テレビドラマ『パーセント』のスタッフ顔合わせで伝えたこと 森田かずよのクリエイションノート vol.10
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異なる言語や身体をもつ人たちが集まる創作の場。たとえば演劇やダンス公演の稽古場や劇場、美術家の作業場であるアトリエ、音楽家が訪れるレコーディングスタジオ。そこにはどんな問いや葛藤、対話があるのか。それぞれどのような工夫を重ねているのだろうか。
私は障害のある身体、というか、ちょっと人と違う形や性質の身体を持ちながら、ダンスや演劇をしております。その私の目線から見える世界や、私の身体で感じること、時には気になる人とお話ししたりしながら、私の頭の中にあることなどを、文字にしていきたいと思います。
こう語るのは義足の俳優(ときどき車椅子俳優)&ダンサーとして活動する森田かずよさん。この連載では「創作の場にある問いや葛藤、対話、それらを置き去りにしない環境づくり」というテーマを掲げ、森田さんと共に考えます。
今回は、森田さん携わったテレビドラマ『パーセント』出演の経緯について綴っていただきました。
私の言葉が「障害のある俳優」の代表として捉えられてしまわないか
「障害のある俳優」が目ざましく活躍し、テレビドラマをはじめとする映像系媒体にも出演している。この2、3年だけでもいくつか思い浮かべることが出来る。
岸田奈美さんが家族について綴ったエッセイ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』のドラマ化では、奈美さんの弟が実際にダウン症であることから、ドラマにおいてもダウン症の俳優が起用され、他にも車椅子ユーザーである俳優が起用された。
草彅剛さんがコーダの役を演じ、多くのろう者俳優が出演した『デフボイス』、『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』でも車椅子ユーザーの俳優が出演した。
2021年、NHKのバリラフリー・バラエティ『バリバラ』が俳優塾を開講し、そこに参加していたろう者の俳優がNHK夜ドラ『あなたのブツが、ここに』に起用された。また現在放送中の大河ドラマ『光る君へ』には、軟骨無形成症のある俳優が出演している。
私も、2024年5月から6月まで、NHKのドラマ『パーセント』に出演した。多くの障害のある俳優が起用され話題となった作品だ。出演に至るまでの経緯をお話したい。
2023年6月に、NHKのプロデューサーから「障害のある俳優をドラマに起用することを主軸に置いたドラマをつくりたいから話が聞きたい」と問い合わせを受けた。私が俳優として活動しており、「こここ」で書いた『障害のある俳優は「障害のある役」しか演じられないのか』を読んだことも理由の一つだと聞いた。
担当プロデューサーの南野彩子さんと、ディレクターのおふたりとはじめてあった日からたくさんの話をした。
単なる物理的なバリアだけではなく、ケアや合理的配慮の要素も含め、障害のある俳優をドラマの現場で扱う時にどんなことに気を付ければいいのか。作品において倫理的な視点をどう描くのか、障害のある人が俳優として役を演じることについてなど、広範囲にわたった。
後日、私もキャストオーディションを受けることになった。このオーディション、大阪と東京の2か所で、2日間ずつ開催され、のべ100名近くの障害のある俳優が受けた。(2024年5月16日放送バリバラより/NHKドラマ「パーセント」の前代未聞!記事はこちら)
オーディションは、受験者にA4サイズの紙2枚ほどの台詞が事前に渡され、それを演じるものだった。内容としては日常的なふたりの会話台詞で、それを演じていく。そこから演出のオーダーにより台詞自体は変化させず、ふたりの関係性を変えて何度か演じていく。台詞は同じなのに、関係が変わることで、感情が変化していき、芝居は広がっていった。ひとりの俳優として、楽しいオーディションだった。他にも自身に必要なケアを含めた障害のことや、演じることについての聞き取りも丁寧に時間がとられた。
無事にこのオーディションに合格し、晴れてドラマに出演することになったのだが、南野さんからあるお願いをされた。撮影がはじまる前に行う、スタッフ顔合わせに来て話をして欲しいということだった。ドラマの現場には多くのスタッフが働いている。エンドロールで名前が流れる人たちだけではない。
「どんな心構えでこのドラマに臨んでいけばいいのか、話をして欲しいんです」
嬉しかったと同時に、さすがに、私でいいのだろうか、と少し考えた。私の言葉が障害のある俳優の代表として捉えられてしまわないか。実際『パーセント』では、エキストラも含めると15人以上のさまざまな障害のある俳優が出演することになっていた。一気にこんなに多くの障害のある俳優を使ったドラマは日本で初めてだろう。常日頃ドラマ現場に携わるスタッフにとっても障害のある俳優と仕事する経験は多くはないはずだ。前代未聞のこのドラマできっと未来が変わる、そんな期待も大きく膨らんでいた。
振り返ると演劇・ダンスと表現を模索しながら20年を越える時間を過ごしてきた。今の私だからこそ言える言葉もあるのでは、そう思い、引き受けることにした。
そして2023年9月のある日、NHK大阪放送局のある会議室で、およそ30名以上のスタッフの前にいた。そこで私は車椅子から立ち上がり、話をはじめた。
私は普段の生活で車椅子に乗っていますが、このように立つことができ、短い時間であれば、歩くこともできます。ひとことに障害者といっても、一人ひとり違いがあります。ひとりの人(俳優)として接して欲しいです。(中略)このドラマは障害のある俳優にとっても画期的ですが、きっとみなさん(スタッフ)にとっても、この経験がモデルケースとなると思っています。共に、いい作品をつくっていきましょう。
完全には覚えていないが、おおよそ、そんなような事を言ったと思う。
少し声がうわずってしまったかもしれない。それくらい緊張した。でもひとりの障害のある俳優として、あの場に立たせていただいた経験は、私にとって大きなものとなった。
2023年11月、撮影がはじまった。私が撮影に参加したのは自分の出演シーンのみだが、それでも随所にスタッフチームの試行錯誤の様子が読み取れた。ロケ場所まで移動するのも、介護タクシーが使われた。ロケ地として使用していたのが、大阪のある公民館だったのだが、階段しかなかったため昇降機を設置、トイレも改良された。自分で衣装を着替えることが難しい俳優もいたので、衣装や持ち道具を担当していたスタッフがそれを手伝っていた。
全4回放送のドラマで撮影期間は約3か月。異例の長さだとお聞きした。移動や着替えなどにどうしても時間を要する。障害のある俳優の様々な事情を考えながらの撮影であったに違いない。
『パーセント』は、障害のある俳優を起用してこなかったテレビ局に務める若手プロデューサーが、なぜこれま起用してこなかったのか、そこにある先入観はなにか、構造的な問題も含め盛り込んだメタ的なドラマだった。
ドラマ現場を描くドラマで問題提起し、業界自体を変えていく。プロデューサー南野さんの強い想いがあったから出来上がったドラマだ。(“できない”言い訳はしない 主演・伊藤万理華と障害のある俳優たちと共に作りあげた土曜ドラマ「パーセント」の舞台裏 記事はこちら)
南野さんが記したnoteを読むと、女性や障害者などの属性で括ること、括られることへの葛藤を垣間見ることができる。このドラマが伝えたいことは、「障害」や「女性」などの属性で人を判断することを問う、そんなドラマだったと思う。ドラマを制作する立場の人であっても意見が違っていること。そして障害のある俳優の中でも考え方が違うことが作品には反映されていた。
主人公のひとりであり、車椅子ユーザーの高校生、宮島ハルから若手プロデューサー吉澤未来に向けられた「障害者だから起用するんですか?」というハルの言葉も、ハルと同じ劇団に所属する高木圭介がハルに伝えた「そのどこが悪いんだ」言葉も、どちらもわかりすぎるくらいわかる。
ドラマとしても、実際の撮影でもラストシーンとなったのは、障害のある俳優が起用されたドラマの放映をみんなで見つめたシーン。健常者の俳優と障害者の俳優が同じ俳優としてその場に存在し、未来を見つめることができた。そう思うと胸にこみあげるものがあった。やっと、ここまできたという想いと、これはスタートなんだと。あの撮影のことはこれからも忘れない。
このドラマは障害のある俳優だけが変わるのではなく、ドラマに携わる全員が変わろう、変えようと試みたことで生まれた。さあ、ここからはじまる、そんな期待を込めて。
ひとつ裏話を書きたい。というかぜひ聞いて欲しい話がある。『パーセント』では、私は劇団Sの北見裕子という役を演じた。
みんなでテレビ画面を見つめたラストシーンも、撮影では初シーンだった居酒屋のシーンも、どれも印象に残っているのだが、やはり最大は、第1話で放送された一人芝居のシーンである。テーマは「人生が変わった瞬間」。放送では短いシーンとなったが、実は2分くらい演じている。また、ここでの台詞は全部私が考えたものだ。撮影が始まる前、まだ北見のキャラが定まっていない時に、このシーンの内容についての相談があった。ディレクターと相談しながら、北見の人格像を膨らませていく中で、北見にとって「人生が変わった瞬間」を考えていき、それを「プロポーズ」とした。ちなみに北見は台本上の台詞から、離婚歴があることは決まっていたので、じゃあ反対に「プロポーズ」なら面白いんじゃないかと考えた。そして北見が、私と同じような身体をもっていると想像し、北見ならどうプロポーズを受け止めるか、そんな想像をしながら台詞を書いた。
この撮影の日、未来を演じた伊藤万理華さんは、このシーンが劇団Sとの出逢いのシーンであることも考慮し、本番まで内容を知らず、その時未来が感じたままの感情と表情を演じられていた。私だけでなく、他の劇団員のお芝居も面白かった。伊藤万理華さんは宣伝番組でも、印象的なシーンを聞かれると、このシーンをあげてくださっていた。
先ほども書いたように放送ではとても短かったので、ぜひ全部を、せめて台詞だけでも見て欲しい!
え、結婚?
ちょ、ちょっと待って。ちょっと、ちょっとだけ考えさせて。
これってプロポーズってやつよね?
待って待って。想定外。
だって、まだ付き合って1年もたってないのよ
来月でやっと1年……だわ。
数えてみると、デートは今日で25回目
これまでご飯に行ったり、映画に行ったり、1回だけ旅行にも行った。
……関係だって、もったし……。
お互い愛し合ってると……思う。
ううん、愛されてるからプロポーズされたのよね、私。
いいのかな……
こんな私でいいのかな……
嬉しくないの?
嬉しくないわけないじゃない!
このあたり走り回りたいくらい嬉しい!
道行く人に「私、結婚するの」って言いまわりたいくらい嬉しい。
だって……これで私、一人前の女だって認められたような気がするから。
他の女性と同じステージに堂々と立てるんだから。
でも、でもね……
こんなに早く
人生最大のイベントを決めていいの?
時間が欲しい。
いつもお母さんに「あなたは人より時間がかかるから、早めに行動しなさい」っていわれるの。待ち合わせには10分前には到着して、気持ちを落ち着けて、準備をするの。
そう準備が必要なの。
プロポーズだってそうじゃない!?心の準備!!
ああ、そんなこと言っている場合じゃない。
ほんとうに、いいの。
私で、いいの。
これからの人生、あなたの隣でやっていけるのかな
もう少し時間が欲しい。
でも今、このタイミングを逃したら、次なんてない気がする。
人生の波に乗るしかない!
よろこんで!!
※実際の撮影時は少し割愛している台詞もあります。
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この記事の連載Series
連載:森田かずよのクリエイションノート
- vol. 092024.06.14滞在先で医療ケアが受けられる場所を探すこと
- vol. 082023.12.26「歩く」を解体して見えた景色
- vol. 072023.09.0416年活動してきた劇団が生み出した「障害演劇を作るための創作環境規約」にふれて
- vol. 062023.06.02踊ること、自分の身体のこと、それを誰かに見せること、その逡巡。キム・ウォニョンさん×森田かずよさん
- vol. 052023.04.07わたしの義足とわたしの身体の関係
- vol. 042022.12.21「障害のあるアーティスト同士が出会う場」で私が聞きたかったこと
- vol. 032022.08.01障害のある俳優は「障害のある役」しか演じられないのか
- vol. 022022.05.19私ではない身体が生み出したダンスを、私の身体はどのように解釈するのか
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