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放送中止の東京ガスCM、なぜ批判?何が問題?“就活生を落とす側”大企業に予測不可能

文=伊藤歩/金融ジャーナリスト
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 東京ガスが、視聴者からの批判が殺到した同社CMの放送を中止していたことについて、ここ数日、インターネット上で大論争になっている。

 問題のCMは、東京ガスが1社提供番組『食彩の王国』(テレビ朝日系/関東ローカル/毎週土曜午前9時30分より放送)向けに制作している、90秒のロングバージョンCMである。「家族の絆」というシリーズもののCMで、2010年に放送された第1作「家族の絆-弁当メール編」、11年に放送された「家族の絆-おてつだい券編」、そして昨年から今年にかけて放送されている「家族の絆-おばあちゃんの料理編」が、フジサンケイグループ広告大賞のメディア部門で、それぞれ最優秀賞、優秀賞、最優秀賞を受賞している。ちなみに「家族のはなし」という類似シリーズもあり、こちらは「おとうさんのチャーハン編」「かっこ悪い父親編」「最後の大会編」などが代表作だ。

 いずれも演技派の役者を起用し、ドラマ性のある泣けるつくりになっている。一応、ガスコンロやミストなど、東京ガス製品のCMではあるのだが、製品を前面に出していないので、製品のCMではなく企業イメージ広告だと捉えている視聴者は少なくない。

 今大論争になっているのは、今年2月1日から22日までの計4回の土曜日に『食彩の王国』で放送されたCM「家族の絆-母からのエール編」だ。主人公は就活中の女子大生。何社も落ち続け「全人格否定されているような気になる」という、就職試験に落ちたことがある人だけでなく、リストラやパワハラ経験者にとっても、ずしんと響くセリフが登場する。

 やっと最終面接まで進んだ会社が1社あり、それをメールで母親に知らせ、期待に胸を膨らませてケーキを買って帰路につく。だが、玄関扉の前で不採用通知、通称「お祈りメール」が来てしまい、家に入れなくなる。近所の公園のブランコで鬱々としていると、母親がやってきて、優しく慰められたらこらえていたものが一気に噴き出し、声を上げて大泣きしてしまう。それでも母親の温かい手料理で気を取り直し、元気にけなげに就活にがんばり続ける、というストーリーである。

 CM自体はガスコンロのCMなのだが、がんばる就活生を温かい料理で静かに応援する母親、そしてその母親を応援する東京ガス、というのが伝えたかったメッセージなのだろう。このCMの一体どこが問題で、批判をするのは一体どういう属性の人で、どういう理由で批判をするのか。

予想は不可能

 実はこのCMは、当事者にとってはあまりにもリアルで傷口に塩を塗り込むようなものらしいのである。ハッピーエンドなら良かったのかといえば、それもどうやら違う。ハッピーエンドではリアリティがなく嘘くさい、自分の境遇と照らし合わせてムカつく、という心理も働くようなので、そもそもテーマ設定自体がダメということなのだろう。

 3年前に長女がこの女子大生と同様の境遇にあった60歳代の知人も、「就活に苦労している子供の親にとっても、おそらくこのCMは不愉快」と見る。ご本人は就職に苦労をしたことはなく、その後も大きな挫折を味わっていないだけに、ずいぶん前に筆者が「就活で何度も落とされると、全人格否定されているような気分になる」ということを話したら、ずいぶん驚いていた。

 だが、その知人ですら、「自分の娘が就活で苦労する姿を見るのはとても辛かった」という。「その辛さはあなただけのものではない、みんな辛いのだからがんばろうよ」などと東京ガスのような大企業から上から目線で言われる覚えはない、ということなのだろう。

 おそらく制作側は、共感してもらえることはあっても、批判を受けるとは夢にも思わなかっただろう。制作しているのは日本を代表する大企業で、そこに勤務する人は就活生を「落としている」側であり、若い社員も就活戦線の勝ち組であって、連戦連敗の同級生の気持ちを理解できる可能性は低い。

 実際に制作に関わる制作会社の現場のスタッフは、むろん多くの場合が低賃金・長時間労働を強いられているのだが、一般企業志向ではないからそういう仕事に就いているゆえに、この女子大生のような就活を経験していない。危機管理広報の専門家も、「事前に倫理面のチェックを受けたとしても、当事者からの批判を予想することはまず不可能」だと言い切る。

学生の心をえぐってしまった

 第一次就職氷河期の襲来で、大量の就職浪人とフリーターを生み出した1995年卒業組の人たちは、すでに41歳に達している。非正規雇用でスタートすると、正社員になる道は厳しい。中高年の雇用維持の煽りを食らった若手は、いまや一番上の世代は41歳になっているという現実がある。

 このCMが放送されたのは2月だ。一人で何社も内定をとる学生がいる一方で、何社回っても1社もとれない学生がいる。大学3年のうちに内定をとれていれば余裕だが、4年生の卒業間際の2月になっても内定がとれていない学生の心を、このCMはえぐってしまったのだろう。放送当時は世間の話題になることはなかったので、自社に寄せられた批判を受けて、東京ガスはひっそりと放送を中止している。前作の「おばあちゃんの料理編」が好評だったので、いったん前作に戻し、この前作が4月に広告大賞を受賞したので、そのまま放送が継続され、放送期間は異例の長さになっている。

 なぜ今頃になって突然話題になっているのか、その原因は不明だが、批判を受けて中止したことに対し、このCMのどこが悪いのか、これがダメなら何もつくれないじゃないか、という意見も映像制作のプロからは出ている。批判されたからといって、ろくな検証もなしに放送を中止するのは、企業の姿勢としていかがなものかという意見もある。

東京ガスに求められる検証

 筆者は男女雇用機会均等法が施行された1986年の前年に社会に出ている。ありとあらゆる性差別に遭遇した、総合職女子の第一期世代である。しかも国家公務員上級試験や司法試験に手が届くようなスーパーエリートとはほど遠い頭脳レベルで、語学が堪能というわけでもない。同期が当たり前に昇格していく中、20歳代半ばにして早くも昇格から取り残され、次々と後輩にも抜かれていった、元落ちこぼれ会社員である。どんなに努力し、成果を上げても評価を得られない無念さで、当時はずいぶんと顔がゆがんでいたことは今でも鮮明に記憶している。そうなった原因はもちろん性差別だけではない。後から振り返れば、自分が男に生まれても結果は似たようなものになったと思う。

 それでも90年代半ば以降、企業社会で苦戦する総合職女子を描いたドラマがいくつも登場したときは、こういう目に遭っているのは自分だけではないと思えて癒やされた。ゆえに、このCMの作り手が、共感してもらえると思ったとしたら、それはそうだろうと思えてしまう。

 だからこそ、この際、東京ガスには批判と肯定の中身をしっかり検証してもらいたい。何がダメだったのか、CMはダメだけどドラマなら、ドキュメンタリーなら、報道なら良いのか。東京ガスだからなのか。他の企業ならどうなのか。

 前出の危機管理広報の専門家も、「とりあえず中止をしたという判断は間違っていないが、CMの出し手として、少なくとも真意はどこにあったのかの説明はするべき」だという。

 東京ガスがこの機会を有効に生かし、CMを見たすべての人に真摯に向き合うことを願いたい。
(文=伊藤歩/金融ジャーナリスト)

伊藤歩/金融ジャーナリスト

伊藤歩/金融ジャーナリスト

ノンバンク、外資系銀行、信用調査機関を経て独立。主要執筆分野は法律と会計。主な著書は『優良中古マンション 不都合な真実』(東洋経済新報社)『最新 弁護士業界大研究』(産学社)など。

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