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「うたかたの国」書評 切断と融合 編集が導く新思考

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2021年03月06日
うたかたの国 日本は歌でできている (Seigow Remix) 著者:松岡正剛 出版社:工作舎 ジャンル:詩歌

ISBN: 9784875025245
発売⽇: 2021/01/21
サイズ: 19cm/425p

うたかたの国 日本は歌でできている [著]松岡正剛 [編集]米山拓矢、米澤敬

 博覧強記とは松岡正剛のためにある言葉で、私も若い頃から多大な影響を受けてきたし、今でもありがたいことに交流がある。昔、本当にわからないことがあった時、思わずファクスをすると十分もしないうちに手書きの返信がきた。問題の核心を突いた書物の名と解説が列挙されていた。
 そんな松岡がかつて日本語について書いた文、特に歌に関するものを弟子にあたる米山拓矢が見事に編集したのが本書である。そもそも「うたかた」とは「うたた」と関係が深く、編集された松岡の短文によれば「歌は転々と『うたた』をしていくもの」なのだ。だからこそ「本歌どり」も自由に行われてきた。
 本書自体が、筆者本人から文を切り離し、なおかつ新たになるべく短く接合し、大胆に並び替えることで歌論としての新局面を導き得ている。それもまた「本歌どり」であり、「うたた」ということだろう。
 アジアのボーカリゼーションから始まり、古代日本の言葉を通過し、漢詩と大和言葉を語りながら古事記や万葉集を切り開き、五十音の表記と音の工夫から平安文学と浄土を見通し……と松岡の宇宙大の知識がより詩的に整理されているから、読んでいる間ずっと知的刺激が絶えない。
 そもそも『俊頼髄脳』でも『筑波問答』でも歌論そのものは、他者の編集を経なくても常に断片的にしか表現されず、言語自体に幅を広げてもウィトゲンシュタインがそうであるようにやはり断章的に語られる。言葉の時空間は決して包括的にとらえられないのかもしれず、米山という優秀な編者があらわれたことはありがたい必然なのだろう。
 おかげで松岡の本を読み慣れている私にさえ、新鮮な思考が生まれ続けた。文の切断と融合は、それ自体が詩的行為であり、詩はいつでも価値の変化をもたらす。この場合、広範囲な日本語論の読書がそのまま詩への没入になるわけだ。
 実によい読後感である。 
    ◇
まつおか・せいごう 1944年生まれ。編集工学研究所長。ネット上で読書案内「千夜千冊」を執筆中。