「忠犬ハチ公」「二・二六事件」をその目で見た…「直参の跡取り」として育てられた「徳川幕府のフランス語通詞の孫」が2020年に亡くなるまでの「波乱の生涯」
私が2023年7月、上梓した『太平洋戦争の真実 そのとき、そこにいた人は何を語ったか』(講談社ビーシー/講談社)は、これまで約30年、500名以上におよぶ戦争体験者や遺族をインタビューしてきたなかで、特に印象に残っている25の言葉を拾い集め、その言葉にまつわるエピソードを書き記した1冊である。日本人が体験した未曽有の戦争の時代をくぐり抜けた彼ら、彼女たちはなにを語ったか。
ハチ公を実際に見た人
「そういえば、父に連れられて渋谷に行ったとき、忠犬ハチ公を見たことがありますよ」
と、97歳の小野清紀(おの きよみち1921-2020)は、思い出したように語り始めた。2018年のことである。小野は飛行専修予備学生13期出身の元零戦搭乗員だ。
「渋谷駅で、帰らぬ飼い主を何年も待ち続けているという新聞記事が出て、すでに有名だったから、あれがハチ公かと。見た感じはふつうの犬でしたよ。秋田犬でも、それほど大きな犬じゃなかった。銅像が立ったのは、それから1年ぐらい後のことでした」
これにはちょっと不意を衝かれた。私はこれまで、旧日本海軍の軍人をはじめ延べ数百人の戦争体験者の取材を重ねてきたが、近年では、長時間のインタビューで高齢の相手に負担をかけないよう、生い立ちはそこそこに戦時中の話題に入ることが多い。小野がふと漏らした一言から、太平洋戦争で軍隊に行った世代は、戦後世代が銅像や映画でしか知らない「ハチ公」を生で見ていた世代であることに、改めて気づいたのだ。