「みなさんは、今まで通り、ユーザーのことを見て、『ユーザーファースト』のサービスを作り続けてください」。クックパッドの穐田誉輝(あきた・よしてる)社長は1月19日、全社員の前でこう話したという。
クックパッドはこの日、創業者の佐野陽光氏らと現経営陣の間で経営の主導権をめぐる対立があることを公表した。社員に対してその事実を説明するために、穐田氏は緊急の全社ミーティングを開き、冒頭のように話した。
既に報道されている通り、株式の44%を保持する筆頭株主の佐野氏は、3月の株主総会に向けて取締役の交代案を提出した。自身を含めた8人を取締役として選任するように提案。その候補者の中にはマイクロソフト元社長の古川享氏の名前などが並ぶ。
この騒動を受け、翌20日にクックパッド株は23%下落してストップ安に。21日も6%下げた。ドイツ証券の風早隆弘シニアアナリストは、株価の下落は「穐田氏をはじめとする現経営陣へ支持を表明したのと同時に、佐野氏の株主提案に不支持を示したもの」とするレポートを発表。また、「同社の成長には穐田氏続投が不可欠であり、佐野氏の株主提案取り下げを期待する」とレポートを締めくくった。
海外事業は「投資フェーズ」か「回収フェーズ」か
クックパッドは、ユーザー投稿型レシピサイトとして有料会員数が170万人を超える。月間利用者数も5500万人と規模は国内随一だ。2015年12月期の連結業績は、公表している第3四半期までで売上高は100億600万円、営業利益は42億400万円と前年同期に比べてそれぞれ6割以上も伸びている。2017年度には、100億円の経常利益を目指すとしている。
数あるベンチャーの中でも、売上高営業利益率が40%以上のクックパッドは“超”が付く優良銘柄とも言える。そのクックパッドで何が起きたのか。
期待の米国事業は伸び悩み
今回、佐野氏ら4人の株主が提案した書面には、「基幹事業である会員事業や高い成長性が見込まれる海外事業に経営資源を割かず、料理から離れた事業に注力するなど中長期的な企業価値向上に不可欠な一貫した経営ビジョンに大きな歪み」が出てきたと、現経営陣への批判を強めている。
問題が表に出てきたのは2015年11月だ。11月27日に行われた同社取締役会で、「経営上の事業戦略の選択肢について精査・評価を行うため」の特別委員会を設置することを決議した。この時点で、佐野氏と穐田氏の歩み寄りがうまくいかず、第三者に判断を仰ぐに至った。
株主提案では、「会員事業と海外事業」に資源を割かず、「事業の多角化に注力」とある。会員事業は有料のプレミアム会員の増加率こそ鈍化してはいるものの、売り上げや利益は順調に伸びている。おそらく、「佐野氏自身が中心となって進めている海外事業に対して、現経営陣の資源投下や経営戦略に対する不満が大きかったのではないか」と関係者は語る。
海外事業は、佐野氏が社長を穐田氏に引き継いだ最も大きな理由でもある。2012年4月に佐野氏自らが穐田氏を指名し、社長の座を譲った。一方、自身は生活の中心を海外に移し、海外事業に注力し始めた。
その結果、2013年12月に、スペインのポータル(玄関)サイト運営のイティス・シグロからレシピサイト「Mis Recetas」事業を取得。2014年1月には米国で月間利用者が100万人いるレシピサイト「allthecooks」を運営する企業を買収した。同年4月にはインドネシアのレシピサービス会社を子会社化することも発表、その後ユーザー数を拡大させている。
現在、海外だけで月間利用者数は1682万人となっているが、注目したいのは英語圏でのユーザー数だ。英語圏の月間利用者数は60万~100万人の間で横ばい。期待していた米国市場が予想以上に苦戦していることがよく分かる。
佐野氏は、2012年の退任時に「日経ビジネス」の取材に対し、米国での可能性について次のように述べている。
「米国では、肥満や糖尿病の人口が増え、健康的な食生活への関心が高まっています。(中略)食の成熟市場でクックパッドは毎日の料理を楽しくするようなサービスを提供していきたい」
米国でのサービス拡大の可能性を信じていたことがうかがえる。
最初から「水と油」だった2人
買収してから2年経過しても伸び悩む米国事業に対して、両者の間で意識にズレが生じたとしてもおかしくない。当事者である佐野氏からすれば投資期間であっても、穐田氏からすればそろそろ回収時期と考えていたようだ。
なかなか思うような結果が出せない米国事業の不満からか、穐田氏が推し進める多角化事業が槍玉に上がった。佐野氏から見れば、穐田氏は本業のレシピサービスの海外事業についてはシビアな一方、レシピと関連のない国内のM&A(合併と買収)には積極的な穐田氏の姿勢に納得がいかなくなったということかもしれない。
実際、穐田氏は社長就任以来、M&Aを加速してきた。知育アプリ事業、ベビー事業、電子出版事業、ウェディング事業と投資を加速。社内からも「レシピとどう関係があるのか」と疑問の声が多かったのも事実だ。
「インキュベーション的な意味合いがあるとはいえ、あまりにレシピ事業とかけ離れた事業が多かった。会員事業についても伸び率が鈍化し、ここ数年抜本的な機能強化は見られていない」(SMBC日興証券の金森都シニアアナリスト)と指摘する声もある。2015年10月には穐田氏自らが社長に就いて、求人メディアを運営する「クックパッド・ジョブ」も立ち上げている。
穐田氏はもともとベンチャーキャピタル出身。経営者として以上に、投資家としての評価が高い。当然、闇雲に投資しているわけではない。
穐田氏が進めるM&Aは、クックパッドのノウハウを注入し、事業を軌道に乗せている例も多い。例えば、2015年5月に子会社化したみんなのウェディング。結婚式場の口コミサイトを運営する同社には、クックパッド執行役員の石渡進介氏を社長に据え、目下事業を拡大中だ。
クックパッドの社是ともいえる「ユーザーファースト」を事業のコアにし、エンジニアもクックパッドから出向。サイト同士の相互誘導といった容易な”シナジー”を創出するのではなく、クックパッドで培ったノウハウを惜しむことなく注入している。今期営業利益は落としたものの、売り上げは堅調に伸びている。当の石渡氏は佐野氏も穐田氏とも旧知の仲だ。
「うまくタッグを組めれば最強だったはず」
一方、佐野氏についても、その手腕を評価する向きは多い。佐野氏について、ある元クックパッド社員はこう評する。「食に対する愛と知見、自身のサービスに関する思い入れがものすごい強い人。その”熱血漢”で皆を引っ張っていく。どちらが正しいというのではなく、穐田さんとは経営手法や哲学が全く違い、今回は異種格闘技戦をやるようなものだ」。
今回の”お家騒動”は、企業を成長させる”手段”としての経営手法の違いを、株主に問いたいという結論になったに過ぎないともいえる。
言うなればもともと経営スタイルにおいて「水と油」とも言える2人。「うまくタッグを組めれば最強だったはず」(元クックパッド社員)の2人が騒動を起こしたことは、同社にとって大きなダメージになるだろう。
佐野氏を慕っていた社員の多くはすでに同社を離れ、現在は穐田氏を支持する社員が多く在籍する。
佐野氏が社長として返り咲いたとしても、穐田氏が広げた事業や社員への混乱は計り知れないだろう。一方、佐野氏が株主提案を引き下げるなど、現状の経営体制が続くことになったとしても企業イメージへの悪化は避けられない。主要事業の成長や穐田氏の経営手腕は、市場からこれまで以上に厳しい目で見られるのは間違いない。
クックパッドという超優良企業の行く末が大きく揺らいでいる。
記事掲載当初、本文中で「会員事業は増加率こそ鈍化してはいるものの、売り上げは大幅に減ってはいない」としていましたが、「会員事業は有料のプレミアム会員の増加率こそ鈍化してはいるものの、売り上げや利益は順調に伸びている」に修正します。本文は修正済みです [2016/01/25 14:45]
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