測量分野で長年の実績があるクモノスコーポレーションと、フォトグラメトリと点群データを組み合わせたデジタルツインの制作に定評のあるクープ。この両社が協力し、大阪大学が主導した「適塾」のクラウドファンディングプロジェクトの一環として、デジタルアーカイブを目的とした3Dモデル制作を実施した。この取り組みへの経緯や、実際の制作内容などについて、クモノスコーポレーションとクープの両社に話を聞いた。

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    ・3Dスキャン✕フォトグラメトリ✕UE5によるデジタルツイン制作サービスを様々な業界に提供したい。新会社クープの挑戦

    「適塾デジタルアーカイブ」とは?

    CGWORLD編集部(以下、CGW):まずは、クモノスコーポレーションがどういった会社なのか、ご紹介ください。

    多々隈 勉氏(以下、多々隈):当社は1995年の阪神淡路大震災の復興支援をきっかけとして、測量の会社として創業しました。そして、今回も使用した3Dレーザースキャナを用いた計測業務も25年ほど、件数としては3,000件以上の計測実績があります。

    これまではゼネコンやプラント、鉄道関係での実績が多かったのですが、近年、コーポレートミッションとして、「森羅万象をデジタル化する」ということを掲げながら、これまで手がけてきた業界以外のもの、例えば今回のような文化財の計測も事業展開しているところです。

    ▲写真左から 多々隈 勉氏(空間情報事業 営業 マネージャー)、中井麻友氏(空間情報事業 営業 リーダー)
    以上 クモノスコーポレーション

    CGW:それでは、クモノスコーポレーションとクープが共同で手がけられたという「適塾デジタルアーカイブ」の概要についてお聞かせください。

    多々隈:大阪大学様が適塾(※)を後世に伝えるためにデータ化するという事業を始めるにあたって、クラウドファンディングをされていたというのが始まりです。その段階で当社が関わっていたわけではないのですが、3次元計測とフォトグラメトリを行う業務の公募があり、プロポーザルへの参加を決めました。

    当社が3次元計測を行うにあたり、フォトグラメトリを担当していただけるパートナーはどこかと考えたときに、今回の案件においてはクープさんにご協力いただくのが一番良いのではないかと考え、プロポーザルの結果として受注することになったという経緯です。

    ※適塾:幕末に蘭方医・緒方洪庵が大阪船場に開いた蘭学塾。福澤諭吉、大村益次郎ら数多くの名士を輩出し、医学のみならず、近代日本の国家形成に大きな影響を与えた。現在は大阪大学が保全・管理しており、現存唯一の蘭学塾遺構、大阪最古級の町家として、国の重要文化財に指定されている

    ▲大阪大学によるクラウドファンディングのページ

    CGW:実際の作業期間としてはどれくらいだったのでしょうか?

    中井麻友氏(以下、中井):4月初旬に、計測と撮影と合わせて、トータル3日間で現場での作業を行いました。スキャナ計測は、およそ1.5日。その後、点群データの処理として、合成およびノイズ除去に2週間かかり、4月末にクープさんにデータをお渡しできました。

    CGW:そこからクープさんがCG制作を始めたわけですね。その完成はいつ頃だったのでしょうか?

    金苗貴宏氏(以下、金苗):制作には2ヶ月フルでかかって、6月末に完成しました。

    ▲写真左から 金苗貴宏氏(戦略プロジェクト本部 3DCG制作室 副室長)、小長井 貴博氏(戦略プロジェクト本部 3DCG制作室 CGディレクター)
    以上 クープ

    中井:最終成果は6月末に納品完了となったのですが、その前段階でチェックデータを段階的にクープさんからいただき、当社と大阪大学様とで確認およびフィードバックを2、3回行いました。

    CGW:全体で、制作に参加された人数は何人くらいだったのでしょうか?

    中井:当社の作業としては、計測は3名、データ処理は2名で行いました。

    金苗:当社はカメラの撮影に8名、CG制作には6名が携わっていました。

    様々な工夫を凝らした重要文化財の計測・撮影

    CGW:今回の計測に使用した機材と使用台数について教えてください。

    中井:当社が代理店を務めているFAROFocus3Dレーザースキャナという機材を使用しました。こちらを採用した理由としては、機械精度が±1mmと、かなり高精度に対象物をスキャンすることができるからです。

    こちらを2日間で3台使用しました。今回、狭い空間の中でフォトグラメトリ作業にあたる方々とエリアを分けながら対応する必要があったので、ゆとりをもった台数を用意しました。

    ▲FARO Focus3Dレーザースキャナを使用した計測の様子

    CGW:今回、重要文化財の建物の計測ということで苦労された点はありますか?

    中井:今回の適塾の計測では、部屋が細かく区切られていたり階段がたくさんあったりという複雑な構造でしたので、死角を最小限に抑え、しっかりと合成できるようにスキャナの設置箇所を工夫しました。

    特に苦労したのは、一般公開されていない2階の物干し台部分です。隠し扉を開けると傾斜の急な階段があり、上った先の狭い隙間の奥に物干し台がありました。限られたスペースでの計測でしたが、建物の中でも重要なポイントを精緻にデータ化することができました。

    • ▲2階の物干し台(左中央)
    • ▲物干し台の計測の様子

    中井:また、計測は地上面や敷地内だけでなく、周辺ビルの屋上やベランダもお借りして行いました。屋根瓦はどうしても地上から見えない部分が多く、上から計測することによってカバーしました。周辺ビルの屋上からでも計測が難しく点群データが薄くなってしまった部分に関しては、クープさんのドローンで取得したデータで補いました。

    • ▲周辺ビルからの計測の様子
    • ▲周辺ビルから撮影した写真
    ▲点群データ上に表示されているスキャナの配置。オレンジ色の△が設置場所。周辺ビルのベランダなども含め、計画的に配置されているのがわかる

    CGW:当日の天気はいかがでしたか?

    中井:曇りで、計測条件としては一番良かったです。快晴だと影ができてしまって、かえって色情報の妨げになることもあるんです。

    CGW:では、フォトグラメトリの機材について教えてください。

    金苗:今回、大阪大学様からカメラの画素数について6,000万画素と指定があり、それに応えられる機種が当社になかったので、SONYのα7R Vを5台レンタルしました。それに加えて、ドローンも使用しています。

    CGW:撮影に際して苦労した点はありますか?

    小長井 貴博氏(以下、小長井):やはり重要文化財ですので、カメラばかり見てどこかにぶつけたりしないように、ということは注意していました。特に高いところをロッドで撮影する場合は、iPadでカメラの撮影内容を確認する人間と、ロッドを持つ人間の2名で臨む体制を徹底していました。

    また、屋外は良かったんですが、昔の建物なので屋内は暗いところもあって、カメラに光を取り入れるためにシャッタースピードを遅くしたり、そのぶんブレないように小さな三脚を付ける必要があったりしました。

    金苗:さらに中庭の撮影も苦労が多かったです。中庭は屋内からの写真と屋外の写真の双方に映りますが、色味や明るさが異なるため、後でデータを一致させるのに手間がかかりました。

    加えて、撮影場所が大阪であったため、後日の撮り直しが難しい状況でした。そのため、撮影後は毎日集まってノートPCに入れたRealityCaptureで簡易アライメントしてデータに不足がないかを慎重にチェックしました。

    計測後の点群データ処理、そして3Dモデル制作

    CGW:計測後のデータ処理の手順について教えてください。

    中井:点群データの処理には、Trimble RealWorksを使いました。このRealWorks上で、まずは各設置場所から取得した点群を合成します。さらに、その点群内には、データ化された人やモノなどのノイズ(本来の対象物ではないデータ)が含まれていますので、それらを除去していきました。

    ▲RealWorks上で合成した点群データ

    中井:また、今後の課題でもあるのですが、当社が計測したタイミングと、クープさんがフォトグラメトリの撮影をしたタイミングとで、ドアが開いていたり閉じていたりと異なる状態になってしまった箇所が複数ありました。

    そのため、データ処理の際にはクープさんとやりとりしながら、「この扉は開けておく、この扉は閉じておく」といった確認をしながら対応しました。そうして処理された点群データをクープさんにお渡しして、その後の作業を行なっていただきました。

    • ▲中庭
    • ▲屋内

    ▲2階物干し台部分を含む点群

    CGW:それでは、続いてクープさんが担当された作業のながれを教えてください。

    小長井:まず、撮影した写真をRealityCaptureに読み込ませ、アライメントを構築します。その後、クモノスさんからいただいた点群データを取り込みますが、位置情報が異なるため、データが大きくずれることがあります。そのため、フォトグラメトリのアライメントと点群データが正確に重なるように、各写真の位置を調整してつくり直します。

    ▲RealityCaptureに取り込んだ外観(左)、中庭(右)の点群データ

    ▲外観(左)、中庭(右)のアライメント

    ▲外観(左)、中庭(右)の合成データ

    小長井:アライメントが完成したら、次にデータをメッシュ化し、Houdiniに取り込んで不要なポリゴンを手作業で削減していきます。Houdiniでの作業を終えた後は、Mudboxにデータを移し、さらに細かく削減可能な箇所を手作業で調整します。

    • ▲Houdiniによるリダクション前
    • ▲リダクション後

    小長井:その後、レーザーが届いていない部分や撮影できなかった箇所に生じた穴を埋め、メッシュをきれいに仕上げていきます。クリーンな状態のメッシュデータが完成したら、RealityCaptureを使用して撮影した写真からテクスチャを貼り付けます。

    • ▲瓦の穴を埋める前
    • ▲埋めた後
    • ▲窓の修正前
    • ▲修正後

    小長井:各部屋ごとにRealityCapture上で作業を進め、完成したデータは最終的に3ds Maxで統合しました。また、VRなど気軽に閲覧できるよう、sketchfab向けに軽量化したものも納品しています。

    ▲完成したモデルの外観

    ▲完成したモデルの内観

    ▲sketchfab上で閲覧できる

    CGW:以前、江戸東京たてもの園のデジタルツイン制作について取材させていただきましたが、そのときの制作と異なる点はありましたか?

    小長井:前回は最終アウトプットが映像でしたが今回は3Dモデルデータでしたので、スキャンしたデータに近いもの、現実データに近いものをまずは残しました。江戸東京たてもの園の事例ではUE5に出力してシーン構築するため、Substance 3D Painterで質感もしっかり付けておかないといけなかったんです。

    CGW:文化財の質感を再現するために工夫したところは?

    小長井:写真の現像をなるべくフラットにしたのですが、そのまま貼り付ける場合、アルベドをきれいに出すだけではなく、適度に凹凸や陰影がある方が見映えが良くなります。そのため、フラットになりすぎないように、適度に陰影がついた状態に調整して貼り付けています。

    金苗:今回は高解像度で撮影したおかげか、質感の再現度が非常に高くなりました。また、ポリゴン側でもある程度の材質感を付けていたため、Substance 3D Painterで質感を追加する作業はほとんど必要ありませんでした。

    CGW:大阪大学さんとはどのようなやりとりをされましたか?

    中井:先ほど少し触れました扉の開閉状態についての確認など、いくつかフィードバックはありましたが、途中段階での大きな変更はなかったです。アーカイブデータを当時の状態で残すのか、それとも照明機器や消防機器、展示物が設置された現在の状態で残すのかについては、大阪大学の方々と相談しながら進めていきました。

    両社の強みを活かしたシナジーが実感できた

    CGW:それでは最後に、今回の案件に関しての振り返りや、今後に向けての課題などがあればお聞かせください。

    中井:今回、われわれのスキャンでどうしても補えないような質感などを、クープさんの技術でしっかり表現できるということを改めて確認できたことが大きかったです。逆に、クープさんのフォトグラメトリーだけでは足りない形状の正確さなどは当社の技術で補えたとも思っております。今回の適塾の案件は、お互いの技術を上手く融合できた一つ目の実績になり、大きな手応えを感じています。

    多々隈:今回、高品質なデータを作れたということは大きなアピールになると思っています。大阪大学様は他にも様々な歴史的建造物を所有されており、それらをはじめ、全国各地の文化財に対しても、このような取り組みを展開していければと思っております。

    金苗:私たちとしては、最初にお話をいただいたとき、部屋数が多く複雑な形状を持つ日本家屋を再現できるのか、とても不安が大きかったのですが、最終的には満足のいくクオリティで納品することができました。これにより、当社としても大きな実績を残せたと感じています。今後は、この実績を活かして、さらなる展開につなげていきたいと考えています。

    CGW:ありがとうございました。

    INTERVIEW_CGWORLD編集部
    TEXT_オムライス駆
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota