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今年4月、ロシア正教会のイースターミサに参列するプーチン露大統領Photo: Contributor/Getty Images

今年4月、ロシア正教会のイースターミサに参列するプーチン露大統領
Photo: Contributor/Getty Images

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プロジェクト・シンジケート(チェコ)

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Text by Jason Stanley

米イェール大学の哲学者ジェイソン・スタンリーによれば、殺戮の加害者がそれを断行する背景には、敵愾心を煽り、負の感情を引き出すプロパガンダの存在があるという。ナチスの被害者の子孫でファシズム研究の大家でもある筆者が実体験した、虐殺の「負の遺産」とは。


米独が背負う虐殺のアイデンティティ


19世紀にアメリカ南部の諸州によって結成されたアメリカ連合国(南部連合)は、国家と国民のアイデンティティの礎(いしずえ)を奴隷制に置いた。

副大統領のアレクサンダー・スティーブンスは、悪名高い「コーナーストーン演説」でこう宣言している。

「我々の新政府の礎石(コーナーストーン)は、黒人と白人が平等ではないという大いなる真理の上に据えられています。奴隷制は優れた人種に服従することであり、自然で正常な状態なのです。我々の新政府は世界の歴史で初めて、この物理的、哲学的、倫理的な真実の上に築かれたのであります」

連合国の真の国民かどうかは、奴隷制を必要悪ではなく、絶対的な善として熱烈に支持するかどうかによって決まるとスティーブンスは明言した。連合国側のこの主張は非現実的で恥ずべきものだ。それゆえ、連合国を自身のアイデンティティとするアメリカ人はいまはほぼいない。

現在のドイツでもアーリア人を名乗って生きる者はほとんどいない。それはアメリカで「連合国人」として生きるようなものだからだ。


だが、ドイツ人はいまなお「ドイツ国民」として生きている。彼らは、ジェノサイドによって国家のアイデンティティを確立した祖先の「遺産」を捨てずにいる。ドイツ国民として生き、そうした過去のすべてを自らの肩に背負い続けているのだ。

もし彼らがこの重荷を振り払ったり、ともに生きる道を拒んだりすれば、自国の歴史の正当化がいかに根深い問題かを示す一例となるだろう。

ナチスはプロパガンダを使って「地球上からユダヤ人を根絶することが、ドイツ国民の意義だ」と市民に信じ込ませた。こうしてドイツ人は、実際にはユダヤ人とは密接な関係にあるにもかかわらず、彼らを仇敵とするアイデンティティを採用した。

現代のドイツ人は口には出さないが、心の奥底ではわかっている──自分たちの先祖が下した世界史に残る決断によって、ドイツ国民のアイデンティティは取り返しがつかないほど変わってしまったと。

ナチスによる数々の犯罪から数十年が経過したいまでも、多くのドイツ人はドイツ国民であることを恥じている。ドイツ人と向きあうと、彼らがいかにも決まり悪そうにすることがある。そんなときの彼らは、自分たちの祖父母が私の祖父母の殺害をもくろむほど強い憎悪を持って「ドイツ人のアイデンティティ」を定義した過去に、無関心を装う。

ドイツは、ヨーロッパ系ユダヤ人の根絶を明確にそして誇らしげに、自分たちのアイデンティティとした。それがいまのドイツを定義づけているし、これからもそうなるだろう。過去と倫理感だけが、「歴史を忘れるな」と常に呼びかける。

ロシアの「虐殺の指南書」


人間はどのようにして他の集団へのジェノサイドを、民族や国民のアイデンティティに結びつけるのだろう? 

ジェノサイドの際に使われる言葉や表現(ジェノサイダル・レトリック)は、特定の社会集団をやり玉に挙げて、彼らの根絶を正当化しようとする。このように他の集団を強く否定することで自己を規定する集団を、「敵対的イデオロギー社会集団」と呼ぶ。

ジェノサイダル・レトリックは、負の感情を引き出し、それを増幅させることで、極端な敵対的イデオロギー社会集団を生み出す。彼らは誤った歴史を流布し、標的に定めた集団が自分たちの存在を脅かすと煽る。他の集団によって自分たちの身が危険にさらされるという考えから、敵対的イデオロギー社会集団はジェノサイドをおこなう。


ジェノサイドを正当化する過程は複雑で、熱に浮かされたようでもあり、前述したような非常に抽象的な概念の解釈が必要になる。理解を深めるために、ここで具体的な例を挙げよう。

2022年4月3日、ロシアの国有通信社「RIAノーボスチ」が、「ロシアはウクライナをどうすべきか 」と題する論説記事を発表した。歴史家のティモシー・スナイダーはこの論説を「ロシアのジェノサイドの指南書」と評し、「これまで見たなかで最も公然とジェノサイドを記述した文書」だと指摘した。
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