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COP29の結果と課題②

要点まとめ

COP29で採択された新資金目標は、途上国の要求水準には遠く及ばず、先進国側も緩和策が進展しなかったことに不満を抱く結果となった。途上国への資金移転が十分に実現しなければ、野心的なエネルギー転換も絵空事に終わる可能性が高い。また、米国やEUの政権交代が進む中で、今後の気候政策がどの程度進展するかは極めて不透明である。これは温暖化対策の国際的な取り組みそのものに対する信頼を揺るがしかねない状況である。

COP29オフィシャルサイトより

(前回:COP29の結果と課題①

新資金目標に対する途上国の強い不満

ここでは2035年において「少なくとも1.3兆ドル」(パラグラフ7)と「少なくとも3000億ドル」(パラグラフ8)という2つの金額が示されている。

パラグラフ7にある「少なくとも1.3兆ドル」は、途上国が当初から「先進国が公的資金として負担すべき」として要求していた金額である。しかし「すべての関係者」「すべての資金源」としてドナーの主体、資金ソースが大きく広げられたことに加え、途上国が重視する先進国からの資金援助については別途、パラグラフ8では「少なくとも3000億ドル」と規定されている。

このため、1.3兆ドルの実現に関する責任の所在は非常にあいまいなものになった。パラグラフ27で1.3兆ドルに向けたロードマップを開始するとしたが、これがワークすると考える人は皆無であろう。

パラグラフ8にある「少なくとも3000億ドル」は、先進国の現行の資金援助目標1000億ドルに代わるものである。しかし2010年のカンクン合意では1000億ドルを先進国が動員することとされているのに対し、今回の合意では「先進国が主導的役割を果たし」とされ、先進国以外の貢献も示唆されている。

3000億ドルに算入される金額の中に多国間開発銀行からの気候資金及び多国間開発銀行が動員する気候資金があるが、多国間開発銀行には中国、産油国等も出資をしているため、間接的ではあるが先進国以外の貢献もカウントされることになる。ただしパラグラフ9では途上国の貢献はあくまで自主的なものとして奨励されるにとどまっているため、先進国が主張していたようなドナーベースの拡大になったとは言えない。

「少なくとも3000億ドル」の金額は、議長国の当初案段階では2500億ドルであった。先進国はこれを受け入れたものの、途上国側は「少なくとも5000億ドル」を主張し、調整は最後の最後まで紛糾し、最終的に「少なくとも3000億ドル」で決着した。

先進国が1.3兆ドルを支払うべきだと主張していた途上国の視点から見れば、納得のできない数字である。

NCQGの決定文が採択された後、発言を求めたインドは、

「途上国は、成長を犠牲にしてでも、炭素排出ゼロの道へと移行することを迫られている。この移行を本当に容易ならざるものにするために、先進国締約国によって国境調整措置その他の措置が課されている。先進国締約国が自らの責任を果たす意思がないことが明確に示された結果に失望している。我々はこれを受け入れることができない。この金額はあまりにも微々たるものであり、気候変動対策を促進するものではない」

と強硬な口調で不満を表明し、会場から大きな拍手を浴びた。ナイジェリア、ボリビア、マラウィ等も異口同音に「合意を受け入れられない」と述べた。

ただ、インド等はCOP29の合意そのものをひっくり返そうとしたわけではない。合意は妨げないが自分たちの強い不満を記録に残すということである。

会場において環境活動家たちは「No deal is better than bad deal」と気勢をあげていたが、結果的には「Bad deal is better than no deal」となった。

新たな資金目標を決めるCOP29は、パリ協定を採択したCOP21以降、途上国が最も重視するCOPであり、NCQGについては2025年のCOP30(ブラジル・ベレム)まで持ち越すことも考えられたはずである。

にもかかわらずCOP29で妥協した背景には、2025年には米国におけるトランプ政権の誕生、ドイツにおける政権交代の見通し等、温暖化防止アジェンダの国際的地合いが悪くなることが予想される中、合意できるうちに合意をしようという計算が交渉官たちの間に働いたものと考えられる。

先進国、途上国いずれの側にも温暖化交渉プロセスで禄をはんでいる交渉官たちがいる。交渉決裂によって多国間のプロセスが機能していないことを露呈し、彼らの存在意義に疑問符がつくことは何としてでも避けたいという共通の利害があったという皮肉な見方もできる。

緩和では先進国に強い不満

資金は途上国に強い不満を残す結果となったが、緩和では先進国に強い不満を残す結果となった。

緩和作業計画ではグローバルストックテイクに盛り込まれていたエネルギー転換(再エネ設備容量3倍増、石炭火力のフェーズダウン、化石燃料からの移行等)のフォローアップ等は一切盛り込まれなかった。

先進国が緩和アジェンダの深掘りを期待していたUAE対話や公正な移行作業計画(JTWG)については議論が決着せず、先送りとなった。閉会プレナリーにおいて先進国代表は口々に緩和アジェンダが進展しなかったことに強い不満を表明した。

市場メカニズムの詳細ルールはようやく決着

資金と緩和という政治的なアジェンダの陰で目立ちはしなかったが、COP29ではパリ協定6条2項、4項に規定する市場メカニズムの詳細ルールが合意された。

6条2項メカニズムは日本が進めているJCMを含む2国間取引であるが、プロジェクトの承認プロセス、必要とされる情報の範囲、国際登録簿との関係等の点において非常に厳格な手続きを求めるEU・島嶼国と柔軟な手続きを主張する米国、カナダ、豪州、日本などとの間で意見対立が続いていた。

今回の詳細ルールの合意により、市場メカニズムが動かせるようになれば緩和を中心に途上国に対する民間資金の移転が促進されることとなろう。

COP29の評価

COP29では、資金面では途上国の要求水準を大幅に下回る「少なくとも3000憶ドル」で、緩和面では先進国の主張する野心的メッセージを含まない形で決着した。先進国、途上国それぞれが強い不満を残す決着であり、ある意味、「バランスのとれたパッケージ」であったともいえる。

パリ協定合意以来、資金援助に対する途上国の要求水準は増大するばかりであった。欧米先進国は、産業革命以降の温度上昇を1.5℃~2℃に抑制するというパリ協定の温度目標の中で最も厳しい1.5℃安定化、そのための2050年全球カーボンニュートラルをデファクトスタンダードにし、自分たちの目標を引き上げることはもちろん、新興国、途上国に対しても目標引き上げを迫ってきた。

2023年のグローバルストックテイクには、1.5℃目標達成を射程内に収めるために野心的なエネルギー転換の方向性が盛り込まれたが、野心的な方向性を打ち出せばそのための資金需要も当然に増大する。先進国が主導した野心レベルの引き上げが、途上国からの請求書の大幅増額という形で自らにかえってくるのは必然であった。

今回の「少なくとも3000億ドル」という金額は、途上国が要求していた1.3兆ドルに比べればいかにも少額かもしれない。しかし2035年までに「最低3000億ドル」が実現するかは大いに疑問である。

現行の年間1000億ドルですら達成までに13年を要し、先進国の経済状況が厳しい中、途上国への巨額な資金移転は国内政治的に決して容易ではない。仮に米国でハリス政権が誕生し、3000億ドルの中で米国に応分の拠出をしようとしても、議会がそれを阻んでいたであろう。

次期トランプ政権は国内石油ガスを「掘って掘って掘りまくり(drill, baby, drill)」、米国のエネルギードミナンスを確保する一方、パリ協定からの離脱はもとより気候変動枠組条約そのものからも離脱する可能性がある。

当然、トランプ政権の4年間(共和党政権が続けば更に4年間)で米国からの気候資金は一切期待できない。さりとて日本やEUがその埋め合わせをするとは考えられない。そうなれば3000億ドルに向けた資金援助の積み上がりが更に低下することになる。今後の10年間は途上国が先進国の支援レベルの低さと約束不履行を追及する構図が常態化することになるだろう。

これは1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルというデファクトスタンダードの崩壊を意味する。

1.5℃目標の実現可能性は、もともとゼロに等しかった。IPCC第6次評価報告書に示された1.5℃目標と整合的な全球排出経路では、エネルギー起源CO2を2030年までに48%、2035年までに65%カット(いずれも2019年比)する必要がある。そのためには全球排出量を2030年までに年率9%、2030~35年で年率7.6%削減しなければならない。

これは世界中がコロナに席巻された2020年の2019年比5.8%減を大幅に上回る削減を、今後10年間継続しなければならないことを意味する。実現可能性があるとはとても思えず、それが実現するとすれば、中国、インドを含む新興国、途上国が今から絶対量で排出削減をするしかない。

しかし多くの開発課題を抱える途上国において、温室効果ガス削減の優先順位は決して高いものではない。国連の意識調査によれば17のSDGsの中で気候行動が占める優先順位はスウェーデンでは1位であるが、中国では15位、インドネシアでは9位に過ぎない。

多くの途上国が国別目標(NDC)を提出する際、先進国からの支援がなくても達成をめざす無条件目標と、先進国からの支援を前提とした条件付き目標の2段構えにしているのはこうした背景によるものである。

途上国への巨額な資金移転が実現しなければ、1.5℃目標を射程にいれるべくグローバルストックテイクに盛り込まれた野心的なエネルギー転換は「絵にかいた餅」になるだろう。

2024年末~2025年春にかけて各国は、2035年を目標年とする次期NDCを提出しなければならない。各国の改訂NDCを踏まえ、UNEPや環境系シンクタンク等が予測される排出経路を割り出し、1.5℃目標達成に必要な排出経路との間でのギガトンギャップを指摘することになるだろう。

COP30に向けて先進国や環境団体は「改訂NDCでは野心レベルが足りない」と新興国・途上国に目標積み上げを要求し、途上国は「NDCの野心レベル引き上げを主張するならば資金援助をもっと出せ」と応ずることになる。これまで延々と繰り返されてきた不毛な構図である。

そうした中、トランプ政権は温暖化防止を顧慮せず、国内エネルギー生産の拡大、エネルギー価格低下を最優先する一方、対外的には対中貿易戦争が激化するだろう。EUではドイツでは社民党・緑の党の連立政権の退陣が確実視され、フランスでも政局流動化が起きている。エネルギー価格が国際競争力に与える悪影響や米国とのコスト差拡大への懸念が高まりつつある。

2024年10月のBRICS首脳会議が示すように中国、ロシア等は欧米主導の国際秩序への挑戦を露わにしており、EUが導入を進めている炭素国境調整措置(CBAM)に強く反発している。他方、中国は米国のパリ協定離脱を非難し、「中国こそがマルチの国際枠組みの守護者である」と宣言するだろう。

このような混沌とした国際情勢の中で、温暖化問題に対する国際的取り組みがどの程度進むのか、進まないのか。日本の国内政策にも大きな影響を与えるだけに、その趨勢を注視する必要がある。