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稲田俊輔「外食のディテール」

飲食店を悩ます「客が水しか飲まない問題」、根源に“粗利率=料理15%・飲料60%”問題

文=稲田俊輔/飲食店プロデューサー、料理人、ナチュラルボーン食いしん坊
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飲食店を悩ます「客が水しか飲まない問題」、根源に“粗利率=料理15%・飲料60%”問題の画像1

「gettyimages」より

居酒屋で水しか飲んでくれないお客さん

「最近は居酒屋で水しか飲まないお客さんがいる」という類の話題が昨今、インターネット上でしばしば盛り上がります。大抵の場合、それは

「最近の若者は非常識だ」

「そんなことをされたら飲食店の経営は成り立たない」

「最近の人は年長者と飲みに行くことを嫌うので、酒場でのマナーが継承されない」

といった非難の声から始まりますが、それらに対して

「メニューに載っている以上、何をどう頼むのも客の自由」

「注文にルールがあるというのなら、それを明示するべき」

といった反論が巻き起こるのも常です。

 この問題には明確な正解を与えるのは難しいですし、また「ここまでならOK」という線引きも曖昧にならざるを得ません。ですが、個人的には後者の「水だけを否定することはできない」という意見のほうにいささか分があるようにも思えます。あくまで理屈の上では、という話ですが。

飲食店における「水問題」の現状

飲食店を悩ます「客が水しか飲まない問題」、根源に“粗利率=料理15%・飲料60%”問題の画像2
『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本 』(稲田俊輔/扶桑社新書)

「居酒屋で水だけ」はやや極端なケースかもしれませんが、従来の酒類の売上にある程度頼ってきた飲食店でお酒が売れなくなってきているというのは、多くの店で悩みのタネどころか死活問題にすらなりつつあります。純粋に水だけということは、そうはないにしても、最初にソフトドリンクを一杯頼んで、あとは延々と水をお替わり、みたいなことは多くのお店ですでにごく日常的な光景です。まさに飲食店における「水問題」です。

 若年層を中心とするアルコール離れということもよくいわれますが、アルコールを日常的に嗜む層も、一昔前のようにへべれけになるまで延々と杯を重ねるような飲み方はもはや時代遅れ。また、お店ではほどほどに飲んで家でしっかり飲む、という家呑みの流行もそれに拍車をかけているのかもしれません。

 いずれにせよ、店側が消費者のライフスタイルの変化に不平を言っても仕方がありません。ソフトドリンクを渋々一杯注文してそれで終わるのは、お替わりしたくなるような魅力的な商品を提供できていないからにほかなりません。厳しいことを言えば、恨むなら自分を恨め、ということ。そういう意味も含めて私は先ほど「後者に分がある」と書いたわけです。

「料理だけでは儲からない」は本当か

 店側はよく「うちは料理では儲からない。ドリンクを頼んでもらって初めて利益が出る」というようなことを言います。はたしてそれは本当なのでしょうか?

 残念ながら本当です。簡単のために一軒のごくシンプルな飲食店を想定してみます。月の売上が150万円、そのうち料理の売上が100万円、ドリンクの売上が50万円。キッチンとホールで1人ずつ合計2人の従業員が人件費30万円ずつで働いているとします。原価率(製造業とは違って飲食店の場合、通常は工賃は含めず材料原価のみが原価率の対象です)は料理35%、ドリンク20%として総合で30%。

 この場合、月間売上150万円で仕入れが45万円、人件費が60万円となりますので、粗利は45万円。ここから水道光熱費などの流動費や家賃などの固定費、もろもろを捻出して、なんとかぎりぎり健全に経営できているというのが、ありふれた(というよりはまだ恵まれた部類の)個人飲食店の姿だと思います。

 2人の人件費のうち、シェフの分をまるまる料理売上に紐付け、サービス担当のほうを全商品に紐付けるのがこの場合適正です。そうした場合の粗利の振り分けがどうなるかというと、料理が売上100万に対し粗利15万円。飲料が売上50万円に対し粗利30万円。利益率としては実に15%対60%。「料理は儲からない」は、あながち大げさでもないことがおわかりかと思います。

「水問題」は解決できるのか

 飲食店における「水問題」の根本は、このある種いびつな収益構造にあると思います。これは別に現代日本に限った話ではなく、歴史的、世界的にみても「レストランの宿命」とでもいうべきものです。ネットで議論が起こるときに、よく「酒は飲まなくてもその分料理をたくさん注文すればいいではないか」という意見が出ます。消費者感覚としてはもっともな意見に聞こえるかもしれませんが、実はそんな単純な話ではないという事もおわかりいただけるかと思います。

 逆にいえば、この料理と飲料の利益不均衡が解消されれば水問題のかなりの部分が解決されるともいえるかもしれません。要するに料理も飲料もそのコスト、つまり仕入れ原価+人件費(飲食業ではこれをFLコストと呼びます)の売り上げ全体に占める割合を揃えるということです。

 その前提で改めて料理や飲み物の値段を再設定したとします。すると、どういうことが起こるかというと、料理の価格はざっと2割強の値上げ、飲料は4割強の値下げです。500円だったビールやワインは290円になり、300円のウーロン茶は180円、280円だった枝豆は350円に。1000円のパスタは1210円、3000円のステーキが3650円といった感じです。

「じゃあ、そうすればいいじゃないか」と思うかもしれませんが、これがうまくいくには、すべての飲食店が一斉に足並みを揃える必要があります。現実的にはもちろん不可能。「抜け駆け」で先にやった店、すなわち料理の値段を一斉に2割値上げした店は、すぐに客離れを起こし、残るのは安い酒が目当ての人々のみということにもなりかねません。

日本の飲食店は安すぎる?

 さらにいえば、そもそも日本の飲食店全体の価格が安すぎるというのが、さらに根本の問題なのかもしれません。欧米で外食しようとすると日本人的感覚ではちょっとびっくりするような値段になるということを経験した方は少なくないのではないでしょうか。かつて安かったアジア諸国も、大都市ではどうかすると日本と同じか、それ以上の値段であることも今や珍しくはありません。

 現時点では言っても詮ないことなのかもしれませんが、少しずつでもこの傾向が変わっていって初めて飲食店の水問題は一旦、解消するのではないでしょうか。

 それまでは、そしてそうなった後でも、飲食店側はその店でしか楽しめない付加価値のある飲料を提供して、1杯分でも多くの売上を稼ぎ続けるしかないと思います。お決まりの飲み物を業務用のペットボトルから注いで終わり、という10年1日のやり方はもはや通用しない時代なのです。

(文=稲田俊輔/飲食店プロデューサー、料理人、ナチュラルボーン食いしん坊)

稲田俊輔/「エリックサウス」総料理長

稲田俊輔/「エリックサウス」総料理長

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。近著は『食いしん坊のお悩み相談』(リトル・モア)。

Twitter:@inadashunsuke

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