2017年、33歳で作家デビューを果たしてから、22年1月に『塞王の楯』で直木賞を受賞するまで、わずか5年。驚異的な筆力で歴史小説、時代小説の大作を次々と発表する一方で、経営不振に陥っていた町の書店の事業継承を行い、JR佐賀駅構内では新規店を開業。テレビのコメンテーターやラジオ番組のパーソナリティを務めながら、全国の図書館、保育園、小学校から高校、大学までを講演で回る。

 そんな八面六臂(ろっぴ)の活躍を見せる作家が4月から東京・神保町でシェア型書店「ほんまる」の経営に着手する。そこには「町の本屋を復活させたい」という熱い思いと、ビジネスとしての冷静なソロバンがあった。

 今村さんの拠点は滋賀県。ずっしりとした読み応えある歴史小説を次々と世に送り出しながら、箕面(大阪府)や佐賀で書店も経営されている。そして今度は、東京・神保町でシェア型書店を始める。単刀直入に伺いますが、なぜ直木賞作家が、そんなに手も足も広げるのでしょうか。

今村翔吾さん(以下、今村):なぜこれをやろうかと思ったところの大前段から言いますと、従来の書店のビジネスモデルがもう限界だ、ということですね。実際、町から本屋さんがどんどんなくなっている。そのことは、みなさんも実感していることでしょう。

今村翔吾(いまむら・しょうご)
作家、書店経営者
1984年、京都府生まれ。関西大学文学部卒業。ダンスインストラクター、作曲家、滋賀県守山市の埋蔵文化財調査員を経て、2017年に『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』で作家デビュー。18年『童神』(後に『童の神』に改題)で角川春樹小説賞、20年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞、『じんかん』で山田風太郎賞、22年『塞王の楯』で直木賞を受賞。「くらまし屋稼業」シリーズ、『幸村を討て』『茜唄』『戦国武将伝 東日本編/西日本編』などベストセラー多数。21年に大阪府箕面市の書店「きのしたブックセンター」を事業継承。22年に一般社団法人「ホンミライ」を設立。23年、佐賀市に「佐賀之書店」を新規出店。24年3月からシェア型書店の「ほんまる」プロジェクトをスタート。4月に東京・神保町に1号店を出店予定。(インタビュー写真:今 紀之)

育ててくれた本屋さんに今できることをやる

 僕は本に、そして本屋さんに育ててもらいました。そんな自分からすると、本屋さんが世の中からなくなることなんて、あってはいけないこと。じゃあ、書店を救う道、復活させる道はどこにあるのか――って、そういうことは、この30年、関係する人たちみんなが会議なんかで問題にしてきたことなんです。

 でも、ああだこうだ言いながら、最後は「これから僕たちがしっかり考えないといけませんね、ちゃんちゃん」。そういうことを続けてきたから、今の危機があるんじゃあ、と、もどかしさというか、ハラが立つ自分がいて、だったら、まず自分がやれることをやろうと思った。これが一つめの大きな理由です。

 「やれることをやる」、その前段として大阪、佐賀での書店経営というアクションがあるわけですが、今回は東京・神保町という書店の聖地での新規出店、しかも「シェア型書店」という変わった業態です。希望者に書店の棚を貸す、という形ですね。

今村:僕は直木賞をいただいた時に、特別仕立てのバンで全国47都道府県の書店さんや学校、図書館を回る「今村翔吾のまつり旅」というキャラバンを行ったんです。

(写真提供:今村翔吾事務所)
(写真提供:今村翔吾事務所)

 5月から9月にかけての約120日間は、一度も自宅に帰らずに、原稿もバンの中で書いていました。周りからは「今村さん、もしかしたらバカですね?」と言われ、その通りでしたが(笑)、その時に書店という業態が、生き残るためにさまざまな努力をしている現場をたくさん見たんですね。

 たとえば?

この30年は本と何か、の「組み合わせ」の時代

今村:この30年は「本と何か」を組み合わせる売り場づくりですね。雑貨、DVD、カフェ、最近は衣類もありましたが、だんだん効かなくなっている。今はガチャガチャを入れた売り場が増えていたり、あと、変わり種でいうとトルコ料理屋さん併設の本屋さんがあったりとか。

 スパイシーな香りのトルコ料理と、本。なかなか想像がつかないですね。

今村:そう、大丈夫なんかいな、と思ったんですけど、やってみたら面白い試みですよね。だから、それほどみんながすでに組み合わせを試行錯誤しているんですね。で、僕は、「できれば本と本の組み合わせで成り立つ形はないか」ということで、シェア型書店について、ずっと研究をしていたんです。

 そのシェア型書店という業態がどういうものなのか、実は私にはよく分からないのですが。

今村:簡単に言うと、店の中に小さな本棚をたくさん置いて、その棚をさまざまな人に借りてもらって、借り主さんがそこに好きな本を置いて売る、というものです。

シェア型書店とは
シェア型書店とは
「シェア型書店」:「貸し本棚屋」「棚貸し書店」などとも呼ばれる本の販売業態。店舗のオーナーが30センチ四方ほどの本棚を個別に貸し出して、その賃貸料で主な収益を得る。オーナーが仕入れ・販売にかかわることなく本を売る新しい書店の仕組みとして注目されつつある。(図:ほんまる)
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 秋葉原のレンタルショーケースのようなイメージなのですね。これはいつぐらいから町に登場したのでしょうか。

今村:僕、相当調べたんですが、めちゃくちゃ諸説あるんですよ。東京が初やという人もいれば、いや、大阪やという人もいて、大阪発祥ぽいなとは思っているのですが、今、盛り上がっているのは東京方面なんです。

 どのあたりで盛り上がっているのでしょうか。

今村:神保町、中野、西日暮里、西小山とか、あと千葉県や神奈川県にもあります。たぶん全国に50店舗ぐらいで、まだ本当に小っさな流行なのですが、刺さる人には刺さっています。ただ、経営や運営のルールもまちまちで、ボランティアみたいにやっているところもあれば、儲けているところもある、と。2022年3月に仏文学者の鹿島茂さんがプロデュースした「PASSAGE by ALL REVIEWS」が東京・神保町にオープンして、話題になりましたね。今年3月に3号店ができました。

シェア型書店をムーブメントに

 棚の借り主を集めることができれば、収益は見込めるでしょうね。となると、書店ではなく不動産業というとらえ方もできますね。

今村:そうとも言えて、本を扱って儲けられるなら大いに結構や、と思うのですが、これまで大手書店はそこに本気で取り組もうとしてこなかった。シェア型書店という業態が、海のものか山のものか分からんから、という理由がそこにはあって、コストの割には儲からないだろうと、たぶん踏んではると思うんです。

 あと、この業態が都市だけでなく、全国にまで波及させられるものかどうか、ということに対しても懐疑的なんだと思います。

 フィギュアを転売するショーケースにしても、ユーザーが多い東京にあって、しかも全国、全世界から人が集まる“AKIBA”だからビジネスになるんだよ、とは思いますよね。

今村:反対に、本好きな個人が趣味で小さくやっている場合もありますよね。かかわっている人の満足度は高いと思いますが、その先に大きく広げていくビジョンはあんまりないパターンが多い。これはもう当然というか、しょうがないんですよね、個人の趣味だから。

 でも、こういうムーブメントがあるなら、次にそれがどのように再投資されていくのかということに、僕は興味をかき立てられるんです。趣味であれ、ビジネスであれ、利益が出るのだったら、それを全国に広げていったり、別のムーブメントをつくっていったりと、出版業界に新しい波を起こしていく、そんな対流を生み出したいんです。

書店の経営はハードルが高すぎる

 ムーブメントというと、たとえば「棚を借りた人がいずれ独立して書店を持つ」といったことでしょうか。

今村:それは一つの大きな目標ですね。「棚」から「店」へとハコを大きくできる道筋を作れたらと考えています。

 「書店を経営して、何がしたいんですか?」と、よく聞かれますが、僕は最終的にシェア型書店から得たお金が、本好きな人の独立の資金になるような仕組みまでつくっていきたいと思っているんです。

 棚の借り主が「自分の本屋を持ちたいんです」といった時に、取次、書店人のネットワーク、融資など、いろいろなところにつないで、その夢を実現に導いていくようなシステムを用意したいと思っています。

 そもそも書店の開業って、ハードルが高いのか、低いのかもよく分からないのですが。

今村:書店を1個つくろうと思ったら、規模にもよりますが、在庫などを含めて初期投資で1000万円は確実に行きます。

 えっ、1000万円?! そんなに行くんですか?

今村:行きます。逆に飲食の方が安く行けるぐらいです。飲食なら僕んとこの町の居抜きで400~500万円ぐらいで開店できます。タピオカティーみたいなスタンドタイプなら、200~300万円。

 本屋さんの大きな設備投資は、本棚と照明くらいかなと思っていましたが。

今村:その点でいうと、書店はハコよりも在庫にお金がかかるんですよ。

 10坪ぐらいのハコだけだったらイニシャル(コスト)は200~300万円なんです。ただ1坪あたりで40~50万円ぐらいの本を入れなあかんので、それで500万円。20坪やったら1000万円ってなるんですよ。この初期費用が結構しんどいんです。

 ただ、本には再販制度がありますよね。

再販制度が在庫管理を難しくしている

今村:はい。本は再販制度によって定価で販売する一方、在庫を返品できるという、よそにない特殊な性格を持つ商品なのですが、とはいえイニシャルでは結構かかります。

 そして再販制度を持つこの商売の怖いところは、在庫管理がすごく難しいこと。僕は実際に書店を経営して、それを身に染みて感じています。ふと気がついたら大赤字を食らっているというパターンが、普通にあるんですよ。

 どういうことですか。

今村:再販制度のおかげで、売れているから在庫しておきたい本、この先返品する本、これから仕入れる本、と、同じ本という商品でも、経営上の価値がまったく違うものが併存しているので、実態がつかみにくいんです。

 株式のポートフォリオを連想しますね。

今村:ああ、株でいうところの、信用取引にちょっと似ているかもしれないですね。元のお金以上の額を動かしまくっているうちに、気付いたら追証(※)が必要になってくる。そんな状況になったりするんです。

(※追証:おいしょう・株式の信用取引で損失が膨らんだ際に求められる、委託証拠金の追加のこと。投資家にとっての弱り目にたたり目)

 それこそDX化というか、POS(販売時点情報管理)システムの出番のような気もしますが……。

今村:もちろんPOSによってある程度は追えます。しかしながら、商品が凄まじい勢いで行き来するので、書店では当月の月次決算を出すのが難しいし、日次決算を出すのはもっと難しくなってくる。これを完全に追跡するシステムは、大手書店でも数社しか持っていないようです。

 そうなんですか。

今村:商品の話で言いますと、大きな区分として雑誌と単行本・文庫がありますが、雑誌の仕入れからの請求と、本の仕入れからの請求の時間軸もずれています。帳簿上は大丈夫でも、いつの間にか在庫が増えていたり、減っていたりする。ほかの小売りよりもややこしくて、未経験者がスタートさせるのはかなり難しいというか、管理しづらいビジネスだと思います。

 考えてみればほぼ全ての商品が単品管理ですから、棚卸しだけでも大変そう。今まで、それがよく成り立っていましたね。

今村:過去、本屋さんというビジネスが好調だった時代には、たとえどんぶり勘定でいても、がっさがっさ、何か知らんけど増えていた、ということだったんだと思うんです。

 『小学一年生』とか『二年生』とかがぼんぼん売れていた時代ですね。収益性が高く、定常的に売れる雑誌の売り上げが書店を支えてきた。それがネット時代の到来で……。

今村:そう、雑誌の時代が過ぎ去り、ビジネスがますます難しくなった。

 それで、「もうあかん、閉店します」という時に、在庫が1000万円あるはずだから、それを出版社に戻して1000万円の現金に換えようとするじゃないですか。でも、なぜか800万円しか換金できない、という事態になっていて、それが倒産の引き金になるんです。

 なぜ200万円が消えているんでしょうか。

「在庫を減らして運転資金に」で首が絞まる

今村:要は自転車操業の中で、たとえば誰かの給料を払わなあかんために、ちょっとずつ返品をして、現金をつくっていた。それらが累積して200万円が消えていた、そういうことが書店の経営では起こるんです。

 僕が2021年に事業継承した箕面の「きのしたブックセンター」も当初はそういう状態で、赤字を補填するために返品量を増やして、仕入量を減らすことを繰り返した結果、店の中がスカスカになっていました。

 これって、点滴みたいにちょっとずつ、ポタポタと落ちていく感じなので、分かりづらいんです。それで気がついた時には、取り返しの付かないほど出血しているという。

 うわ。

今村:さらに怖いのは、在庫を減らすとお客さんが離れてしまい、ますます本が売れくなることです。そして「売れない店」のレッテルを取次(※)から貼られてしまうと、配本が滞ります。

(※取次:とりつぎ・出版取次ともいう。出版社と書店の間で流通を担う我が国独自の業態。最近は直接流通を行う書店、出版社も増えている)

 ですので、どこかのタイミングでつなぎ融資が得られて挽回しようとしても、再仕入れができない。本が回ってこない状況を逆回転させることは、めちゃめちゃ難しいんです。

 うーん、本当は怖い書店ビジネスなんですね。

つぶしたらあかん!と思う人たちの力が集まる場所

今村:書店が取次の帳合い(取引関係)を変えて、別の取次に乗り換えることがありますよね。あれをやると、いったん在庫を清算して、現金に換えることができるんです。

 いざ、明日の給料もない、となった時に、いったん取次A社に在庫を全部返すでしょ。そこで2000万円が戻ってきたら、200万円を給料の支払いに充てて、次に1800万円で取次B社から本を仕入れる。この帳合いの切り替えで、みんな生き延びてきたのですが、いよいよそれが追い付かなくなってきた。

 そこには書店業界、出版業界の構造的な問題があるわけですが、そのような問題を30年、先送りしてきたツケが、今、まさに来ているということなんです。

 ということは、町から本屋さんがなくなるのは、必ずしも日本人の本離れということだけではなく、システムの問題がある、と。

今村:そうだと思います。大ベストセラーが出ることで、だましだましやっていけるという期待もありますが、現実として市場規模が縮小している以上、そうそうおいしいことが起きる時代というのは、過ぎ去っていますよね。

 で、市場が小さくなっているなら、その業界はいずれなくなっても仕方ないよね、というのが普通の考えですが、ただ、ここが大変悩ましいところで、出版業界には熱烈なファンがいることも事実なんですよ。

 そうですね。人はパンのみにて生くるものにあらず。パンと同じぐらい、私たちは本を欲します。

今村:そうでしょう! 僕もそうですし、読者さんもそう、書店員さんもそう、編集者もそう、出版社もそう。この業界が好きで、なおかつ文化的にも、教育的にも意味があると信じていて、絶対につぶしたらあかん、と思う人たちがいっぱいいるんですよ。

 おっしゃる通りです。私もその中の一人です。

今村:市場にもまだまだファンはいっぱいいる。本当なら全連合して反転攻勢をかけなければならないんだけど、ただその時期がいつなのか、どうやればいいのかもよく分かっていない。

(インタビュー写真:今 紀之)
(インタビュー写真:今 紀之)

 いずれ坂本龍馬、渋沢栄一のような天才が出てきて、出版社、取次会社、書店、作家、漫画家などの枠を超えて、反転攻勢を仕掛ける時が来る……と思うけど、それまでは僕がやれる延命措置をやる。1分でも1秒でも、この業界が衰退するのを遅らせたい。それが今、このビジネスを始めるもう一つの理由です。

 現状では、書店への新規参入と継続は難しい。その壁を引き下げる方策がシェア型書店、ということですか。

今村:はい、従来の書店ビジネスのモデルだけじゃ厳しいという時に、書店を愛している人たちの力が集結できる。それがシェア型書店という形じゃないか、と思っているんです。

(*第2回に続きます。3月18日月曜日掲載予定です)

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