フェラーリやポルシェのデザインを手掛けたことで知られる工業デザイナーの奥山清行氏がヤンマーホールディングス(HD)の社外取締役に就いてから5年。奥山氏が設計を監修したトラクターはスポーツカーを彷彿とさせる洗練されたデザインで、無骨な農機のイメージを一新。最近も奥山氏がデザインした高級ボートが、業界で高い評価を受けている。

 もっとも、奥山氏は商品をデザインすることだけを任されているわけではない。第4次産業革命とも言われる変革期の中で、ヤンマーのビジネスそのものを“デザイン”する役割が期待されている。デザイナーと機械メーカーの異色の組み合わせは、どんな化学反応を起こしているのか。奥山氏に改革の手ごたえを聞いた。

<span class="fontBold">奥山清行(おくやま・きよゆき)氏</span><br /> 1959年生まれ。工業デザイナー。KEN OKUYAMA DESIGN代表。ヤンマーホールディングス社外取締役。<br /> 米ゼネラルモーターズ(GM)チーフデザイナー、独ポルシェのシニアデザイナー、伊老舗デザイン会社ピニンファリーナのデザインディレクターなどを歴任。「フェラーリ エンツォ」などのスポーツカーや伊ドゥカティのオートバイ、鉄道、船舶、テーマパークなどのデザインを手掛ける。2007年からKEN OKUYAMA DESIGN代表。13年4月にヤンマーホールディングスの社外取締役に就任。
奥山清行(おくやま・きよゆき)氏
1959年生まれ。工業デザイナー。KEN OKUYAMA DESIGN代表。ヤンマーホールディングス社外取締役。
米ゼネラルモーターズ(GM)チーフデザイナー、独ポルシェのシニアデザイナー、伊老舗デザイン会社ピニンファリーナのデザインディレクターなどを歴任。「フェラーリ エンツォ」などのスポーツカーや伊ドゥカティのオートバイ、鉄道、船舶、テーマパークなどのデザインを手掛ける。2007年からKEN OKUYAMA DESIGN代表。13年4月にヤンマーホールディングスの社外取締役に就任。

奥山さんがデザインした高級ボートが、「日本ボート・オブ・ザ・イヤー2017」の特別賞を受賞されましたね。

奥山清行氏(以下、奥山):「高級ボートはこの3~4年、盛り上がっている市場です。(トヨタ自動車の高級車ブランドの)「レクサス」や(欧州のスポーツカーメーカーの)「アストンマーチン」「メルセデス・ベンツ」「ブガッティ」なども高級ボートを作り始めた。造船部門を持ち、かねてボートを手掛けているヤンマーがフラッグシップたるデザイン性の高いボートを作るのは自然な流れでした」

 「ヤンマーの持ち味は、燃費性能の高いディーゼルエンジンを搭載することです。エンジンは祖業ですからね。通常のボートは小型のガソリンエンジンを外付けで取り付けますが、私たちは船体の一番後ろの内部に搭載する。エンジンからシャフトをつなげずに直接、プロペラを回すタイプで、この方式を採用することで、内部のインテリアのスペース効率が非常に高まりました」

日本ボート・オブ・ザ・イヤー特別賞を受賞した「X39 EXPRESS CRUISER」
日本ボート・オブ・ザ・イヤー特別賞を受賞した「X39 EXPRESS CRUISER」

奥山さんは外見的なデザインを重視するだけでなく、機能面やコスト面でも妥協しない姿勢で知られていますね。

奥山:「コストに関しては、私はうるさいですよ(笑)。デザインとはお客様からお預かりしたお金を使って商品やサービスを作ることです。お客様に価値を提供し、利益を上げていただく。その『上がり』を頂くのが、僕らの商売です」

これまでにも、トラクターや耕運機など、様々なヤンマー製品をデザインしてきました。奥山さんの考え方に基づいて、商品化していくには、ヤンマーという会社も変わらないといけないと思いますが、いかがでしょうか。

奥山:「僕がお邪魔する前から、この会社はものすごい勢いで変わってますよ。ヤンマーは創業100周年の2012年から改革に取り組んでいましたから」

「失ってはいけないもの」を常に考える

 「世界は今、ものすごい勢いで変わっていますよね。自動車も船舶も、どの業界が歩んでいるスピードよりも、世界は速く動いている。僕らは内部を徹底的に改革してどんどん速く動かないといけない。でも、だからこそ、失ってはいけないものが何なのかと常に自ら考える必要があると思います」

 「基本は創業者の思いです。1912年に山岡孫吉さんが創業して以来、農家や漁師の方がどうやって楽に仕事をしてもらえるかを考えてきた。それが世界初の小型ディーゼルエンジンの発明につながったのです。僕らの時代も、商品やサービスの中身は変わっても、お客様を助けたい、という創業者の思いは変わらない。その意味で、僕はお客様の代表という立場で、ヤンマーの役員をやらせて頂いてます。お客様の観点でいうと、その社内の常識はおかしくないか、と提案するのが僕の仕事です」

奥山氏が設計を監修したトラクターはスポーツカーのように洗練されたデザインだ
奥山氏が設計を監修したトラクターはスポーツカーのように洗練されたデザインだ

そうした奥山さんから見る、ヤンマーの今の課題とは。

奥山:「まず、電動化ですね。自動車と同じように、電動化の波は農機にも、建機にも、ボートにも及んでいます。しかし、その進み具合は製品ごとに違う。強みのディーゼルエンジンのどこを残し、どこを変えていくのか、という大きな課題が目の前にあります」

 「今、力を入れているのが、ディーラーのデザインです。お客様に提供するのはもはや機械ではありません。機械を通じて実現する利便性や価値を提供しなければいけません。例えば、販売店にお客さんが来店したときに、土壌改良の知識を提供する。あるいは、販路の開拓の仕方を学んでもらう。だから、僕らも勉強します。新種の酒米を開発したりしている。ディーラーの販売員の考え方も変わらなければいけません」

モノだけでなく、知識を提供する。一人ひとりの社員がそうなるには、教育にかかわる費用もかかりそうです。

奥山:「かつての『ヤン坊マー坊天気予報』でいくらの費用をかけていたかは言えませんが、今、進めている改革ではそんなにお金はかかりませんよ。私自身、外部の知見を披露するということで、社内で講演をしますし、社員も頻繁にお客様を訪問し、直接、コメントを頂いて、それを生かしている」

M&Aも積極化されていますね。

奥山:「ヤンマーは今年度、はじめて海外の売上高が国内を上回る見通しです。今後は国内を伸ばさない、というわけではもちろんありません。でも、これからは北米や欧州、東南アジア、インドでの事業を拡大していく必要があると考えています」

 「ただ、M&A以上に大切なのは、オーガニックに成長していくことです。今ある事業をいかに伸ばすか。今いる社員が、部署や業務内容が変わりながらも、お客様にどんどん近づいて、新しいビジネスのやり方で進めていく。そういう風に会社が変わろうとしています」

究極のデザインはビジネスデザイン

その新しいヤンマーをデザインするのも奥山さんの役割、というわけですね。

奥山:「究極のデザインはビジネスデザインだと思っています。工業デザイナーが社外とはいえ取締役を務めている、というのはまだまだ日本企業では珍しいんじゃないですか」

 「デザイナーが経営に携わるのは海外では決して珍しいわけじゃありません。代表例が、米アップル。創業者のスティーブ・ジョブズ氏を支えたのも、デザイナーでした。僕もヤンマーの山岡健人社長とがっつり、戦略からデザイン、商品開発、人材育成まで幅広い分野で話し合っています。お客様の声を取り入れる仕組みづくりも進めています」

 「僕はこれまでコンサルティングもしてきましたが、企業というのは外からだけでは変えられないことが山ほどあります。僕は今はヤンマーの人間。中から改革を進めている最中ですが、この仕事はとても面白い。社外の人からは、なんで、フェラーリやっていた奴が、ヤンマーの役員やっているんだ、と思われるでしょうけどね」

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