山陰の古都・萩に、荒くれ者の漁師軍団を率いる若手女性リーダーがいる。水揚げした魚の加工・流通販売など6次産業化を進めて地元漁業の経営を立て直してきた彼女が、新たに進めようとしている地方創生ビジネスとは。

萩の漁師を率いるGHIBLIの坪内知佳社長(左)(写真:阿部 卓功、以下同)
萩の漁師を率いるGHIBLIの坪内知佳社長(左)(写真:阿部 卓功、以下同)

 女性リーダーの名は坪内知佳。山口県萩市の日本海沖に浮かぶ大島(同市)を拠点に、漁業を営むGHIBLI(ギブリ)の社長だ。

 日経ビジネスでは2016年12月19日号の特集「次代を創る100人」の1人として坪内氏を紹介した。今回、記者が坪内氏を改めて取り上げたいと思ったのは、その一風変わったプロフィールと、起業家としての柔軟な発想力に注目したからだ。

 坪内氏は1986年生まれ、福井県出身。名古屋外国語大学を中退。結婚を機に萩市に移り住んだ。翻訳と経営コンサルティングの事務所を開いていたところ、経営に苦しむ地元の漁師から相談を受けた。それをきっかけに、漁業に関わるようになった。2011年、地元の漁師ら60人を束ねて、まき網漁の「萩大島船団丸」を設立。2012年に代表に就き、2014年からGHIBLIとして法人化した。

 鮮魚を船上で箱詰めし、飲食店などに直接販売する「鮮魚BOX」、漁師のまかないから生まれた高級干物「船上一夜干し」「寒風一夜干し」の製造販売は、事業資金などの補助を受けられる6次産業化法の総合化事業計画に認定された。水揚げした魚を取引先に直接出荷するスタイルは、今や他の多くの企業が参考にしている。

 このほど都内を訪れた坪内氏に会い、漁業経営に携わった経緯や、地域振興への思いを聞いた。

「やっぱり海が好き」

 「私、小さい頃は『カモメになりたい』と本気で思っていました。海の近くで生まれ育ったわけではありませんが、空を飛んで、自由に色々な場所に行けるのが憧れでした。子供ながらにそれはさすがに無理だと分かって、次になりたいと思ったのが船乗り。でも『女性がなるものではない』と親に言われ、仕方なく諦めました」

 「次にパイロットを考えましたが、これも断念。そこで客室乗務員になろうと、大手航空会社でアルバイトをしながら勉強しました。突然、病気になったのはそんな時。3ヵ月間療養し、ふと人生を見つめ直したんです。『このまま社会のレールに乗っていっていいのかな』と。客室乗務員になる目標をやめて結婚して、萩の素晴らしい景色に出会うことができました」

 「コンサルティング会社を設立して仕事していたら、漁業の話が来て。漁業なんて関わったことなかったけど、色々とお手伝いを始めて気がついたら社長です。『ああ、やっぱり海が好きなんだな』と思いました。色々と寄り道しましたが、原点回帰ですね」

坪内社長は萩以外の地域の活性化策にも積極的に関わっている
坪内社長は萩以外の地域の活性化策にも積極的に関わっている

 坪内氏は直感でこれまでの人生を歩んできたように見えるが、決してそれだけではない。移住し、今や第二の故郷となった萩への深い思いが言葉の端々ににじむ。

 「萩市も隣の長門市も『消滅可能性都市』として名前が挙がりました。こんなに素晴らしい景色なのに。何とか地域を元気にできないかな。困っている人たちを目の当たりにして、何かしたいという気持ちが高まっていきました」

 消滅可能性都市とは、少子化や人口移動に歯止めがかからず、将来消滅の可能性がある自治体。2014年に日本創成会議が打ち出した。

母としての思いも

 このやり取りの中で、坪内氏は母としての思いも込めて話しているのだろうと記者は感じた。坪内氏は現在シングルマザーで、萩で生まれた長男がいる。子供にとっては、萩が唯一の故郷。地元を何とかしたいという思いは人一倍強く、その情熱が、漁業の6次産業化につながる様々なアイデアを生み出したのだろう。

 坪内氏は萩以外の地域も活性化し、地方創生につなげようと奔走している。

 「最近は萩以外の漁業経営にも関わっています。経営コンサルに入ったり、魚を海外に売り込みに行ったり。色々やっていますよ」。北海道や福井県の漁業者の経営を指導し、萩・大島の6次産業化モデルを他の地域でも展開しようとしている。愛媛県では、沿岸で水揚げされた水産物を売り込む地元企業の「海外営業マネージャー」という肩書きも持ち、頻繁に海外出張して販路拡大に奔走している。

 「漁業の他にも海に関わる仕事をしたいなと思うようになりました。いま始めようとしているのが、幾つかの真珠の産地と組んでの6次産業化。魚はあまり食べなくても、真珠なら好きという女性は多いでしょ。こうしてみんなが海に注目してくれれば、海を通して、地域を活性化しようと色々な話が出てくるはず。真珠はまだ試作段階ですが、これからが楽しみです」

 そう話す坪内氏。身に着けていたネックレスとイヤリングには、試作したというその真珠が輝いていた。アクセサリー以外にも、真珠を使った様々な商品がこれから出てくるのかもしれない。

旅行業にも乗り出す

 「もう1つは旅行業です。これは昨年始めて、例えば北海道から萩への100人を超すツアーを企画しました。私たちの漁業の取り組みを見てもらうためです。萩で観光というと、吉田松陰とか幕末の志士ゆかりの地巡り、がまず思い浮かびますよね。でもそのツアーでは、有名な観光地はついでに見て頂いた、という形です」

 質の高い魚や真珠を他の地域に売り込むだけでなく、旅行ツアーを企画して生産地にも人を呼び込む。特産品と人の交流を活発にして、両面から地域の活性化につなげようとしている。

 坪内氏が社長を務めるGHIBLIという社名は、アニメ制作会社の「スタジオジブリ」と同じで、アフリカのサハラ砂漠に吹く熱風の名に由来する。名前の通り萩の大島、そして日本の各地から、地方創生の熱風を起こそうとしている坪内氏の動向に今後も目が離せない。

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