の中でゆらゆらと揺れ動いているのだろう。