「今日は顔の調子が悪いので撮影不可です」 ステージに現れた彼女が初めに発した言葉だ。 エッジの効いた冗談だと思い、私は気にせずカメラを構える。 ファインダー越しに、彼女と目が合う。 「撮影、だめです」 彼女はそう言って、恥ずかしそうに私の持つカメラから身体ごと背けてしまった。 申し訳なさと残念な想いに浸りながら、私がカメラを下ろすと、主催者らしき女性に「気にせず撮って大丈夫ですよ」と耳打ちされ、せっかくなので、控えめに撮らせて頂いた。 演奏が始まる。 今までの空気が一気に変わった。 彼女が歌うと、その場の空気は彼女のものになる。 暖色のライトに照らされた場内は、彼女の歌声とリバーブの効いたギターの音色に包まれ、奇妙な空気感に満ちた。 彼女の歌は、力強く響き、丁寧に、そして繊細に言葉を紡ぐ。 行方のない冷たさ、一方で懐かしい温かに、指先で触れるような、そんな感覚を私に抱かせた。 演奏が終わる