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「味の台湾」書評 庶民的料理から歴史をあぶり出す

評者: 江南亜美子 / 朝⽇新聞掲載:2021年12月11日
味の台湾 著者:焦桐 出版社:みすず書房 ジャンル:食・料理

ISBN: 9784622090458
発売⽇: 2021/10/20
サイズ: 20cm/376p

「味の台湾」 [著]焦桐

 旅の記憶が脳内再生されるとき、その街角に漂う食べ物の匂いや実際に口にしたひと皿の味がふとよみがえることがある。こればかりは高度なAIでも情報処理が難しい、生身の身体感覚に根差したものだ。人間という記憶媒体の奥深さはこんなところにも表れる。
 台湾の著名な詩人である焦(ジアオ)桐(トン)は、庶民的な料理と食文化を綴(つづ)ったごく短いエッセーの数々を通して、自身の半生や、台湾という土地がたどってきた歴史的背景をあぶり出そうとする。移民文化を土台に、多様性を備え、多彩な調味料と漢方的生薬もときに駆使する「小吃(シアオチー)」(庶民的小料理)。本書の目次には「担仔麺(ターアーミー)」「小籠包(シアオロンバオ)」など日本でもなじみあるものから、「炸排骨(ジャーパイグー)」「魚丸湯(ユーワンタン)」「貢糖(ゴンタン)」などかの地に親しむ人なら思いあたるもの、文字だけでは想像つかないものまで60のメニューが並ぶ。必ずしも順に読む必要はなく、つまみ食いの要領でランダムにページを開くのもいい。
 時々の政治に翻弄(ほんろう)された土地にも連綿と人々の営みはあり、混沌(こんとん)を乗り切り、郷愁を慰めるための食事があった。著者は高級な美食を追求するのでなく、庶民の生活の現場から長い時間の経過をも見通すのだ。
 永和(ヨンホー)地区の豆漿(ドウジアン)(豆乳)と台湾野球(棒球)の発展の歴史との結びつきや、いまや全土で食べられる仔煎(オーアージエン)(牡蠣〈かき〉のオムレツ)が治水事業に力を入れた五代十国時代の王と縁深いことなど、意外なうんちくも楽しいが、真に胸に迫ってくるのは、若くして病で妻を亡くした著者の肉声が食べ物の記憶とともにあふれるときだろう。
 「麻油鶏(マーヨウジー)には、肉親のような温かみがある。(中略)身も心もなぐさめてくれる」
 台湾ではコンビニでも売られ、強い香辛料の匂いが路上にももれだす殻付き煮卵の茶葉蛋(チャーイエダン)。そのひび割れに、「人生とはもとより傷つくことと苦さには事欠かないものだ」との感慨を抱く著者の感性と誠実さは、本書を非凡なものにする。
    ◇
ジアオ・トン 1956年生まれ。台湾の詩人、文学者、編集者。詩集『完全強壮レシピ』など。