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橋下vs山口論争について――現行教育委員会制度の裏にある日本に対する警戒心こそ解くべき(2/3)

渡邉 斉己

(続き)そこで、橋下氏が、この形骸化した教育委員会制度を機能させるための具体的方策として提出した「大阪府教育基本条例案」についてですが、はたしてこの案はこの問題を解決するための方策として妥当なものでしょうか。もちろん、この条例案は、あくまで現行教育委員会制度下における地方教育行政制度改革案であるわけですが、その狙いは、大阪府知事を大阪府の教育行政の最終の責任者とすると共に、府教育委員会を実質的に諮問機関化することを狙ったものです。


このことは、基本条例第6条と7条に次のように規定されています。

第6条 知事は、府教育委員を任命する権限のみならず、地方教育行政法の定める範囲において、府内の学校における教育環境を整備する一般的権限を有する。

2 知事は、府教育委員会との協議を経て、高等学校教育において府立高等学校及び府立特別支援学校が実現すべき目標を設定する。

第7条  府教育委員会は、前条第2項において知事が設定した目標を実現するため、具体的な教育内容を盛り込んだ指針を作成し、校長に提示する。

2 府教育委員会は、常に情報公開に努めるものとし、府内の小中学校における学力調査テストの結果について、市町村別及び学校別の結果をホームページ等で公開するとともに、府独自の学力テストを実施し、市町村別及び学校別の結果をホームページ等で公開しなければならない。」

実は、現行の教育委員会法(以下「地教行法」と称する)の下では、「地教行法」第24条の規定により、知事の学校教育に関する権限は、都道府県教委の予算に関する事務の執行の他、府立学校の体育を除くスポーツ及び文化財保護を除く文化に関する事務に限定されています。従って、第6条、7条の規定は「地教行法」違反となります。従って、ここで述べられているようなことを可能にするためには、現在の教育委員会制度を規定する「地教行法」の抜本的改正が必要となります。

また、橋下氏は、その大阪都構想において「政令指定都市である大阪市・堺市と大阪市周辺の市を廃止して特別区」とすることを提案しています。その特別区は「東京都をモデルとし、東京23区のように「大阪都20区」を設置。東京都23区を例にすれば20区内の固定資産税・法人税などの収入を都の財源とし、20区内の水道・消防・公営交通などの大規模な事業を都が行い、住民サービスやその他の事業は20区の独自性に任せる。」(wiki「大阪都構想」)としています。

では、この構想において、現在大阪市教育委員会の管理下にある市立小中学校の経営管理はどうなるのでしょうか。これについては、大阪府教育基本条例案第5条3以下の次の規定によって、そのおおよその見当をつけることが出来ます。

3 府内における小中学校教育は、市町村が次の各号に掲げる事項について主体的な役割を担い、府は補完的役割を担うべきものとする。
 一 小中学校の設置、管理及び廃止
 二 小中学校の教員の人事
 三 小中学校の校長、副校長、教員及び職員の研修
 四 小中学校の組織編制、運営

4 前項の理念を達成するため、府は、地方教育行政法第55条第1項に基づき、府内における市(但し、指定都市を除く。)町村立小中学校の府費負担教職員に対する府教育委員会の人事権その他の権限を、自治体としての規模や能力にも配慮しながら、できる限り当該市町村に移譲するよう努めなければならない。

5 府及び府教育委員会は、府内の市町村及び市町村教育委員会に対し、地方教育行政法第55条の2第2項に基づき、小中学校教育の体制が本条例の趣旨を反映したものとなるよう、必要な助言、情報の提供その他の援助を行う。

6 府及び府教育委員会が前項の助言、情報の提供その他の援助をするに当たっては、当該市町村及び市町村教育委員会の自主性を尊重しなければならない。

これを見ると、大阪市や堺市に新たに設置されることとなる区にも教育委員会が置かれることになるようです。そこには教員の人事権(=任命権)や研修権が、府や政令市から移管されることになります。といっても、大阪都はこれらの区及び教育委員会に対して、その自主性を尊重しつつも、「小中学校教育の体制が本条例の趣旨を反映したものとなるよう、必要な助言、情報の提供その他の援助を行う」権限を持つことになります。

なお、この区における区長と区教育委員会の関係ですが、おそらくこれは、本条第1項の規定「府における教育行政は、教育委員会の独立性という名目のもと、政治が教育行政から過度に遠ざけられることのないよう、選挙を通じて民意を代表する議会及び知事と、府教育委員会及び同委員会の管理下におかれる学校組織(学校の教職員を含む)が、地方教育行政法第25条に基づき、適切に役割分担を果たさなければならない」という規定に準ずる扱いになると思います。

しかし、「地方行法」第25条は、教委及び首長が行政事務を管理・執行するにあたっては法令に準拠して行わなければならないことを規定するだけであって、知事が教育行政に介入できる根拠となるものではありません。従って、この第5条に述べられていることも、第6,7条の場合と同じく、現行教育委員会制度を抜本的に改正しない限り実現不可能です。

といっても、これら各条に述べられた地方教育行制度の改革構想が無意味かというと、そうは言えず、先に紹介したような日本の教育委員会制度の形骸化の歴史を踏まえる限り、一定の説得力を持つ提案であることは間違いありません。というのは、まず、現行制度下の教育委員会は、地教行法第23条に規定する19項目に及ぶ教育事務の管理・執行機関としては全く機能しておらず、実質的には、教育長の諮問機関的な役割しか果たしていないからです。

また、現行法では、教育長はこの教育委員の中から選出されることになっていて(地教行法第16条2)、かつ、この教育委員は長が任命することになっている。さらに、教育委員会の予算に関する権限は教育委員会ではなく長が持っているのですから、結局、教育委員会という名の合議制(3人から6人)の教育事務の管理・執行機関は、現状を追認する限り、長の諮問機関として位置づけた方がよほどすっきりする、ということになります。

にもかかわらず、あえて、この合議制の教育委員会を長に対する独立の行政委員会と位置づけることは、長に対する一種の「不信」の表明となるのであって、橋下知事のように、行政組織の運営目標を明確に設定し、その下での無駄のない合理的な組織運営を行おうとする者にとっては、到底納得できることではないでしょう。まして、このように長に対する「不信」が表明される一方、教育委員会における実際の意志決定が、制度外の力によって左右される現実があるとすれば、この制度は、これらの組織のダミーではないかと言われても仕方ありません。

私は、以上のように考えて、橋下氏の大阪府教育基本条例案における地方教育行政事務の改善策については、一定の評価をしています。ただし、それはあくまで、今後の教育委員会制度改革を展望する中での一改善案としてであって、現行の教育委員会制度下における一地方自治体が制定する「教育基本条例案」としては評価できません。その組織規定は現行法に違反するだけでなく、その内容は半ば「教員等」の懲戒や分限に関する運用規定であって、教育基本条例と称するには余りに品位に欠けるからです。

そんなわけで、私は、前回の記事で、この大阪府教育条例案は早急に撤回し、それを形骸化した現行教育委員会制度を改革するための問題提起とすることを提案しました。なお、この条例案に含まれている「教員等」に対する懲戒や分限処分規定の厳格化が何を意味するかと言えば、端的に言って、それは教職の専門性やモラルに対する市民の不信の表明です。従って、こうした事態を抜本的に改善するためには、教員免許を国家資格試験にして、教員資格に対する国民の信頼を高める必要があります。

この場合、教員免許試験の受験資格については、学歴や年齢条件を撤廃する必要があります。一定の職業経験の後に教師を目指してもいいわけです。そうすることによって、採用段階の過当競争もなくなりますし、それに伴う情実人事も防げます。また、全国何処の学校でも公立・私立を問わず教員としてはたらくことが可能になります。懲戒・分限処分の対象になることももちろんあるでしょうが、逆にFA権を行使することも出来るでしょう。つまり、教師の専門職性を高めることで、現在の教職の「身分制」を打破することが出来るのです。(つづく)