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富家孝「危ない医療」

なぜ日本は「寝たきり老人」大国?安らかな自然死を許さない、過剰な延命治療が蔓延

文=富家孝/医師、ラ・クイリマ代表取締役
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なぜ日本は「寝たきり老人」大国?安らかな自然死を許さない、過剰な延命治療が蔓延の画像1「Thinkstock」より

 あまり知られていないが、日本の医療が世界一な点が2つある。ひとつは薬剤消費量が人口数に比べて多いこと。日本の薬剤消費量は人口が約3億2000万人のアメリカの約2倍もある。もうひとつは、寝たきり老人の比率が世界各国と比べてダントツに高いこと。この2つとも褒められたことではないのに、いっこうに改善されていない。

 とくに後者は、欧米各国と比較すると日本だけの現象といってよい。実際、寝たきり老人の数は、社会の高齢化とともに増え続け、現在約200万人。このままいくと2025年には300万人に達すかもしれないといわれている。 

 なぜ、こんなことになっているのだろうか。

 その最大の原因は、医者が死期を迎えている患者さんを死なせないからである。つまり、過剰ともいえる延命治療が行われているからだ。

 欧米各国では、医療施設、老人ホームなどに寝たきり老人はほとんどいない。たとえば、北欧のスウェーデンでは、高齢者が自分で物を食べることができなくなった場合、点滴や胃ろうなどの処置は行わない。このような人工的な処置によって高齢者を生かし続けることは、生命への冒涜と考えるからだ。つまり、人間は自力で生きることができなくなったら、自然に死んでいくべきだという死生観がある。

 ところが、日本はこの逆で、どんなことをしてでも生かそうとする。たとえ植物状態になって呼吸しているだけでも、生きているほうがいいと考える。

欧米と日本の死生観の違い

 私は最近、介護医療の現場にかかわることが多い。その現場でつくづく思うのは、遺体の様子が昔と比べて大きく違っているということだ。特に寝たきり状態になってから死を迎えた方の遺体は、皮膚が黒ずみ、全体が水ぶくれを起こしたように膨らんでいる。これは、点滴や胃ろうで無理やり生かされた結果だ。

 さまざまな延命治療を行う日本と、自然な死を受け入れる欧米。どちらがいいとは一概にはいえないが、遺体を見た限りでは欧米の死生観のほうが自然の摂理にかなっていると思う。

 過剰な延命治療をやりすぎた結果、私たちは「自然死」というものを知らなくなった。これは、一般の方ばかりか医者もそうだ。医者は自分の仕事を医療技術によって人間を助ける、つまり「生かす」ということとしかとらえていなかったため、自然死がなんだかわからなくなってしまった。

 医者は病院で末期がんや脳疾患などで死んでいく人、延命治療の果てに死んでいく人しか見ていない。口から食べる力がなくなっているにもかかわらず、胃ろうをつけて栄養剤を投与し続ける。呼吸する力がなくなっているにもかかわらず、人工呼吸器で息をさせる。こんなことばかりしていては、人間が衰弱して自然に死んでいくことがどういうものなのか、わからなくなる。

いちばんいい死に方

「自然死とは、実態は“餓死”なんです。餓死という響きは悲惨に聞こえますが、死に際の餓死は一つも恐ろしくない」と、『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(中村仁一/幻冬舎新書)にある。私は、この記述に同書執筆者と同じ医師として大いに共感した。

 中村氏は、医師としてのキャリアの最後に特別養護老人ホームの常勤医となり、高齢者を大勢看取ってきた。その体験があるので、自然死への見方は確かである。

 中村氏は、「自然死は病気ではありません。過度の延命治療は死に行く人のためにはなりません」と言い、「大往生するためのいちばんいい死に方は自然死です」と結論している。

 では、「自然死(老衰死)=餓死」とは、どのようなことを指すのだろうか。

 人間は誰しも死ぬ間際になると物を食べなくなり、水もほとんど飲まなくなる。そして、飲まず食わずの状態になってから1週間から10日で死んでいく。これは飲食しないから死ぬのではなく、死ぬから飲食しなくなるのであり、死ぬ前にはお腹も減らず、のども渇かないという。こうして飲まず食わずになると、人間はそれまで蓄えてきた体の中の栄養分や水分を使い果たして死んでいく。つまり、自然死は餓死である。

餓死

 餓死というと、言葉の響きからいって惨めに感じる。しかし、中村氏によれば、実際は本当に安らかな死に方であるという。その理由は次の3つだ。

(1)飢餓状態になると脳内にモルヒネのような物質が分泌されて幸せな気分になる。

(2)脱水状態になると意識レベルが下がりボンヤリとした状態になる。

(3)呼吸が十分にできなくなると体内が酸素不足し、その一方で体内に炭酸ガスが増える。酸素不足は脳内にモルヒネのような物質の分泌を引き起こし、炭酸ガスには麻酔作用がある。

 つまり、この3つの作用により、人間は意識朦朧としたまどろみのうちに死んでいく。がん患者でさえも自然死の場合には痛みを感じず、朦朧としたなかで死んでいくという。

 こうして自然死を迎えた遺体は、やせ細り、枯れ木のような状態になるが、延命治療後の遺体に比べれば、遺体らしい遺体である。

 人の自然死は餓死である。それは決して惨めなことではない。
(文=富家孝/医師、ラ・クイリマ代表取締役)

富家孝/医師、ジャーナリスト

富家孝/医師、ジャーナリスト

医療の表と裏を知り尽くし、医者と患者の間をつなぐ通訳の役目の第一人者。わかりやすい言葉で本音を語る日本でも数少ないジャーナリスト。1972年 東京慈恵会医科大学卒業。専門分野は、医療社会学、生命科学、スポーツ医学。マルチな才能を持ち、多方面で活躍している。
https://www.la-kuilima.com/about/

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