戦後72年を見つめ直す。考えるヒントになる戦争漫画おすすめ8選
2018年の終戦記念日で、太平洋戦争が終結して72年が経ちます。8月になるとテレビ番組や新聞などで、たびたび戦争のことが取り上げられています。戦後世代である私たちは、戦争についての知識はあっても、その現実味を実感することはできません。
今回は、「戦争とは何か」を考えさせられる戦争漫画を8作品ご紹介します。漫画で戦争のリアルの一端に触れ、今を見つめ直してみませんか?
少女が見た戦争、そして名古屋大空襲の惨禍『あとかたの街』
完結『あとかたの街』 全5巻 おざわゆき / 講談社
「私は自分が戦争に参加してるなんて気持ちはこれっぽっちもありませんでした」
舞台は昭和19年、太平洋戦争末期の名古屋。主人公の木村あいは12歳の少女で、学校で米兵を殺す訓練をするのも、軍需工場で戦闘機づくりを手伝って働くのも、あいにとっては「大人にしなさいと言われてやること」です。近所の男の子にときめいたり、かっこいい女性車掌さんに憧れたりと、平凡な思春期を送るあいの生活を、戦争が次第に浸食していきます。アメリカの戦闘機が多数現れ、爆弾を投下し始め……そして、「名古屋大空襲」が彼女を襲うのです。
女の子の、今も昔も変わらない暮らしぶりに重ねて、戦時下特有の食糧不足、反論を許さない異様な雰囲気、防空壕に逃げ込んだ人さえ蒸し焼きにする、すさまじい空襲などが描かれます。戦後世代のおざわゆき先生が調査に基づいて描いているので、今の読者には想像しがたいポイント(人命を尊重しない考え方や、食糧不足・空襲のひどさなど)について、丁寧な解説がなされており、戦禍を俯瞰的に理解することができます。
一方で、作者の母の体験談をベースにしているので、
「それ(久々に目にした卵焼き)は夢みたいな色で
この世にこんな色がある事も忘れていた」
というモノローグなどは、あいの飢えがダイレクトに伝わってきます。本作は、このように感覚的に響いてくる描写も印象的です。
おざわゆき先生は、本作『あとかたの街』と『凍りの掌 シベリア抑留記』の2作で、第44回日本漫画家協会賞(2015年度)のコミック部門大賞を受賞しました。どちらの作品も、ご両親からの聞き書きが元になっており、戦争体験を語り継ぐ意志を強く感じられる意欲作です。
戦中・戦後のすさんだ町を舞台に人々の傷心やたくましさを描く『あれよ星屑』
完結『あれよ星屑』 全7巻 山田参助 / KADOKAWA / エンターブレイン
終戦直後の焼け野原となった東京。戦場から帰ってきた軍人・川島徳太郎は闇市で雑炊屋を営みながら酒に溺れる日々を送っています。ある日川島の前に軍隊時代の部下・黒田門松が現れました。再会をむじゃきに喜ぶ黒田を、川島は冷たく突き放します。川島をすさませた戦争体験とは何なのか……。物語は戦中へとさかのぼっていきます。
この漫画の特徴は、戦争直後の東京の、荒廃しきった町と人心をリアルに描いていることです。殴り殺した犬や米軍の生ゴミまで食らう人々、戦災孤児や暴行された女性、闇屋や娼婦に身を落とす男女……。こてんぱんに負けた国の貧困とみじめさが如実に伝わってきます。川島のように、戦争の傷から立ち直れない者がいる一方、たくましく適応する黒田タイプの人もおり、人間の弱さや醜さ、悲しさをえぐり出すと同時に、強さや人情味、ユーモアをも漂わせるという、優れた人間ドラマでもあります。
作者の山田参助先生は、漫画家・イラストレーターにしてミュージシャンという多才な方。本作は初の一般誌での長編漫画ですが、「このマンガがすごい!2015」オトコ編で第5位に選ばれ、話題となっています。
漫画の神様が描いた自伝的な戦争漫画『紙の砦』
完結『紙の砦』 全1巻 手塚治虫 / 手塚プロダクション
『鉄腕アトム』、『ブラック・ジャック』、『火の鳥』など、多くの名作を世に送り出して日本の漫画界の礎を築いた「漫画の神様」手塚治虫先生。戦争はその少年時代に暗い影を落としました。今回は自伝的な短編集『紙の砦』に収録された、戦争にまつわる3作品をご紹介します。
まずは、表題作である「紙の砦」。主人公は漫画が大好きな中学生ですが、時は戦時中。戦争に貢献しない漫画を描いている少年は非国民と呼ばれ、激しい体罰を加えられます。やがて宝塚音楽学校の生徒に恋心を抱くようになりますが、空襲は日に日に激しくなり、恋人も重傷を負って……。降りそそぐ爆弾の中、「死ぬのダ…いま死ぬんだ…」と震える主人公の姿には、実体験ならではのリアリティーがあります。
「すきっ腹のブルース」では、米兵のために絵を描いて食べ物をもらう若者や、飢えて行き倒れた亡きがらが放置されている模様など、食糧が欠乏した戦後の様子が描かれています。
未完短編作品の「どついたれ」では、空襲で焦熱地獄と化した大阪を歩く少年が、飢餓のあまり焼死した赤ん坊の手さえ「こんがり焼けてにおいをたてている」と認識する様子が、限界状況で良心やモラルを失った生々しさと悲惨さを伝えています。
どの作品も残酷な現実を語ってはいますが、政治的な主張はせず、声高に反戦を謳いもせず、事実を淡々と語っています。どことなくユーモラスでさえあるほどです。それが逆に「表現するには恐ろしすぎる」ものを感じさせ、戦争体験者本人が描いた作品特有の凄惨さを醸し出しています。
沖縄戦下の少女たちをファンタジーの手法で描く『COCOON』
完結『COCOON』 全1巻 今日マチ子 / 秋田書店
住民を巻き込む地上戦となった沖縄で、負傷した兵士の看護に当たった女学生・サンの目を通して、戦時下の少女たちと彼女らを襲った飢え、爆撃、兵士たちを描いた本作。こちらも、戦後世代の漫画家が描いた戦争漫画です。
『COCOON』というタイトルは、蚕などの「繭」を意味し、主人公のサンも、現実世界のあまりの悲惨さに、
「私が蚕だったら――
こんな世界には出てこないだろう
ずっと安全な繭の中にいるだろう」
と、たびたび繭のイメージを空想します。
本作の特徴は、凄惨な沖縄戦を扱いつつ、視点があくまで女学生たち、つまり「少女」であること。ガマ(洞窟)の中で爆撃されながらも、笑いあう彼女たちは、残酷なまでに無邪気な存在で、いつの世も変わらない、思春期特有の潔癖さや純粋さを備えています。
だからこそ
「鬼畜に純潔を奪われるくらいなら死ぬわ 陛下もそれを望んでいらっしゃるから!!」
と、迷わず自決してしまう少女たちには、胸がしめつけられます。
今日マチ子先生は、『みかこさん』など、思春期の少年少女を取り上げることが多い漫画家。本作は作者が「戦争三部作」と位置づける連作の1作目で、この後に『アノネ、』、『ぱらいそ』が発表されています。
2作目の『アノネ、』は、『アンネの日記』に想を得た作品で、ユダヤ人少女アンネ・フランクを思わせる「花子」と、ヒトラーを連想させる少年「太郎」が空想の世界で交感するという本格的なファンタジーです。
3作目の『ぱらいそ』は、長崎を思わせる町で、教会に通いつつも盗んだり売春したりする少女たちが主人公。思春期の不安定な心を、戦争が輪をかけて揺さぶる様子をまざまざと描いています。
戦時下だからこそ見える人間の本性を、今日マチ子先生ならではの筆致でリリカルに描出した、個性派の戦争漫画です。
人間魚雷への搭乗を志願した若者たちの群像劇『特攻の島』
完結『特攻の島』 全9巻 佐藤秀峰 / 漫画 on Web
大戦末期。悪化する戦況を好転させるべく、軍部は体当たり攻撃「特攻」を立案・実行しました。空では飛行機による神風や桜花が、海では人間魚雷「回天」が、この作戦に従事しました。本作はその回天に志願した兵士たちの心理を描く話題作です。
主人公の渡辺裕三は極貧家庭に生まれた青年。生きる目標も未来への希望もなく、軍人となります。ある日、渡辺とその仲間たちは「生還を期する事はできない」特殊兵器への搭乗を志願するか尋ねられました。「志願しない」と言えば非国民と見なされる時代、大半の者が志願しますが、その特殊兵器が「生還率ゼロパーセント」の人間魚雷「回天」だと告げられ……。動揺する者、奮い立つ者、出撃直前に泣きだす者と、隊員たちの心理も千差万別な中、作戦は続々と遂行されていくのでした。
自爆攻撃に「志願せざるを得ない」という極限の状況下で、各人が何を感じ葛藤し、どう行動したのかを描いていく作品です。特攻隊に志願するという心理は、現代の私たちには理解しにくいものですが、本作は潜水艦どうしの緊迫した戦いや、空襲が一般人を巻き込んで激化するようすを織り込み、「この状況下なら、結局死ぬのだからせめて敵を巻き添えに……という気になるかも」と、思わず考えてしまうような内容となっています。
佐藤秀峰先生は、緻密な取材に基づく人間ドラマの名手。『海猿』、『ブラックジャックによろしく』などはドラマ化・映画化もされ、高い評価を受けています。定評ある画力は、本作の潜水艦、戦闘シーンや隊員たちの表情の描写を、重厚でリアルなものにしています。
女性視点でほのぼのと描かれる戦時下の日常『この世界の片隅に』
完結『この世界の片隅に』 全3巻 こうの史代 / 双葉社
私たちの母・祖母はこのように暮らしていたのだろうなと思わせる、一人の女性の半生を暖かく描いた作品です。反戦を叫ぶわけでもなく、批判がましくも説教くさくもない話ですが、戦争の恐ろしさと平和のありがたみがじんわりと染みてきて、読後感が切ない名作です。第13回(2009年)文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞し、クラウドファンディングによるアニメ映画化が決まるなど、反響が大きかったのもうなずけます。
主人公のすずは、広島県の漁村に育った、おっちょこちょいのノンビリ屋さん。当時の女性がしばしばそうだったように、よく知らない男性のもとへ嫁ぎ、婚家の家風になじもうと頑張り、貧しくとも幸せに暮らしています。悩みは、義姉がちょっと意地悪なこと。そんな穏やかな暮らしに、戦争が次第に入り込んできます。食糧事情は悪くなり、空襲が増え、そしてすずの身の上にも悲劇が……。広島・呉の住人の目から見た原爆の描写は、被害がダイレクトでなかっただけに、ある意味不気味で、当時の人々の不安感が伝わってきます。
こうの史代先生は、広島で生まれ育った戦後世代の漫画家。『夕凪の街 桜の国』で、被爆者とその家族を苦しめ続ける心身の後遺症という重いテーマを、むごたらしい描写はほとんど使わずに優しく温かく表現し、第8回(2004年)文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞などを受賞しました。ご本人は被爆者でも被爆二世でもないことから、原爆について語ることを避けてきたそうですが、東京に来て暮らすうち、「広島と長崎以外の人は原爆の惨禍について本当に知らないのだ」ということを知り、「平和について考え、伝えてゆかねばならない」との考えに至ったとのことです。戦後世代はどのように戦争と向き合うべきか、ということにおいても参考になる作品です。
原爆の惨禍を描いた、戦争漫画の原点にして金字塔『はだしのゲン』
完結『はだしのゲン』 全7巻 中沢啓治 / 中央公論新社
日本の戦争漫画の原点です。被爆者本人の手になる貴重な証言録であり、漫画という枠を超えて全人類に対する警告の書となっています。
主人公・中岡元(ゲン)は国民学校(小学校)の2年生。父親が反戦を主張しているため、近所から非国民扱いされていじめられていますが、めげずにたくましく生きています。しかし昭和20年8月6日、投下された原爆によってゲンの父・姉・弟は死亡。やがてゲン自身にも原爆症の症状が現れるのでした。
あの日の広島で何が起きたのか、人々がどのような目に遭ったのかを、絵のひとつひとつがつぶさに伝えてきます。真夏の被災地で遺体に発生したウジが大量のハエに羽化し、目に当たって痛かったなどのエピソードは、作者が身をもって体験しただけに比類ない重みを持っています。描写があまりにもなまなましい等の理由で議論の的となることもある本作ですが、核兵器の存在する世界に生きている私たちが一度は読むべき作品と言えるのではないでしょうか。
作者の中沢啓治先生は『はだしのゲン』の番外編となる『絵本 クロがいた夏』をはじめ、『黒い雨にうたれて』など、戦争や原爆に関する漫画を多く残しました。本作は10ヶ国語以上に訳され、世界中で読まれています。
ミリオンセラー小説の漫画化 現代の若者の視点から見た神風特攻隊『永遠の0』
完結『永遠の0』 全5巻 百田尚樹・須本壮一 / 双葉社
放送作家の百田尚樹先生が作家に転身するきっかけとなった小説『永遠の0』。映画化・ドラマ化もされたのでご存知の方も多いでしょうが、須本壮一先生が漫画化したのが本作です。『夢幻の軍艦大和』を手がけた須本先生だけあり、戦闘機・ゼロ戦の描写はさすがのひと言。戦闘の推移が分かりやすいのも、漫画版ならではの長所であり、小説や映画で本作を知った読者からの評価も高い作品です。
物語のストーリーテラーは、司法浪人生の佐伯健太郎。大戦末期に神風特攻隊員として戦死した実の祖父・宮部久蔵について調査し始めた健太郎は、戦争体験者たちの証言を聞き、特攻や戦争について考えるようになります。謎に満ちた祖父の生涯が明らかになってくるにつれ、健太郎自身の人生観も変わっていくのでした。
『永遠の0』の特徴は、戦後、社会や考え方が大きく変化した中で、忘れられたり誤解されたりしがちだった日本兵たちの生き方・考え方を、再評価しようとする姿勢です。この作品をきっかけに、祖父・祖母に戦争体験を聞いてみたという若者も多いということで、戦争を見つめ直すという趨勢の象徴的作品とも言えるでしょう。
最後に
戦争を体験した作家の作品には、「つらい記憶を掘り起こしてでも語っておかねばならない」という重い決意があり、戦後世代の作家の作品には「あえて戦争漫画に挑むからには」という気迫があって、おのおのが強く語りかけてきます。
これらの漫画に触れて、戦争を考えるきっかけとしてみてはいかがでしょうか。