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マルクス的な非対称性 - 『世界史の中の資本主義』

池田 信夫

世界史の中の資本主義: エネルギー、食料、国家はどうなるか世界史の中の資本主義: エネルギー、食料、国家はどうなるか [単行本]
編著者:水野 和夫・川島博之
出版:東洋経済新報社
★★★★☆


グローバリゼーションというと、「国境がなくなって世界がフラットになる」というトム・フリードマンのような脳天気な話が多いが、現実のグローバル資本主義はフラットどころか、ますます分裂と混乱に満ちた世界になりつつある。それはつい最近も、外資系ヘッジファンドの仕掛けた株価の暴騰と暴落で、日本人も実感しただろう。

その原因はブローデルが指摘したように、市場と資本主義は根本的に異なるシステムだからである。市場は古代からどこの社会にもあり、等価交換を原則とする対称性の世界だ。それに対して12世紀以降の西洋に生まれた資本主義は、不等価交換で利潤を上げる非対称性の世界である。いま世界をおおいつくしているのは、市場ではなく資本主義なのだ。

両者の違いをアリギスミス的発展マルクス的発展と呼び、近代社会を生んだのはマルクス的なあくなき利潤追求による資本主義だとした。ここでは独占や技術や資本によって非対称性を維持することが不可欠だが、競争によって非対称性によるレントが失われると、投資機会がなくなって、デフレが起こる。

日本の1%を下回る長期金利は、1619年にジェノバで記録された1.125%を下回る世界記録だが、これは偶然ではない。当時はブローデルのいう「長い16世紀」の終わりにあたり、イタリアの都市国家の商業資本主義がピークを過ぎた時代で、水野氏のいう「利子率革命」を経て、世界経済の中心はオランダやイギリスに移る。このような栄枯盛衰は資本主義の歴史の中で繰り返され、今は西洋世界から新興国に覇権の移行する時期だ。

資本主義は地理的な非対称性にもとづく商業資本主義から始まり、技術的な非対称性による産業資本主義をへて、資本力の非対称性で利潤を上げる金融資本主義に進化する。ここでは資本と情報で作り出される巨大な非対称性が、世界経済を振り回し、財政を破綻させる。本書のもう一つのテーマであるエネルギー・食糧問題も、金融資本主義によってバブル化され、ますます不安定化している。

かつてマルクスは、こうした資本主義の「無政府性」を共産主義でコントロールできると考えたが、今は資本主義に代わるシステムは考えられない。一時は世界政府の代わりをしていたアメリカの覇権も失われた今、ますます非対称化するグローバル資本主義をどうコントロールすればいいのか――本書も答を出していないが、7月からのアゴラ読書塾では、この問題をみなさんとともに考えたい。