電通は7月1日、デジタルマーケティングの専門会社を設立する。その代表取締役CEO(最高経営責任者)に就任する大山俊哉執行役員に、新会社が狙う領域などについて「日経デジタルマーケティング」が独占インタビューした。
 電通デジタル代表取締役CEOに就任予定の大山俊哉氏
電通デジタル代表取締役CEOに就任予定の大山俊哉氏

電通デジタルはどのような組織が統合して設立されるのでしょうか。

大山俊哉執行役員(以下、大山):電通社内にあったデジタルマーケティング部門を統合したデジタルマーケティングセンター(DMC)を、今年1月1日に設置しました。そのDMCに、ネクステッジ電通と電通イーマーケティングワンを統合する形で、7月1日に設立します。

何人ぐらいの体制になるのでしょうか。

大山:DMCにネクステッジ電通の100人、そして電通イーマーケティングワンの200人を加え、総勢600人ぐらいを想定しています。これを、2~3年で1000人規模にまで拡大させたいと考えています。

 運用型広告のコンサルタントは100人程度、それ以外のシステム、EC(電子商取引)などの領域でも合計100人以上のコンサルタントがいます。正直、トップクラスのコンサルタントばかりではありませんが、各領域で戦えるぐらいの人数は揃えました。

 また、運用型広告の実際の運用業務については、1月に開設した電通オペレーションズ・パートナーズを通じて、沖縄にオペレーションセンターを設置しました。このセンターでは、200人規模でオペレーターを採用しています。

 運用型広告においては、コンサルタントとオペレーターの人数が1対2であることが最適な比率だと考えていますので、オペレーターについても、さらに人材採用を進める方針です。

ネット広告以外にも運用可能な領域を拡大する

 運用可能な領域も広げます。現状はネット広告だけですが、電通グループの強みはマス広告です。テレビがオンライン化する部分もあるでしょうし、それ以外にもデジタルサイネージなど、大半の広告は運用型に変わると見ています。ですから、ネット広告以外の領域も含めて、統合的に広告を運用できるようにしていきます。

会社を設立する狙いを教えてください。

大山: 大きく2つあります。まず、広告主のニーズの変化に応えつつ、競合に対抗することです。

 競合といっても、同じ総合広告代理店だけを指すわけではありません。デジタルマーケティング市場が広がるにつれて、次々と新たな技術、データが使えるようになっています。広告代理店には、それをキャッチアップして、マーケティングに生かすことが求められている。これまでと競争のポイントが変わるため、新たなプレーヤーが次々に、我々と同じ土俵に参入しています。

 第一の波はネット専業代理店の隆盛でした。検索連動型広告を始めとする、運用型広告市場が広がり、これまでに取れなかったようなマーケティングデータが取得できるようになった。その波については、正直、乗り遅れました。この差を埋めるために、オプトへ出資したり、運用型広告の専業会社ネクステッジ電通を作ったりして、ようやく3年分は遅れを取り戻せたと思っています。

 第二の波として、グローバルで見たとき、デロイトコンサルティングやアクセンチュアといった経営コンサルティング会社が、クリエイティブエージェンシーを相次いで買収するなどして、広告代理機能を急速に強化しています。弊社の石井直社長も年頭の社員向けスピーチで、米アドエイジ誌の「エージェンシー・リポート2015」の中の、「広告会社ランキング(グループ)」において、IBMインタラクティブ・エクスペリエンスが9位、デロイトデジタルが10位にランクインしたことに触れました。当社も、経営コンサルティング会社への対抗策を求められるようになっていると考えています。

 もともとこの5年ぐらいをかけて、競争のポイントが変わりそうな技術やデータが出てくるたびに、新たなソリューションに対応する部門を作ってきました。ですが、その都度の対応だったため、獲得、システム、データ分析など部門がバラバラになっていた。だから今回、これを統合し、新たなプレーヤーとの本格的な競争に備えたのです。

 広告主のニーズの変化という意味では、多くの広告主は今、新たな課題を抱えています。例えば、ダイレクト系であれば、新たな見込み客の育成などにあまり取り組んでこなかったため、刈り取りきってしまった面がある。そのため、効率が著しく低下するような企業もある。そうした課題から、見込み客の育成、ナーチャリング、そして、獲得後のCRMといった施策の統合的な支援を求めています。

 加えて、広告主は、顧客と関係性を保ち、長期間に渡って製品やサービスを使ってもらうように、その考え方を変えてきています。そうした戦略を進めるには、デジタルマーケティングやCRMへの取り組みは極めて重要です。広告という領域だけではカバーし切れません。ですから、そうしたニーズの変化に対応するため、新会社を設立したというのが1つ目の理由です。

 また、これまで広告は、クリエイティブのアイデアを買ってもらうという側面が大きかった。ただし、決まるか、決まらないがアイデア次第ですから、事業モデルとしては不安定です。さらに、こうしたキャンペーンモデルは"新車"が出ない限り仕事が来ません。我々にとっても、顧客と長期的な関係を保ちたいという広告主のニーズを統合的に支援するというビジネスは、新しい安定的な事業モデルになる可能性があるのです。

機動的な人員配置も新会社設立の狙いの1つ

 新会社を設立するもう1つの理由は、機動的な人の配置をするためです。デジタルマーケティングにおいて、中間的な作業は機械化が進んでいます。顕著な例では、ある企業のソーシャルリスニングを請け負った時に、コミュニケーションの戦略を考える“上流”の仕事と、実際にソーシャルメディアからクチコミを収集する作業が生じました。このクチコミ収集作業を担うのは、アルバイトでも十分です。ですが、その採用のために役員の承認が必要になったりする。そこで、本体とは異なる人事制度を持つ新会社にすることで、より機動的に人材を配置できるようになると考えています。

広告主が統合的なマーケティングを望むのであれば、電通内の組織であった方が、マス広告との連携はとりやすいのではありませんか。

大山: マーケティングをマスと一緒にやるのは王道ですが、現状の事業とは一度、切り離すべきと考えました。例えば、経営コンサルティング会社はきちんとコンサルティングやプランニングでフィーをいただいています。ですが、電通は買い付けて来た広告枠を販売するために、それらをサービスで提供してしまっていた面もあります。

 コンサルティングやプランニングをするなら、出した知恵の対価としてフィーを取れるようにならなければならない。ですが、同じ会社にいては、事業モデルを大きく転換することは難しい。ですので、別会社にすることで、退路を断ってやりたいと考えました。

特に米国でのコンサルティング会社の動向に危機感を抱いているとのことですが、国内市場はどう見ていますか。

大山: 楽観的な見方をすると、米国ほど危機的な状況ではまだないと考えています。なぜならマーケターやクリエーターは、総合広告代理店にまだまだたくさん在籍しているからです。また、専門的な技能を持ったクリエイティブエージェンシーであっても、総合広告代理店と共に仕事をしている企業が多い。ですから、コンサルティング会社は、そうした人材を採るのに苦労していると聞いています。ですので、現時点ではお互いの戦いはそれほど激しくなっていないという認識です。

例えばオムニチャネルが流通企業の売り方そのものを大きく変革させる概念であるように、デジタルマーケティングは経営と密接な関係になりつつあります。新会社で経営コンサルティング領域までカバーしようという考えはありますか。

大山: その領域まで狙いたいと考えています。ですが、経営コンサルティングを任されるほど、信用されているかというとそうではないでしょう。我々にとって追い風なのは、データが増え続けるのが確実で、かつそのデータを一元的に扱うことが重要になっているという点です。

 従来、事業会社は事業部ごとに製品を作って売っていました。ですが、最近では顧客の情報を一元的に取り扱うため、各製品やサービスで共通のIDを持たせようという動きが見られます。ID統合の事業戦略から、KPI(重要業績指標)の策定、IDを管理するシステムとデータ取得のプラットフォームの設計。こうした仕事は、複数の企業が分担して担うのではなく、どこか1社が担うべき仕事だと見ています。

 そうして、クライアントの根幹であるデータを扱い、顧客企業にとってのお客さんの理解が進めば、我々もより上流の戦略を考える領域へと入り込んでいけるのではないかと考えています。

 広告代理店も、顧客企業にとって、パートナーになっていかなければいけません。従来の広告代理店の仕事はあくまで枠の調達係にすぎない。それだけでは、収益性は下がる一方です。電通デジタルでは、より付加価値のある領域で収益を上げることを目指します。

 データが武器になりますから、データを扱う分野を最も強化します。そこでできた事業モデルや知見は、電通本体にも戻せると思います。そうして、我々と広告会社を兄弟会社として運営していくことが、新たな勢力に対抗する、手段だと思っています。データを生かしたコンサルティング会社と、クリエイティブに強い広告会社、この両方を持っていることが強みになるはずです。

総合広告代理店の営業担当は、デジタルの知見が乏しく、デジタルマーケティングにおいては、素人になってしまっているという指摘もあります。

コンサルタントのチームで対応していく

大山: 電通デジタルは電通とは別会社になるので、フロントに立つのは電通の営業担当者ではなく、我々のコンサルタント自身です。顧客企業のニーズに合わせて、専門分野のコンサルタントがチームを組んで、対応します。例えば、EC事業者において獲得とCRMの強化が課題であれば、各領域のコンサルタントを選んでチームを組むことになります。既に、大手自動車メーカーや大手移動体通信会社に常駐して、コンサルタントとしてフィーをいただいています。

 電通の営業体制は大量仕入れ・大量販売のモデル。多く抱える売り子が、買い切った大量の広告枠を日本全国、どこでも売れる、だから電通は強い。そういうモデルでした。ですが、成果が出なければ首を切られてもいいというコンサルティングの仕事は、事業モデルが全く異なります。電通デジタルでは、当初は100社をめどに、きちんと成果が出せる顧客企業に絞り込んで向き合い、コンサルティング会社として成果を出していきたいと考えています。

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