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「生きることのはじまり」書評 傷つけ また傷つけられながら

評者: 小澤英実 / 朝⽇新聞掲載:2024年09月14日
生きることのはじまり 著者:金滿里 出版社:人々舎 ジャンル:エッセー・随筆

ISBN: 9784910553023
発売⽇: 2024/06/07
サイズ: 10.2×14.8cm/464p

「生きることのはじまり」 [著]金滿里

 著者・金滿里が主宰する「態変」の観劇体験は、私の人生屈指の衝撃だった。黒衣に運ばれ舞台にあがり、地を這(は)い転がり、欠損した身体をさらけ出す役者たち。金の眼光の鋭さ、毅然(きぜん)とした佇(たたず)まいに圧倒されつつ、その身体を眺め回して消費すること、芸術と崇(あが)めることの是非への自問がとめどなく湧き、頭は沸騰状態だった。
 本書で金が語るその半生は、想像を超えてすさまじかった。在日の朝鮮古典芸能家という珍しい家庭に生まれ、3歳で罹(かか)ったポリオの後遺症で首から下が麻痺(まひ)した重度障碍(しょうがい)者となり、17歳までをほぼ病院と施設で過ごす。その後「青い芝」運動に関わり、家族の力を借りず自立生活をする重度障碍者の草分け的存在に。運動解体後は、男性中心の舞台芸術業界で出産・育児もこなしつつ、劇団を40年以上率い、海外公演を含め作品を旺盛に発表。この歩みは、「わきまえない」障碍者としての反骨心・反逆精神と、差別される側の心にも差別心があり、人が状況によって逆の立場になりうるという柔軟な思考のたまものだ。「傷つけ、また傷つけられながら他者と生きることの可能性」を劇団という集団に見いだそうとする彼女はなにより、全力で己の身体を生きること、人の間で人として生きることの希代の名手だ。
 「重度障碍者は、しょせん健常者に首根っこを摑(つか)まれている」というある活動家の言葉が重い。互恵や利他が真の社会実践として機能し、健常者と障碍者が対等に共存するまでの道のりはまだあまりに遠い。だが態変の作品に観客として向き合っていたときだけは、私はたしかに、舞台の上の障碍者たちと対等であった気がする。芸術の公共性という概念も、そこではじめて腑(ふ)に落ちた。
 作品を未見ならどうか一度劇場で観(み)てほしい。だが態変を知らずとも、「インターセクショナル」な活動の先駆けとして、あらゆる差別の構造を考えさせる一冊だ。
    ◇
キム・マンリ 1953年生まれの在日韓国人2世。身体表現芸術家。本書は新たに書き下ろしたあとがきなどを加えた新装復刻版。