- 2024.12.10
- CREA
学園ドラマはなぜ減った?「熱血教師のほうが人気が出るが… 」王道を外す、窪田正孝(36)の絶妙すぎた“役作り”《『宙わたる教室』最終回》
文=綿貫大介
画像=NHK
『宙わたる教室』(伊与原 新)
出典 : #CREA
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
学園ドラマはなぜ減った?
窪田正孝演じる東新宿高校定時制に務める理科教師・藤竹叶と生徒たちによる、科学部での活動を通した成長を描く物語『宙わたる教室』から目が離せない。
まず、近年減ってしまった学園ドラマをやってくれてありがとう! 学級形成のためは大量に若い俳優を用意する必要があり、普通高校の1クラス40名程度の“大箱”となるとコスパが悪く、制作に二の足を踏むジャンルとなってしまった学園ドラマ。
そんななか、少人数制で生徒と教師が密につながる定時制高校を題材にするというのは、制作陣にとっても、目の肥えた視聴者にとっても良い結果だったと思います。
定時制には、そこにしかないドラマがたくさん存在します。本作は、数話をかけて問題を抱える生徒たちの背景を丁寧に描くところから始まります。まずはストーリーの起点となる柳田岳人(小林虎之介)。読み書きが苦手なことを馬鹿にされ、中学から不登校になり、不良の道へ。負のスパイラルから抜け出すため20歳で定時制高校に通い始めます。ある時、藤竹の指摘をきっかけに、自分が発達性ディスレクシア(読み書き障害)だと知ることに。
思考力も暗記力も計算力もあるのに、文字を認識する機能の問題のせいで、学校のテストで低い点しかとれず、「学力不振」に悩み続ける人たちがいる。その事実を多くの視聴者が知るきっかけにもなったことでしょう。
藤竹は岳人の数学の答案から、成果が出ないのは何か合理的な理由があるのではないかと推理。これはまさに研究者の態度です。小さな違和感をないがしろにせず、生徒の抱える課題を見逃さない姿勢はすばらしすぎます。
学園ドラマの「王道パターン」当てはまる部分、外した部分
ほかに、母親がフィリピン人で不法滞在だったため、子供時代に学校へ通えなかった40代の越川アンジェラ(ガウ)。起立時にめまいなどが起こる起立性調節障害であるため、保健室登校を続けている名取佳純(伊東蒼)。最年長は生家が貧しかったことから中学を出てすぐ集団就職した70代の元町工場経営者・長嶺省造(イッセー尾形)。彼らが抱える背景についても1話ずつ触れていきます。
藤竹のすすめで4人は科学部のメンバーとなり、火星の再現実験を行うことに。構成としては、生徒の問題を教師が解決しながら仲良くなり、仲間が一人ずつ増えていくという学園ドラマの王道パターン。でも、それだけではありません。本作を観ていると、ほかの学園ドラマと違う感動ポイントに出くわすことになります。それは「学ぶ」ことの大切さを伝える意思が根底にしっかりあること。
学園ドラマは友情や恋愛、生徒が抱える問題などが焦点になりがちですが、本来、学校を舞台に伝える作品で一番大事なことは、「学び」の面白さに気づかせる点だと思うのです。
高校は社会で生きていくために必要となる能力を共通して身に付けることのできる教育機関。でも、さまざまな事情で進学が叶わなかった人たちがいる。そんな人たちが、学びたいと思って再び学校という場所に集っている。社会性とか協調性とか忍耐力とか、“ジャパニーズサラリーマン”に必要な素養を身につけるためではなく、“勉強したい”という意思で、生徒たちはここにいるんです。
情報化が進む今は、教えられたこと以上に、自ら学び、吸収できる人だけが生き残れる時代だと思います。だからこそ、この意欲が大事。学ぶ喜びに目覚めた生徒たちは、科学部を通して、新しい世界を見出す「好奇心」、物事の本質を見抜き、自ら考え抜く「思考力」、形あるものを生み出し、失敗しても結果を出す「実現力」を取得していきます。
学園ドラマ=“教師のドラマ”である
学園ドラマは、たいてい教師の物語でもあります。その主人公は熱血であればあるほど視聴者を魅了するものですが、本作は熱血な先生が生徒を変えるような既存の学園ドラマではありません。藤竹先生は生徒を科学部に熱心に勧誘するのではなく、あくまで科学や実験という自分のテリトリーで生徒を導き、仲間に引き入れていくスタンスの優しいキャラクターです。
それは窪田正孝の徹底した役づくりの賜物でもあります。あえて熱っぽくない演じ方なのは、先生である前に研究者として生徒と接しているから。だからといってクールというわけでもなく、もちろん熱血でもない。わかりやすくないというのはむしろ一番難しい表現なわけですが、このバランス感が必要とされる演技を普通にこなす窪田正孝、すごすぎでは!
淡々としつつも生徒を置き去りにしない、寄り添いの接し方は、定時制のみならず、現在の教育現場の教員としても向いているように感じます。そんな藤竹も、5話では感情を爆発させます。科学部が「定時制高校が参加したという前例がないから」という理由で、コンテストの出場を拒否された際に、「そんなの理由にならない」と激高するのです。そしてかつての同僚・相澤努(中村蒼)と食事をするシーンでは、「前例がないってことは空気読めってことじゃないのか?」と言われ、悲しい表情を見せる。
この急な感情表現は、インパクト抜群でした。これまでの繊細な演技と振り切った演技を巧みに使い分け、それを違和感なくひとつの配役の中で共存させられるのは窪田正孝の強み。そしてその感情の発露が自分のことではなく、理不尽な仕打ちを受けた生徒を思って動いた感情であったことも、藤竹の人となりを伝えるには十分でした。普段の表情が乏しくても、心の中では熱い炎をたぎらせているのです。これはもう、好きになるしかない……! 最高の教師すぎます。
今回の役について窪田は、「土スタ」出演の際に、「人の感情って台本に沿ってないから、僕は外してノッキングが起きることが当たり前だと思っている。むしろそれを大事にしている」と述べていました。今回の役に対しても、台本以上に自分の役に対する姿勢を大事にし、現場ですり合わせながら藤竹像を創り上げたようです。
物語の後半は科学部の生徒のみならず、藤竹の物語としても動いていきます。惑星科学の研究者としての将来も有望視されていた藤竹が突如定時制高校の教師になることを決意した理由も、学生を理不尽に扱う社会への抵抗からでした。
都立高6校で生徒募集を停止…定時制高校をめぐる「現実」
ドラマを観ながら、現実の定時制高校ってどうなっているのかにも興味を持ちたいところ。実は東京都教育委員会は2026年度入試から、都立高6校の夜間定時制課程で生徒募集を停止する方針を明らかにしています。
都教委は、不登校経験者らを受け入れるチャレンジスクールの定員を増やすなどで受け皿を充実させると述べていますが、受け皿としてそれでは不十分。夜間定時制は不登校経験者らの居場所であり、少人数で一人一人に合わせた支援ができる重要な役割を持っています。困難を抱える生徒の受入環境の充実を言うなら、本来は夜間定時制こそ充実させるべきではないでしょうか。
70年代の苦学生や集団就職者、80年代の中退者や暴走族、90年代の不登校経験者、そして障害者、外国籍の子どもたち。その折々に「困難を抱えた生徒」が入学してきたのが定時制高校です。学習障害、ミックスルーツ、高齢者……ドラマの科学部の生徒たちは、現在の定時制高校に通う生徒の代表例に近い属性を持っていることにも、作品に対してリアリティと誠実さを感じました。年齢も思考もバラバラですが、「学ぶ」意欲でつながり、最も多様性のある学びの場で豊かな関係値を築いていくのが本作です。
さらに、ドラマでは科学部以外の生徒にもちゃんとクローズアップされていました。キャバ嬢として働きながら定時制に通うシングルマザーの庄司麻衣(紺野彩夏)のような生徒もいれば、オーバードーズやリストカットを繰り返す松谷真耶(菊地姫奈)のような生徒も登場します。
近年、メンタルヘルスの問題に苦しむ生徒も多いのは事実。命に関わることが、学校で本当に起こり得るからこそ、教員は生徒が何らかの課題を抱えていることを前提に向き合っていかなければいけません。本作では養護教諭・佐久間理央(木村文乃)が生徒の命を最優先に考えた対応を心がけていることにも、観ていて安心感がありました。
最終回のみどころは
第一話で藤竹は「ここはあきらめていたものを取り戻す場所なんですよ」と話していました。年齢に関係なく、誰もが学ぶ意思があれば、いつだって学ぶことができる。定時制高校を舞台にそのことを改めて伝えるというのは、とても意義があることだと感じます。
定時制の生徒たちが、教室の片隅から遠い宇宙を想像するという果てしなさは、まさに学びの象徴のよう。学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思い知らされ、自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる。学びは一生終わりのない、果てしないものです。
だからこそ、私たちも同じように、今から何かを学び始めてもいい。むしろ学ぶことを諦めずにやっていきたいと思わせてくれる力が本作にはあります。このドラマは若者たちの群像劇ではないけれど、それでも「青春」としか呼べないものがたしかに存在しています。青春ってただの若さのことではなく、それぞれのタイミングでちゃんと訪れる輝かしい時間のことなんだと思います。
これから科学部の学会発表というドラマチックな展開が見ものですが、ここまでの展開でもう十分おつりがくるくらい、すでに感化されています。やる気を無くした時、何度も出会い直して自分を鼓舞したい作品です。Prime Videoでも配信中なので初見の人もぜひ!
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