産んだ人・産んでない人、両方の側面から
―主人公はこの制度に志願する25歳の女性、ミツキ。彼女の世代は恋愛にもセックスにも関心が薄いばかりか、「今の若年層は40歳まで生きられない」という学説により自暴自棄になり、自殺する人が急増している。この設定にしたのはなぜですか。
私が若い頃、本当に「今の若者は46歳くらいで死ぬ」という説があったんです。1999年に世界が滅ぶというノストラダムスの予言もありました。だから高度成長期とバブルという二度の好景気を知っているのに、自分たちに未来がないという感覚があった。
不確かな言説に人々が左右されるというのが実感としてあったので、書いてみたかったんです。
若者が恋愛に関心が薄いというのは、以前から感じていたことです。明治安田生命の福祉研究所の'14年の調査によると、恋愛経験のない20代は女性23%、男性は41%だそうです。あくまで数字でしかないですけど、執筆後にそれを知って、自分の悪い予感は間違っていなかったと思いました。
―ただ、ミツキはパートナーとなったサツキと不器用ながらいい関係を築きます。この部分は初恋物語のような甘酸っぱさがありますね。
不慣れな二人が関係を持つまでを、いい年齢になって書くのは恥ずかしかったです(笑)。ただ、制度に頼った結果だとしてもそこに生まれる甘いものは真実だろうし、育まれる男女の交流は今と変わらないだろうと考えました。
―ミツキに「アカガミ」への志願を勧めた年上の女性の「子宮は子どもを産むためにあると思うわ。その機能を使わなかった人間はね、狂っていくしかないんだわ」という言葉が衝撃的です。
彼女は'80年代の生まれで、恋愛や生殖にまだロマンを感じていた世代。この世代でそういうことを言う人は実際にいると思うんですよね。
私も出産を経験しているので、子どもを産んだ人にしか通じない感覚があるとは思う。でもそれは私の一側面であって、逆の感覚もよく分かる。その両面を作品に込めたつもりです。
―ミツキとサツキの将来は安泰かと思いきや、衝撃的な展開が待っています。
国が強硬に「産ませよう」とする時、どういう方針をとるかを考えての展開です。その事実を知った時に、サツキは「それがどうしたというんだろう」と思う。あれは、彼がとにかく何としてでも生きていくと決めた宣言です。たぶん、それこそが、私が書きたかったことです。どうであろうと生きていくという。
―昨年は少年犯罪をテーマにした『さよなら、ニルヴァーナ』を刊行、今年も本作があって、力作が続きますね。
自分には書きたいことが沢山あるんだと感じます。世の中に不穏な空気が流れている2016年に、ポンとこの本を置いておきたかった。私にとってはデモに参加するなどの行動の代わりが、この本かもしれません。
(取材・文/瀧井朝世)
『週刊現代』2016年4月18日号より