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出版業界自ら有害図書排除を目指すいまこそ『有害都市』が読まれるべきだ|鷹野凌の漫画レビュー

こんにちは、フリーライターの鷹野凌です。今回は、集英社「となりのヤングジャンプ」で連載していた漫画『有害都市』をレビューします。著者は筒井哲也さん。上下の2巻で完結しています。軽減税率を書籍・雑誌にも適用させたいがため、出版業界自らが政府の言いなりになって「有害図書」を排除する仕組みを作ろうとしているいま、1人でも多くの人がこの作品を読んで、表現が規制されることの意味について考えて欲しいと思います。

■ となりのヤングジャンプ紹介ページ(第4話まで無料閲覧可能)

有害都市有害都市

『有害都市』 全2巻 筒井哲也 / 集英社

『有害都市』を試し読みする

東京オリンピック開催直前の2020年が舞台

この作品は、筒井さん自身の作品が「有害図書」として指定された経験に基づいて描かれています(詳細は「弁護士ドットコム」のインタビュー記事をご参照ください)。2014年から2015年にかけて連載された作品で、東京オリンピック開催直前の2020年が舞台です。登場人物の名前はもちろん架空のものですが、設定は実際の日本にかなり近いものになっています。

各自治体の裁量に委ねられていた有害図書の指定を、全国一律のものとする「健全図書法」が2019年に成立。元文科省大臣や社会学者・精神科医などで構成される「有識者会議」によって、対象年齢を15才以上に推奨する「不健全図書」と、18才未満への販売や書店での陳列までもが禁止される「有害図書」が指定されることになった――というのが、現実世界とは異なる設定です。

どういう表現を規制するかは、有識者会議のさじ加減次第。オリンピック開催を控えた影響もあるのか、出版社の編集者が想像していた以上に規制は厳しくなります。兄妹モノのラブコメ作品がいきなり「児童ポルノ」扱いされるなど、恣意的な運用がまかり通るようになってしまったのです。会議で有識者の1人が

「クールジャパンにエログロは必要ありません」

と断言するシーンは、昨今の情勢からすると実際に起こりそうな気がして寒気が走ります。

アメリカで実在した「コミックスコード」という自主規制

本作の主人公は漫画家で、作品の中で別の作品が描かれるという二重構造になっています。その作品内作品『ダーク・ウォーカー』が「激しい残酷表現」であるとして、有識者会議のメンバーである元文科省大臣によって目の敵にされ、連載第1話目の掲載誌は自主回収になってしまいます。主人公はまだ「人気作家」と呼ばれるような立場ではないため、事実上の見せしめとして狙い撃ちされてしまったのです。

他の連載作家を巻き添えにしかねない本誌での連載を諦め、ウェブで連載を続ける主人公。アメリカの翻訳家の目に留まり、海外版の翻訳出版を打診されます。訪日した翻訳家は、1950年代にアメリカで起きた「コミックスコード」による自主規制の歴史について、主人公と編集担当に語ります。

翻訳者曰く、

“犯罪行為の詳細を描いてはならない”

“雑誌のタイトルに「ホラー」や「テラー」といった言葉を用いてはならない”

“わいせつで低俗な言葉は全て削除する”

“女性の胸の形を強調して描くことさえ禁止とされている”

――主人公は、

“それじゃ日本の漫画はほとんどアウトですね”

と返すのです。

そう、実はこの「コミックスコード」は、アメリカで実在した自主規制制度なのです。暴力や流血表現、性的表現などが子供にとって有害であるとされ、世論の高まりに押され政府による規制が始まる前に、出版社自身が自主規制団体を組織し厳密な「倫理規定」を設けたのです。なお、2011年に廃止されています。

出版業界自ら「有害図書」を排除する仕組み構築へ

さてここからは、現実に日本で起きている話。活字文化議員連盟と子どもの未来を考える議員連盟が6月に開催した合同総会で、新聞・書籍・雑誌に対し消費税引き上げ時の軽減税率適用を求める活動方針が採択されたことが「全国書店新聞」7月1日号に掲載されました。

総会冒頭のあいさつで、活字文化議員連盟会長の細田博之衆議院議員は

「表現の自由の問題はあるが、有害図書を対象から除外すべきという議論がある」

と述べたそうです。「議論がある」というより、これは政府・自民党の意向と捉えるのが自然でしょう。実際、菅義偉官房長官は2015年12月に、BS朝日の番組収録で

「線引きは業界の中で決めていただく。政府が決めると表現の自由の問題が生じる」

と発言しています(毎日新聞報道)。

これに対し、日本書籍出版協会理事長の相賀昌宏氏(小学館社長)は、日本書籍出版協会、日本雑誌協会、日本出版取次協会、日本書店商業組合連合会の4団体が「書籍・雑誌の軽減税率適用に関する制度設計骨子(案)」をまとめたと報告。有害図書排除の仕組みを構築するため、軽減税率の対象図書を区分する自主管理団体「出版倫理コード管理機構」と第三者委員会「出版倫理審議委員会」の設立準備を進めていると説明したそうです。

つまり、出版業界は軽減税率を書籍・雑誌にも適用してもらいたいがため政府に忖度し、自ら表現を規制する団体と仕組みの構築に動いているのです。まるで『有害都市』で描かれた近未来が実現してしまうかのような、そして、アメリカにかつて存在した「コミックスコード」が日本で再現されてしまうかのような、嘘のような本当の話がいままさに進行しているのです。

そもそも、日本国憲法84条には

「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」

と定められており(租税法律主義)、業界団体の自主規制で税率を決めることはできないはずなのですが。

自ら表現の自由を手放す愚行が看過されていいのか?

3月に、小学館の「月刊コロコロコミック」連載作品で不適切な描写があると批判され、販売中止と書店からの回収を行う騒ぎがありました。その際、抗議を受けた外務省が小学館に「連絡」をするという、公権力による圧力とも解釈できるような動きがありました。

もし今後「出版倫理審議委員会」が設立されたとしたら、「児童の性器を描くような作品が掲載された『月刊コロコロコミック』は有害図書である」と認定されるような未来が訪れることが、容易に想像できます。政府がわざわざ表現の自由を侵さずとも、出版業界が自主的に表現の自由を手放そうとしているのです。こんな愚行が看過されていいのでしょうか?

いまこそ、そういった未来に警鐘を鳴らした『有害都市』が読まれるべきだと私は思います。

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