国連が機能しない中で起きたウクライナ問題
長谷川: 長島さんは私のメルマガのインタビュー編の2人目のゲストです。よろしくお願いします。今日は外交防衛、安保、集団的自衛権で憲法改正を含めて全面的にお話をお伺いしようと思っています。そういうタイミングでウクライナ情勢が起きたので、むしろグッドタイミングだったかな、と思います。まずウクライナ情勢、それから東アジア、集団的自衛権、最後に憲法の話を伺いたいと思っています。
まずウクライナなんですが、これをどういうふうに見るか。私は大袈裟ではなくこれはもしかしたら戦後最大の危機かな、と思っているんです。というのは、ロシアは安全保障理事会で拒否権をもっているので、おそらく国連は機能しないだろう。しかもアメリカの力が弱まっていて、ロシアは中国の台頭を受けてプライドが傷ついている。そういうなかで起きた今回の出来事です。
しかもウクライナはNATO(North Atlantic Treaty Organization:北大西洋条約機構)にも加盟しておらず、集団的自衛権で守ってくれる国がないという立場で、経済資源が豊かである、と。これをどのように見るかというと、非常に難しい問題です。もしかするとこれは大変な事態になるかなと私は思っているんですが、長島さんはどのようにご覧になっていますか?
長島: (ウクライナ問題については)いろいろな要素が絡み合っていると思います。ウクライナは元々東西の勢力がせめぎ合う戦略的な要衝でもあるし、実際、ロシアとヨーロッパをつなぐガス・パイプラインがウクライナを横断しています。ヨーロッパのエネルギー需要の四分の一がそのパイプラインで供給されています。
ここが不安定化するということは、ヨーロッパにとっては耐え難いことです。今はクリミアに焦点が当たっていますけれども、ウクライナの新政権(ロシアは承認していませんが)が、クリミア半島をめぐって、ロシアとは別にヨーロッパ側と交渉をし直したいと仮に言い始めたら、黒海艦隊がセバストポリ軍港を基地にしているロシアにとっても耐え難い事態です。
ロシアは追い出された大統領、ヴィクトル・ヤヌコーヴィチを上手く操ってEU(European Union:欧州連合)との政治・貿易協定を凍結させて、ウクライナを親ロシアに持っていったわけです。ヤヌコーヴィチは元々クリミア半島出身でもあるし、この工作は功を奏しました。それを今回ソチのオリンピックでロシア国内が沸いている最中に、出し抜かれたような形でEUサイドに持って行かれてしまったようにウラジーミル・プーチン大統領の眼には映ったのでしょう。
「北方領土」は安倍外交の戦力目標だった
長島: プーチン大統領としては、ナショナリズムというか、自分のロシア統治の正統性がかかっていますから、容易に妥協できないわけです。しかも、長谷川さんがおっしゃったように、アメリカもヨーロッパも口ではいろいろ言うけれども、結局アクションを起こしているのはロシアだけです。そういう意味では、ロシアは欧米の手詰まり感も見透かしたうえで、場合によっては軍事介入の度合いを深めていく可能性がきわめて高い。
その場合に問題は二つあって、一つはやはり人口構成からいうとロシア側の言っていることにも一理あるということです。元々「自分たちはロシア人だ」と思っている人たちがたくさんいるわけです。とくにクリミアは元々ウクライナ共和国内で特別な自治共和国として認められているわけですから、そこが住民投票をやって「自分たちは独立したい」という意向を示せば、ロシアにとっては願ったりかなったりなわけです。その彼らの住民意志というものをウクライナが圧殺するのか、という別の議論が成り立つという可能性もあります。それが一つの議論です。
それからもう一つは、ウクライナ共和国という国が現にあって、領土の一体性を軍事力によって引き裂いていいのか、という問題です。これは国際秩序の観点から紛れもなく正当な議論で、日本もその限りではEUやアメリカと一緒になって領土保全と主権というものを守りたいと、こういう言い方をしています。
けれども、安倍(晋三)首相としては本当に頭が痛いところだと私が思うのは、安倍外交にはロシアとの関係を改善して北方領土問題の解決につなげたいという明確な戦略目標があって、もうすでに5回プーチン大統領に会っているわけです。しかし、今回の件でロシアへの経済制裁や今年6月にソチで予定されているG8サミットへの欧米諸国のボイコット、あるいはロシアはG8から出て行け、という事態に発展するかもしれない。
欧米はそういう雰囲気ですから、日本としては、あるいは安倍首相としては、これまでいろいろ種を播いてきたことが水泡に帰しても欧米の姿勢にどこまで共同歩調をとれるのか、という課題に直面します。今は官邸のNSC(国家安全保障会議:National Security Council)でも相当深刻な議論が行われているでしょう。先日、谷内(正太郎)NSC局長が急きょモスクワへ飛びましたが、メッセージの出し方ひとつとっても悩み抜いていると思います。
ウクライナ問題は日本にとって対岸の火事ではない
長谷川: まず根本的なところから議論していきたいんです。つまり統治の正統性ということですが、後段でおっしゃったように、国際社会では力による現状変更というものは基本的に不法であり違法であり認められないわけですよね。ところが、プーチンが言っているのは「ロシア系住民がそこにいるから、その人たちを守るのだ」ということです。
そのためなら、国境を越えた武力による侵攻というものさえ許されるのだと受け取られ「かねない」ような発言をしている。まずそこの根本のところですが、G8のメンバーであるロシアは、そういうことを考えているのかどうか。つまり、国際社会のレジテマシー=正統性の問題で、プーチンは力による現状の変更というものが認められると思っているのでしょうか?
長島: 冷静に考えればそうはなかなか言い切れないと思いますが、2008年のグルジア紛争のときに、南オセチアとアブハジアが住民投票によって独立したのを受けて、ロシアはあからさまに軍事介入をしました。そういう意味でいうと、私はさっき言ったような(人口構成などの)理由で、隣国のことで自国の安全保障にも関わりますから、ロシアはそこまでやりかねないと思っています。ですから、アメリカも必死になって説得しようとしているわけですが、なかなか容易ではないでしょう。
より深刻なのは、いま中国がこの状況の推移をじっと凝視しているだろうということです。今回のウクライナは決して我が国にとって対岸の火事ではない。尖閣をめぐる中国の今後の出方に多大な影響を与えると思います。プーチンが今後どういう行動に出るかは予断を許しませんが、もしも力でクリミア半島を奪った場合に、国際社会は非難するだろうがまさにそこから駆け引きが始まるんだ、と考えているとしたらどうでしょうか。・・・・・・この続きは、現代ビジネスブレイブイノベーションマガジンvol068(2014年3月19日配信)に収録しています。