「五体満足」な状態に違和感をもち、自分の身体の一部を切断したい願望にとらわれる「身体完全同一性障害」という病気がある。関連本が出版され、日本でも認知度が上がり、症状を訴える人が出てくるかもしれない。神経内科専門医であり立命館大学教授の美馬達哉氏が解説する。
「身体完全同一性障害」をご存知ですか
珍しい病気や奇妙な症状は人間の個人差と同じで数限りなく存在している。
その中には、ただ珍しいだけではなく、私たちが「正常」や「健康」と信じている価値観を揺さぶるものがある。
自分の手や足が余分で不快な異物と感じられて、それを切り落とすことを心から望む「身体完全同一性障害(BIID)」という病気はその一つだろう。
私は授業の時、この病気の方を取材したドキュメンタリーDVD(メロディ・ギルバート監督『完全(Whole)』サンダンス・チャンネル)を見せて感想を聞くことにしている。
人のために尽くしたいと思う優しい気持ちの学生たちはとくに、自分の体を傷つけて障害者になることを切望するBIIDの人々の姿を見てなんとも言えない表情を示す。
私自身はこうした訴えの患者さんに病院で出会ったことはない。
だが、この病気についても紹介している本が出版されたので、ひょっとしたら日本でも増えてくるのかもしれない(アニル・アナンサスワーミー『私はすでに死んでいる』紀伊國屋書店)。
切り落とそうと努力する
ドキュメンタリー『完全』には、さまざまな努力をした結果やっと自分の足を切断すること(!)に成功した患者さんたちが何人も登場する。
やっと左足を太ももから切断できたと幸福そうに語るのは、にこやかな高齢男性のバズ氏だ。子どもの頃から左足は自分の身体の一部ではない感じがしていたという。
子ども時代の日記にもその悩みが記録されている。
さらに、子どもの時に描いた自画像も片足の姿だ。
いまでは、片足となっているため、日常生活では肘に取り付け具のある杖(ロフストランドクラッチ)を使っている。
BIIDの人々は、だいたいは幼少期から特定の身体の部位(たとえば足)が自分の身体の一部ではないという感覚をもっており、切り落とそうと努力する。
切り落とすことの次善の策として不用な方の膝を強く曲げて縛って片足で歩くほうが気分が良いという人もいる。