西田宗千佳のRandomTracking
iPhone 6+Apple Watchが変えるもの。プレスカンファレンス詳報
「次の飛躍」のために仕込む、クック流の変革とは?
(2014/9/11 08:06)
アップルは9月9日(現地時間)午前10時より、米カリフォルニア州・クパチーノにあるThe Flint Center for the Performing Artsにてプレスカンファレンスを開催した。発表されたのは、すでにみなさんもご存じの通り、「iPhone 6」シリーズと、アップルのスマートウオッチ「Apple Watch」(正確な表記としては林檎マーク+Watch」だ。プレスカンファレンスの詳報とその分析をお送りする。
今回の発表に、アップルは並々ならぬ意欲をもって臨んでいたことは、スタート前から明らかだった。発表場所は、1984年に初代Macintoshを、1998年に初代iMacを発表した因縁の場所。アップルは長くこの場所を会見につかっていなかったが、久々に利用する。その意味を当然、彼らも理解している。発表の中でも、わざわざティム・クックCEOがそのことに触れたほどだ。
また、会場横には巨大な白い建物が作られており、ここは結果的に、発表後のハンズオンに活用された。
しかも今回の発表会には、いつものIT系・経済系プレスだけでなく、ファッション系プレスも多く招待されていた。筆者は直接確認していないが、ファッション系のセレブリティも幾人かやってきていたようだ。
毎年iPhoneの新製品は話題になるが、今回はより「違う」「新しい」姿を見せようとしているらしい。だとすれば、それはスマートウオッチではないか……。
そう予想したくなるのも当然である。実際その予想は正しかったわけだが、時計はファッション性を重視されるものだけに、非IT系、服飾の世界の人々に注目してもらいたい、という狙いもよくわかる。
4.7インチと5.5インチ、「画面戦略」を変えたiPhone 6
そんな中、発表会はiPhone 6から始まった。
クックCEOは「いつものような業績の話はしない。要は『いい調子だ』」と、前置きをさらっと流した上で、本題であるiPhone 6の説明に入った。
発表されたiPhone 6は、4.7インチディスプレイの「iPhone 6」と、5.5インチディスプレイの「iPhone 6 Plus」の2サイズ展開だ。この辺については、いまやあまりにもたくさんの「噂」「情報流出」といわれるものがあり、数字や見た目だけなら新鮮味はない、と思う人も多そうだ。実際に製品の紹介を担当したワールドワイドプロダクトマーケティング担当上級副社長のフィル・シラー氏も、「もしまだ耳にしてなければ」と、ちょっと皮肉にも取れる言葉を付け加えた上で、サイズを説明している。ただ噂とは異なり、4.7インチと5.5インチの両方が同時に発売される。そのためユーザーの中には「どちらを選ぶか」悩みを抱えている人もいるはずだ。
iPhone 6シリーズの特徴は、サイズが大きくなりつつも、薄さはiPhone 5sより薄くなったことだ。iPhone 6で0.7mm、iPhone 6 Plusで0.5mmの薄型化だ。ハンズオンで触った感触でいえば、面積が広くなったこと、角が丸くなって手へのあたりが柔らかく感じることなどから、数字以上に薄くなった印象を受けた。この辺は、アップルの製造努力ももちろんだが、各社がスマートフォンの薄型化競争を進めた結果、デバイスが進化したことを受けてのものだろう。
サイズ変更により、表示できる情報量は多くなる。解像度も変わった。iPhoneはこれまで、初代の「320×480ドット」の影響を引きずる形で進化してきた。iPhone 4でいわゆる「Retina Display」を導入した時も縦横2倍にしたし、iPhone 5で縦横比が「3:2」から「約16:9」になった時も、横のドット数は変えずに縦だけを延ばした。「それによって一貫性を保って、開発しやすさに配慮した」というのが、彼らの主張だった。
だが今回は、iPhone 6・6 Plusともにいままでにない解像度になった(表参照)。アップルはこのディスプレイを「Retina Display HD」と呼んでいる。ドット数そのものは従来より増えている。これは、スペックのトレンド的には正しいものの、デベロッパーへの負担を減らすという意味では大きな矛盾に思える。
下表では、これまでのiPhoneとライバルであるAndroidスマホを比較してみた。ディスプレイサイズと解像度に関する考え方が、iPhone 6で大きく変わったのが分かる。
機種 | ドット数 | ディスプレイ サイズ | ppi |
iPhone 4s | 960×640ドット | 3.5インチ | 326ppi |
iPhone 5s | 1,134×640ドット | 4インチ | 326ppi |
iPhone 6 | 1,334×750ドット | 4.7インチ | 326ppi |
iPhone 6 Plus | 1,920×1,080ドット | 5.5インチ | 401ppi |
Xperia Z3 (参考) | 1,920×1,080ドット | 5.2インチ | 524ppi |
Galaxy Note 4 (参考) | 2,560×1,440ドット | 5.7インチ | 515ppi |
isai FL LGL24 (参考) | 2,560×1,440ドット | 5.5インチ | 538ppi |
ただしアップルはこの点に、新しいソリューションを加えることでカバーしている。それが「スケーラーの搭載」だ。テレビやゲーム機の事情をご存じの本誌読者の皆さんには耳なじみの言葉だろう。解像度の異なる映像を、あるディスプレイパネルに最適化して表示するための仕組みだ。iPhone 6と6 Plusでは、最適化を行なっていない(すなわち5sまでのために作られた)アプリを使う場合、搭載の「非常にクオリティの高いスケーラー」(シラー上級副社長)を使い、そのボディが採用している解像度に合わせてスケーラーがフィットさせる。だから黒枠が出来ることはない。
もちろん、完全に最適化して開発したアプリに比べると、品質が劣るであろうことは予想できるのだが、さほど大きく引き延ばすわけでもないので、満足度の高い表示になるだろう、とも予想できる。なによりこの場合、デベロッパーへの負担が減る。
現在のGPUは内部にハードウエアスケーラーを搭載しており、特にゲームなどでは、実レンダリング解像度を落として負荷を抑えた上で、スケーラーで拡大して表示する、というアプローチを採る。それはどちらかというと、ドットへの依存度が低い3Dゲームなどでのアプローチだったわけだが、iPhone 6ではアプリの互換全体でこのアプローチを活用する。となると、今後はどんな解像度のディスプレイを採用しようとも、同じアプローチでの対応が可能となる。
これは筆者の予想だが、アップルとしては、今後のアプリ開発の方法論として、ドットバイドットでの最適化を目指すのではなく、文字などはシステムを生かし、それ以外はベクターやポリゴン描画なども時には使い、「解像度が変わってもなめらかなまま」な方向性へ導きたいのではないだろうか。もちろん、サイズが違えば快適な操作方法・表示方法も変わってくるため、そこへの最適化は必要になるため、「1つ考えればOK」という、従来のやり方は通じないわけだが。
アップル側として、「操作の最適化」という点で言及したのが「Reachability」、要はいかに片手で指が届くか、という点だ。特に5.5インチオーバーの製品では、片手で持って親指だけで使うのが困難になる。Galaxy Noteなどのファブレットが人気である地域では、片手持ちでなく両手持ちが目立つくらいだ。今回iPhone 6シリーズでは、ホームボタンに搭載された指紋認証機能「Touch ID」を「ポンポン」と2タップ(ボタンの押し込みではなく、触れる程度でいい)すると、画面が下に半分沈みこみ、上半分だけが表示されて、指が届きやすくなる、という操作体系が搭載されている。実際、同じようなアプローチを採るメーカーはあり、アップルの完全な独創、というのは難しいと思う。だが、ハンズオンで試した際も確かに便利ではあった。
他方で、フリック入力用のテンキーパッドを左右どちらかに寄せる機能がないなど、少々アンバランスなところも見受けられる。逆に、いわゆるQWERTY入力派にとっては、サイズ拡大は福音である。元々iPhoneはタッチ精度の良さから、文字入力時の正確性がサイズの割には高かったのだが、やはりサイズが大きくなるとより快適だ。ヨーロッパでGALAXY Noteが使われているシーンを見ると、皆驚くほど「QWERTY両手打ち」である。日本だと、PCのキーボードに慣れた層(筆者も含む、そこそこ年齢の高い層だ)にはうれしい人も多いだろう。特に「横」で持った時のソフトウエアキーボードは、カーソルキーなどの「なぜいままでなかったのか」と思われるUI補助用ボタンも増え、快適さが増した。
もうひとつ、画面回りで指摘するとすれば、確かに解像度は上がったものの、ppi(1インチあたりのピクセル数)は、Androidスマートフォンほど高くない。スペック的に見劣りする……というイメージを持ちそうだ。
ただ、これは実機を見ると印象が変わる。筆者は普段からiOSとAndroidを両方使っており、どちらの良さもわかっているつもりだが、iPhone 6シリーズは、高解像度のAndroidスマートフォン・ファブレットと比較しても、ppiで大きく劣る見栄えではない。解像感ではそう変わらず、むしろ視野角や発色特性の良さからか、ちょっとびっくりするほどきれいに見える。人によって感じ方も異なると思うので、実機が巷に出回りはじめたら、ぜひ実際にチェックしていただきたい。
また、パネル解像度の向上は透過度とコントラストの低下につながり、それを解決するにはバックライト輝度を上げねばならず、消費電力の増大を招くことも指摘しておきたい。「それでも高解像度化を」と考えるメーカーもあれば、「バランスをとって解像度を抑える」と考えるメーカーもいる。どちらがいい・悪いではなく、アップルは後者だった、ということだ。ちなみに、IFAで取材した際に聞いた話では、ソニーが「Xperia Z3」でパネル解像度を上げなかったのも、同じ理由であった。
SoCは省電力性が向上、旧モデルよりバッテリー動作時間が伸びる
iPhone 6シリーズにおいて、画像面での負荷が増えるのは必然だ。そうした背景もあってか、iPhone 6シリーズでは、プロセッサーが「A8」に進化した。20nmプロセスで製造され、トランジスタ数は20億。A7と同じく64ビットのARM系プロセッサーだが、CPUの演算能力は25%、GPUは50%速くなっている。
ただし、A8の美点は、むしろ消費電力の低下にある。A7に比べエネルギー利用効率は倍になったといい、バッテリー動作時間の大幅向上に寄与している。また、最近のスマートフォンはSoCの発熱を抑えるため、動作速度を落とすものが少なくない。しかしアップル側は、エネルギー利用効率向上によって発熱が抑えられるため、動作速度のスロットリングが起きず、特にゲームなどでは有用、としている。
ゲームという意味では、iOS 8からはGPU利用効率を高められる、レイヤーの薄いグラフィックAPIである「Metal」が用意され、これもA8に最適化されている。会見では「SUPER EVIL MEGACORP」開発の「Vainglory」というゲームが紹介されたが、非常に多くのゲームエンジン開発元が賛同しており、iOS 8用ゲームのクオリティアップに寄与することは間違いない。
もう一つ、A7のコンパニオンチップであった、モーションコプロセッサーの「M7」も、新世代の「M8」になった。M7は消費電力は低いものの、精度面での不満を指摘する声もあった。M8には気圧計も内蔵され、階段の上り下りや山の高度なども測り、利用できるようになった。気圧計の内蔵そのものは、サムスンなどがすでに手がけており、これもアップルの独創というより、業界全体のトレンドといえる。しかし、iOS 8で導入される「HealthKit」にも対応し、色々なアプリから標準的に活用できるということは、アプリやサービスの拡充という点で間違いなく有利である。
そして、内部機構としてSoC以上に重要なのが、通信系の強化だ。
LTEは各国で電波の利用状況が異なり、ローミング時の「つながり」も色々難題がある。また今は、2つの電波帯を束ねて使う「キャリアアグリゲーション(CA)」のようなさらなる高速化や、音声をLTE経由で送る「VoLTE」などの高品質化の技術が広がるタイミングでもある。
そのためiPhone 6では、各国のLTE対応強化がアナウンスされた。CAによる150Mbpsでの接続とVoLTEについては、10の携帯電話事業者で採用されることが発表されたが、日本の事業者は含まれておらず、彼らがどうするかは、この記事を書いている段階では、まだ明確な情報がない。しかし、各社ともCA・VoLTEにはすでにAndroidで対応しており、積極的な姿勢も見せていることから、準備さえ整えば、iPhone 6でも対応する、と考えるのが自然だ。
画素数より「フォーカス」を狙った新カメラ
iPhoneの新機種で注目される「カメラ」は、今回も強化された。ただし、解像度の強化はない。5sと同じ、8メガピクセル(ピクセルサイズは1.5nm)のセンサーが使われている。だが、今回の強化ポイントは「フォーカス」に着目したものとなっている。
まず、iPhone 6 Plusには光学式手ぶれ補正が内蔵される。これまでiPhoneは電子式の手ぶれ補正であり、6についても同様なのだが、6 Plusでは光学手ぶれ補正機能をもったカメラモジュールが採用された。アップルはどちらも「映画レベルの手ぶれ補正」と称しているが、6 Plusの方がより精度が高い、と想像できる。
なお、ここからは筆者の想像だ。これまで、スマホに光学式手ぶれ補正モジュールを搭載したメーカーとしては、シャープが挙げられる。同社は自社製のモジュールを使い、いくつかの製品で光学式手ぶれ補正機能を搭載してきた。そして、iPhone 5sでは、センサーこそソニー製だが、レンズを含めたカメラモジュールはシャープが組み立て、アップルに納入してきた。ということは、6 Plusのモジュールも、シャープが担当しているのでは……という予想が成り立つ。
6と6 Plusでは、オートフォーカス高速化の目的で「Focus Pixels」という機能が導入された。これは、撮像素子内のピクセルのいくらかをフォーカス用に使うことで、高速かつ精度の高いオートフォーカス実現を目指すもの、と理解できる。要はこれ、今の一眼レフデジカメなどで広がっている「像面位相差AF」である。像面位相差AFを採用したスマートフォンとしては、サムスン電子の「GALAXY S5」があり、これもアップルが最初の採用例ではない。
しかし、そうした新しい要素を取り込みつつ、使い方・見え方としては「いままでのiPhoneのカメラと同じ」であるところが、アップルの狙いでありやり方なのだろう。
他方、Androidなどでトレンドになりつつある「4K動画撮影」には対応しない。1080pまでだが、フレームレートが30pから60pに上がり、スローモーションも120fpsから240fpsに上がった。アップルは解像度よりモーションのなめらかさを優先にしている。
最後のまとめとして、iPhone 6シリーズの価格・発売日が発表された。もうみなさんご存じの通り、日本を含む第一グループの発売日は9月19日。日本では12日より、NTTドコモ・KDDI・ソフトバンクの予約が開始され、さらには、アップル自身がSIMロックフリー版も同日発売する。ポイントは、いままでのiPhone 5s/5cで「16GB」「32GB」「64GB」であった容量が、「16GB」「64GB」「128GB」と、実質倍に伸びたことだ。最廉価モデルは価格重視なのだろうが、128GBを求める人には、待ちに待った変更といえそうだ。
他方、ロングセラーとなっていたiPod Classicの販売が終了する。唯一のハードディスク搭載機で、「160GB」と最大の容量だったが、今後はiPhone 6シリーズの128GBが最大容量となる。これで足りない人は、いまのうちにiPod classicの在庫を探しておいたほうがいい。
「信頼」「シンプル」で普及を目指すApple Pay
次にアップルが発表したのが「財布」、要は決済にかかわる要素だ。クックCEOは次のように切り出した。
「買い物は大変だ。プラスチックのかけらにいまだ頼っている。磁気ストライプは50年も前からのものなのに、いまだ使われている。セキュリティ番号も、ちっともセキュアでないことをみんな知っているにもかかわらず、使っている」
そうして発表されたのが「Apple Pay」だ。iPhone 6シリーズとApple WatchにはNFCが内蔵されており、それを使っていわゆる「非接触通信での決済」を行うソリューションだ。日本で「Suica」などに使われていて普及している「FeliCa」には対応しない。
タッチ決済そのものは、日本ではすでに日常だし、利用率こそ極端に低いものの、欧米にもないわけではない。だがアップルは、Apple Payを他社とはちょっと違う方針で普及させようとしているようだ。
「決済を考える人々はビジネスモデルを組み立てるところにフォーカスする。しかし我々はユーザー体験にフォーカスした」
クックCEOはそう宣言し、Apple Payを紹介した。
Apple Payの最大の特徴は、NFCで決済することではない。クレジットカード番号も顧客名も取引額もアップル側にも店舗にも残すことなく、安全に取引をする、ということだ。取引のたびにデバイスに紐付いたコードが使われ、その正当性だけが引き当てられる。リアル店舗での「タッチ」だけでなく、オンラインストア決済のシンプル化にも使える。
デバイスコードはiPhone 6内の「セキュアエレメント」に格納されているものの、クレジットカード番号などは格納されていない。だからクレジットカード・デビットカードを複数枚登録し、オンライン経由で決済内容に応じて切り換えていく、という使い方も簡単にできる。クレジットカードの「セキュリティ番号」に相当するものは、ある種のワンタイムパスワードになり、毎回変更されるため、これも漏洩リスクが激減する。
Suicaにしろなんにしろ、日本で広がっている「タッチ決済系」は取引情報を残すタイプであり、安全性重視で「プリペイド型」が多い。しかしApple Payの場合、アップルは「取引を特定する情報」は記録しても、「誰が」「いくら」「誰に」といった形では残さない。別のいい方をすれば、「決済そのもので儲けようとはしていない」のである。もちろん、そうして収集されたビッグデータの活用にもつながらない。
単純に決済を集約して利益を得たいなら、Apple IDで「物販まで対応」するのが一番速い。なにしろ、世界最大級の「クレジットカード番号が登録済みのサービス」なのだから。しかしアップルとしては、別の方法がいいと考えたのだ。広くパートナーとともに、シンプルなタッチ決済を広げるには、決済そのもので大きな利益を狙わず、「簡単で普及しているからこそ、ハード/プラットフォームとしてiOSを選ぶ」意味を消費者に提供しようとしている……と読める。それは、音楽販売においてアップルが採った手法に近い。
この種のことは普及とその準備に時間がかかるので、まずは10月よりアメリカでのみスタートする。他国での展開についてはまだ言及がない。国ごとに事情が異なること、日本でどうなるのか、どこに利点があってどこに困難が伴うのかは、じっくりとした検証が必要と感じた。
「One more thing」は「スマートウォッチ」
そしてその後、クックCEOは、「さて、今日は”One more thing”があるんだが……」と切り出した。「One more thing」はスティーブ・ジョブズの得意技であり、アップルとしても久々のものだ。もちろん来場者は、カンファレンスの時間がまだたっぷりあり、残りが「サプライズ」でないことは重々承知なのだが。
そして、いきなり流れ出したのが思わせぶりなビデオだ。チラリチラリと、なにか「時計っぽい」ものが写る。もちろんこれは、アップルのスマートウオッチのビデオだった。特徴は、バンドも含めたデザインバリエーションが多いことだ。ベゼルは丸ではなく四角いが、フレームはアルミ・スチール・ゴールドの3パターンがあって、バンドのバリエーションも多い。
噂された「iWatch」でなく「Apple Watch」と命名されたスマートウォッチは、単独の製品ではなく、iPhoneのコンパニオンとして設計されている。それは、他のスマートウォッチの大半と同じだ。バッテリー容量や処理能力、操作方法などを勘案すると、「スマホの代わりになんでも腕でやる」ものとするより、「必要な時はスマホを取り出さずにApple Watchで操作する」形であることが現実解であるからだ。その主な機能はもちろん「時計」であり、メールやSMSなどの「ノーティフィケーション(通知)」であり、ヘルスケアを中心としたアプリケーションである。その点は、Android Wearなどと変わらず「あまり新奇性がない」と思われそうだ。実際、筆者もそれに同意する。
そこでアップルが差別化要因として持ち出すのが「操作性」だ。
「アップルの作ったブレイクスルー的なプロダクトは、すべてユーザーインターフェースの革新とともにあった。マックはマウスを、iPodではクリックホイールを、iPhoneはマルチタッチがそうだ。iPhoneのユーザーインターフェースをそのまま小さくしても、時計では大変なことになるだけだ。ピンチやズームでは画面が隠れてしまい、見えなくなる。そこで、昔から時計に備わっている物理的なメカニズムを改良することにした。それがダイヤル、我々が『デジタルクラウン』と呼ぶものだ」
クックCEOはそう説明する。
Apple Watchでは、拡大縮小やメニュー遷移の一部を、デジタルクラウンの回転と押し込みで行なう。もちろんタッチほど自由ではないが、画面を隠すこともないし、「物理的な手触り」のもたらす確実性も生まれる。この辺は、他のスマートウオッチが「タッチ重視だが複雑な操作は要求できない」というジレンマに悩んでいることに対するアプローチであり、確かにアップルらしい。
むしろ筆者として注目するのは、振動と音によるフィードバックだ。
Apple Watchは「S1」と呼ばれる新開発のSoCと、フィードバック用の「TAPTIC ENGINE」というパーツで構成される。自分の心拍をはかり、それを指への触感で再現したり、歩行者ナビで道を歩く際、どちらに曲がればいいのかを画面によらず「振動の種類」で判別させたりと、かなりユニークな使い方ができそうだ。
ただ、そのための「ユーザーがスマートウォッチを使いたいと思う用途」はまだ弱い。UIの可能性や「アップルが作るスマートウオッチ」に対する期待感でデベロッパーを集め、そういう「真ん中を射貫くような用途」を見つけていこうとしているのかも知れない。
Apple Watchは2015年1月の発売を予定しており、まだまだ登場までに時間がある。アップル側も、各モデルの機能の差やSoCの詳細などは明かしていない。おそらく、発売までのある段階でデベロッパー向けに情報が開示されるのだろう。
時計はファッションに結びついたものであり、Apple Watchのファッション性を気にする向きもあるはずだ。今回のカンファレンスにファッション関係者を大量に招いたのも、そうした要素に基づく。
しかし、これは筆者が受けた印象だが、アップルは「Apple Watchそのものの美観だけで勝負しようとはしていない」のではないだろうか。
Apple Watchのバンドは、どれも簡単に、工具を使わず外せる。ということは、iPhoneでケースビジネスが勃興したように、Apple Watchのバンドビジネスが育っていくはずだ。そこにはもちろん、ファッションブランドとのコラボもあるだろう。
もちろん、それだけでもまだ個人が求める「時計とファッションへのこだわり」を満たすことはできない。その上で「でもこれをつけたい」と思ってもらうには、やはり「この機能が便利」「この機能が使いたい」という「真ん中のニーズ」の発見が欠かせない。
「U2」がニューアルバムを無償提供も、音楽ビジネス再構築の話題はなし
そして、本日の発表のまとめの後、クックCEOが壇上に呼び込んだのが「U2」だ。
以前より、U2が今回のカンファレンスでライブを披露する、との噂はあった。ちょうどこの日が、彼らのニューアルバムのお披露目に重なっている、という話だったからだ。意外だったのは、彼らのニューアルバム「Songs of Innocence」が、iTunesへの登録者すべてに無料で配信されたことだ。10月13日までに加入していてダウンロードした人に対して無料、という条件はあるものの、本当に全員がダウンロードした場合、5億件になる。これは「世界最大のアルバムリリース」(クックCEO)である。ボノはTIMEの取材に答え、無料で楽曲を提供したのではなく、アップルが配布分の費用を支払う形での契約であるようだが、大盤振る舞いであることに代わりはない。
他方で、そこから派生して「音楽系サービス刷新」や「ハイレゾ楽曲配信」などの話題が出るかとも期待したのだが、それはなかった。Beatsのジョインによって社内の構造は変わっているはずで、今後、アップルとしての「音楽への取り組み」を説明する場は必要だ。今回はあくまで「iPhoneとApple Watch」の場であった、ということなのだろう。