はじめに
筆者は2021年11月22日にIINAにおいて「相次ぐ北朝鮮の新型ミサイル発射:日本にとっての安全保障上の含意とは」という論考を発表した。そこでは2021年9~10月に北朝鮮が集中してミサイル発射を行った経緯について整理・分析したが、北朝鮮はその後、2022年1月から3月末までの期間にも再び立て続けに新型ミサイルを含むミサイル発射を実施した。
この間、北朝鮮は注目すべきことに核実験とICBM発射の再開を示唆し、極超音速ミサイルや中距離射程以上の地上発射型弾道ミサイルの発射を再開し、更には2月末から3月末にかけて新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)たる「火星17」の複数回の発射にも実際に踏み切った。そして3月24日には最長射程1万5,000kmにもなり得る発射を(発射角度を上げて最高高度を高く採り、意図的に射程を短くする発射法である)ロフテッド軌道で行っている。このように、北朝鮮は2017年11月以来となる本格的なICBM級の弾道ミサイル発射の再開に既に踏み切っている。
こうした展開は今後の日本の安全保障に重大な含意を持つため、本稿は前回の論考の続編として、2022年1月から3月末までの北朝鮮のミサイル発射の動向をまとめたい。
北朝鮮の2022年1~3月末のミサイル発射について
北朝鮮の2021年9~10月のミサイル発射は、短期間に集中して新型ミサイルを含むミサイル発射を行ったことから注目に値するものであったが、2022年1月から3月末までのミサイル発射も同様に集中発射が目立つものであった。3月末の段階で年初からミサイル発射が11回、発射数で15発となっているが、特に1月に集中しており、ミサイル発射7回、発射数11発を記録し、これは北朝鮮が一か月で発射したミサイルの回数として過去最多であった。この中には、下記に述べるように新型の「極超音速ミサイル」と称するミサイルの発射が含まれ、更に同じ1月には核実験とICBM発射再開を示唆するという重大な方針転換も見られた。
その後、2月の動きは殆ど見られなかったが、2月末からは北朝鮮は新型のICBM級の弾道ミサイル「火星17」の発射を繰り返した。そしてついに3月24日、2017年11月以来となる本格的なICBM発射に踏み切った形である。以下、整理する(なおミサイルの諸元は断りない限り日本の防衛省の発表に基づく)。
① 1月5日:「極超音速ミサイルの試射」と称して弾道ミサイルを1発発射。射程は通常の弾道軌道だとすれば約500kmと見られたが、朝鮮中央通信は約700kmと発表、「極超音速滑空飛行戦闘部」の「側面機動技術の遂行能力を評価した」とした[1]。具体的には、「初期発射方位角から目標方位角へ120kmを側面機動して700kmに設定された標的を誤差なく命中した」と発表した[2]。最高高度は約50km。最高速度は韓国合同参謀本部(JCS)によれば約マッハ6。防衛省は新型弾道ミサイルと分析[3]。2021年10月の国防発展展覧会「自衛2021」で展示されていたとみられる。なお発射地点は慈江道一帯であった。
② 1月11日:同じく「極超音速ミサイルの試射」と称して弾道ミサイルを1発発射。射程は通常の弾道軌道だとすれば約700km未満と見られたが[4]、これ以上に及ぶ可能性があるとされ、また北方向への側面機動も見られた。朝鮮中央通信は「極超音速滑空飛行戦闘部」が「距離600km辺りから滑空再跳躍し、初期発射方位角から目標点方位角へ240km強い旋回機動を遂行して1,000km水域の設定標的を命中した」と発表した[5]。最高高度は約50km。最高速度は約マッハ10と見られる。滑空再跳躍する極超音速滑空体(HGV)の特性に加え、側面機動の特性も強く示したため、既存の弾道ミサイル防衛(BMD)システムでの迎撃が更に困難であるとみられる。発射地点は前回と同じく、慈江道一帯であった。
③ 1月14日:「鉄道機動ミサイル連隊の検閲射撃訓練[6]」と称して弾道ミサイルを2発発射。射程は通常の弾道軌道だとすれば約400km程度。最高高度は約50km[7]。最高速度は韓国JCSによれば約マッハ6。KN-23系列と見られる。発射地点は平安北道・義州であった。
④ 1月17日:「戦術誘導弾検収射撃試験[8]」と称して弾道ミサイルを2発発射。射程は通常の弾道軌道だとすれば約300km程度。最高高度は約50km[9]。最高速度は韓国JCSによれば約マッハ5。北朝鮮公表の写真から米国の陸軍戦術ミサイルシステム(ATACMS)に似るKN-24と見られる。検収射撃試験とするところからKN-24の実戦配備を示唆するとの見方もある。発射地点は平壌近郊の順安国際空港と見られる。
⑤ 1月19日:朝鮮労働党中央委員会第8期第6回政治局会議において、「今後の対米対応方向」につき、「米国の敵視政策と軍事的脅威がこれ以上、黙過できない危険ラインに至ったと評価」し、「暫定的に中止していた全ての活動を再稼働させる問題を迅速に検討することに対する指示を当該部門に与えた」とされる[10]。これは具体的には、2018年以来控えてきた大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射と核実験実施を再開することを示唆する。実際、以後の北朝鮮ではICBM発射と核実験再開の動きが見られるようになる。
⑥ 1月25日:「長距離巡航ミサイルシステムの更新のための試射」と称して、巡航ミサイルを2発発射。朝鮮中央通信は「朝鮮東海上の設定された飛行軌道に沿って9,137秒を飛行して、1,800km界線の標的の島を命中した」とする[11]。2021年9月に発射した長距離巡航ミサイルの「更新」版として性能向上している可能性あり(以前の発射では「7,580秒を飛行して1,500km界線の標的を命中した」としていた)。このミサイルも「自衛2021」で展示されていたとみられる。なお巡航ミサイルの発射は弾道ミサイルの発射と異なり、国連安保理決議違反とならないことに留意。
⑦ 1月27日:「地対地戦術誘導弾通常戦闘部の威力を実証するための試射[12]」として弾道ミサイルを2発発射。韓国JCSによれば射程は約190km、最高高度は約20km[13]。北朝鮮公表の写真からKN-23系列のミサイルと推測されるが、かなりのディプレスド軌道で発射した模様。こうした運用もできるとの誇示か。発射地点は咸興付近。
⑧ 1月30日:「火星12型の検収射撃試験[14]」と称して弾道ミサイルを1発発射。射程は約800km、最高高度は約2,000kmで30分程度飛行した[15]。発射地点は慈江道舞坪里。ロフテッド軌道での発射であり、射程を最大化するミニマム・エナジー軌道ならば最大5,000kmにも達する。この中距離弾道ミサイル(IRBM)たる「火星12」の発射は、地上発射型の中距離射程以上の弾道ミサイルの発射としては2017年11月29日の「火星15」ICBMの発射以来。1月19日の中央委員会政治局会議の決定を踏まえ、ICBM発射再開に向けた地ならしであったと推測される。また検収射撃試験とするところから、これで火星12が実戦配備されることも示唆する。なお、北朝鮮は今回の発射でミサイルの弾頭に設置されたカメラで撮影した地球の映像も公表した。
⑨ 2月27日:「偵察衛星開発実験[16]」と称して弾道ミサイルを1発発射。射程は約300km、最高高度は約600km[17]。発射地点は平壌近郊の順安国際空港。北朝鮮は弾頭に搭載されたカメラから朝鮮半島を撮影した写真を2枚公表した。北朝鮮はかつても「人工衛星」の打ち上げと称して「銀河3号」という実質的なICBMの発射を繰り返した経緯があり、今回も偵察衛星の打ち上げを口実にICBM発射の再開を企図したと見られた。
⑩ 3月5日:2月27日と同様、「偵察衛星開発のための重要実験[18]」と称して弾道ミサイル1発を発射。射程は約300km、最高高度は約550km程度[18]。発射地点は前回と同じく順安。軌道の特性から見てほぼ2月27日と同一のミサイルと思われるが、今回は打ち上げられた弾頭から撮影した写真は公表されなかった。
特筆すべきことに、上記の2月27日及び3月5日の弾道ミサイル発射に関して、米国防総省は3月11日、「これらの発射には北朝鮮が開発している新しい大陸間弾道ミサイル(ICBM)システムが含まれていると結論付けた」という分析を公表した[20]。そして、これは「2020年10月10日の朝鮮労働党のパレードで公開されていたもの」であるとした。同様に、日本の防衛省も同日、「発射されたものはいずれも大陸間弾道(ICBM)級の弾道ミサイルであり、2020年10月に実施された軍事パレードで初めて確認されたものと同一であるとの評価」に至ったと公表した[21]。
2020年10月に実施された軍事パレートで公表されたICBM級の弾道ミサイルとは、片側11輪の輸送起立発射機(TEL)に搭載され、2021年10月の国防発展展覧会「自衛2021」でも展示されていた新型ICBM「火星17」を指す。2月27日及び3月5日のミサイル発射は軌道特性としては準中距離弾道ミサイル(MRBM)であるように見えたが、実際には「火星17」のシステムを利用して短い射程で発射した模様である。これらの発射をICBM級の弾道ミサイル発射と見なすなら、2017年11月29日の「火星15」発射以来の発射となり、日米韓にとってのその戦略的意味合いは言うまでもなく重大であるが、続く16日、24日の発射を踏まえれば、これらはまだ前段階に過ぎなかった。
⑪ 3月10日:金正恩が国家宇宙開発局を現地指導したと報道された[22]。この中で金正恩は「第8回党大会が示した国防力発展5大重点目標の達成で偵察衛星開発の分が大変重大」であると述べ、「軍事偵察衛星の開発と運用の目的は南朝鮮地域と日本地域、太平洋上での米帝国主義侵略軍隊とその追随勢力の反朝鮮軍事行動情報をリアルタイムで朝鮮武力に提供することにある」とした。そして、このために「5ヵ年計画期間内に多量の軍事偵察衛星を太陽同期極軌道に多角配備」するという目標を掲げた。これは、北朝鮮が単に偵察衛星の打ち上げをICBM発射の口実とする意味のみならず、多量の偵察衛星打ち上げを理由にICBMの複数個別誘導再突入体(MIRV)搭載能力の獲得を目指す可能性を示唆する。なお、金正恩はこの翌日(3月11日)、平安北道東倉里の西海衛星発射場も視察している[23]。
⑫ 3月16日:北朝鮮が2月27日及び3月5日の発射場所と同一地点(順安)で発射のための土台設置を行ったことが予め確認されており[24]、ミサイル発射が予期されていた。しかしこの発射は「正常に飛翔しなかった[25]」と推測されており、韓国JCSによれば「高度20km以下で空中爆発した[26]」とされる。北朝鮮が公表しないため正確には不明であるが、本ミサイルも「火星17」であると推測されている。
⑬ 3月24日:北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、防衛省によればその最高高度は6,000kmを超え、飛翔距離は約1,100km、約71分飛行し、北海道の渡島半島の西方約150kmの日本海(日本の排他的経済水域=EEZ内)に落下したものとされた[27]。発射地点は2月27日以来の発射と同じく順安であった。ロフテッド軌道の形ではあったが、明らかなICBM級の弾道ミサイル発射であり、こうした発射としては2017年11月29日の「火星15」発射以来の出来事である。防衛省はこれを「新型のICBM級弾道ミサイル」と評価した。翌日、北朝鮮は自らこれを「火星砲-17(上記の「火星17」)」の試射であったと発表し、一連の写真を公表した[28]。その中で、このミサイルは「最大頂点高度6248.5kmまで上昇し、距離1090kmを4052秒飛行して、朝鮮東海の公海上の予定水域に正確に弾着した」と主張した。これらの諸元は2017年11月の「火星15」のそれ(最高高度4,475km、飛翔距離950km、53分飛行)を大きく上回っており、もし射程を最大化できるミニマム・エナジー軌道で発射された場合、その射程は「1万5,000kmを超える」ものとなり得ると評価されている[29]。すなわち、この射程は南米大陸を除く地球上のあらゆる場所を標的にし得るものであり、米国の東海岸を含む北米大陸全てを射程内に含め得る。このような射程を持つICBMが米国にとっての深刻な脅威となることは言うまでもない。
尤も、本稿執筆時の3月末時点の報道によると、3月24日の発射が本当に「火星17」であったかには異論があるとされる。韓国国防部が29日に韓国国会の国防委員会に提出した資料によれば、韓国軍としてはこの発射は既存の「火星15」であり、「火星17」とするのは北朝鮮の偽装であるとされている。その根拠としては、3月16日の発射に失敗した北朝鮮が最短時間内に「成功のメッセージ」を平壌の住民に伝える必要性から、既に発射に成功し信頼度の高い「火星15」を代わりに発射したとする[30]。また、今回発射されたICBMのエンジンノズルが、4個とされる「火星17」ではなく「火星15」と同じく2個であったとされる他、1段目のエンジンの燃焼時間も「火星15」とほぼ同じだったとされており[31]、こうした点からも24日の発射が実は「火星15」であった可能性が高いとされている。なおこの場合、北朝鮮が24日の発射後に公表した「火星17」とされる一連の写真や映像は、16日などそれ以前に撮影した映像の使いまわしであることになる。
韓国軍としては上記の分析について「米側も詳細な分析を進めており、火星15と断定はしなかったが可能性が高いと分析した」としているが、他方でこの分析は確定したものとまでは言えず、例えば同じ韓国でも国家情報院は「火星17」の発射との推定を維持しているとされており[32]、また日本政府も3月28日の松野博一官房長官の記者会見で「政府としては飛翔の高度などを含め、諸情報を総合的に勘案した結果、今般発射されたのは新型のICBM級の弾道ミサイルであると考えており、現時点で分析に変更はありません」と述べているように、日本政府として「火星17」の発射であるとの分析を変えていない[33]。よって本件は3月末時点では確定的な判断ができないが、ひとまず北朝鮮の主張通り「火星17」の発射であると受け止めておくのが無難であるように思われる。
なお北朝鮮が「火星17」のような米国の東海岸をも含む射程のICBMを保有することの日米韓にとっての戦略的含意であるが、北朝鮮がこうした核弾頭搭載型のICBM(とりわけ複数弾頭を搭載可能な=MIRV化されたICBM[34])を保有して米国を核恫喝できるようになれば、米国としては朝鮮半島における紛争時に外部から軍事介入することが困難になる恐れが生じる。介入すれば米本土に核反撃するとの威嚇が行われた場合、米国としてそのリスクを冒すか否かが問われるからである[35]。のみならず、北朝鮮のICBM開発は第一義的には金正恩体制の打破に繋がる米国からの攻撃を抑止することにあると考えられるが、同時に北朝鮮が米国の軍事介入を防ぎつつ、より低い紛争次元(グレーゾーンやローエンド紛争に相当する侵害等)で日韓に対して挑発行為を行うことを容易にするとも考えられる。米国の介入が抑止され、エスカレーションに一定の歯止めが生じるならば、北朝鮮としては安心して日韓に対して低い次元での侵害行為を仕掛けることが可能になるからである。よって、北朝鮮のICBM保有は決して日韓にとっても無関係の話ではない。むしろ間接的ながら日韓にとっても安全保障上の負の作用が大きい出来事と受け止めるべきである。
総括
北朝鮮の2022年1月から3月末までのミサイル発射で注目されるのは、以下の点である。第一に、北朝鮮が1月にはっきりとICBM発射と核実験再開に向けた方針転換を宣言し、実際に2月末から3月末にかけて新型ICBMの発射に踏み切ってきたことは、重大な局面転換である。北朝鮮は2017年11月に「火星15」の発射に成功して以来、中距離射程以上の弾道ミサイル発射に対するモラトリアムを宣言し、2019年5月以降、短距離弾道ミサイル(SRBM)の発射を繰り返すようになってからも原則として中距離射程以上の発射は行ってこなかった。しかし1月に「火星12」IRBMの発射を行い、2月末以降、ICBM級の弾道ミサイルの発射を本格的に再開したことは、このモラトリアムが終了したことを示している。今後、北朝鮮は更に中距離射程以上の弾道ミサイルの発射を繰り返すほか、ICBM弾頭のMIRV化も企図すると考えられる。加えて、北朝鮮は過去に爆破した豊渓里(プンゲリ)の核実験場の3番坑道を修復中とされており、4月中旬には7回目の核実験が可能になるとも伝えられている[36]。今後、北朝鮮の更なる重大な挑発行為が予期される状況にある。
第二に、ICBM級の発射以外でも、1月に北朝鮮が日本にとって直接的に脅威となる各種ミサイルの集中発射を行ったことは警戒すべきである。とりわけ2回にわたる新型の「極超音速ミサイル」の発射は、これらが2021年9月に発射した「火星8」とはまた別の極超音速滑空体(HGV)搭載の弾道ミサイルであると見られ、射程が700~1,000kmと、(200kmに満たなかったとされる)「火星8」の発射より大幅に延伸していること、そして強い側面機動の飛行特性を示したことを踏まえれば、日本にとって脅威である。射程の延伸は、従来は日本に届かなかったミサイルが本格的に日本を射程圏内に含めることを意味し、HGV技術の成熟は、既存の弾道ミサイル防衛(BMD)システムによる迎撃がますます困難になることを意味するからである。のみならず、北朝鮮が更に性能を向上させたと主張する新型の「長距離巡航ミサイル」を発射した点、そして今回の発射で「火星12」の実戦配備が行われるとみられる点も、日本としては注目すべきであろう。
第三に、1月に集中発射した後に、2月27日まで約一か月間、ミサイル発射の期間が空いたことからは、中朝関係の蜜月が窺える、ということである。北朝鮮がこの期間にミサイル発射を行わなかったのは、2月4日から20日まで続いた北京冬季五輪の期間を避けたためであろう。中朝は新型コロナの流入を嫌う北朝鮮が国境閉鎖をしたために長らく列車の往来が途絶えていたが、1月17日にはそれも約2年ぶりに再開されている[37]。安保理常任理事国である中国は、本来ならば安保理決議違反となる北朝鮮の弾道ミサイル発射を非難すべきであるが、これを非難すべく安保理が緊急会合を繰り返し開催しても、中ロの反対で関係国の一致した対応は阻まれている[38]。北朝鮮がICBM発射を本格的に再開した後でさえ、制裁の強化を主張する米国に反発する中ロはむしろ制裁緩和を主張しており[39]、北朝鮮に対する安保理の対応は乱れている。
折しも2月24日にロシアがウクライナ侵攻を開始したことで[40]、国連安保理は現在深刻な機能不全に陥っているが、こうした中で北朝鮮がミサイル発射を繰り返すことは、既に中ロや中東への対応といった難題を抱える米国や日本の負担感を更に高める結果となり、中国としては戦略的に都合がよいであろう。日本としては、年末に国家安全保障戦略や防衛大綱/中期防の改定を控え、「敵基地攻撃能力」保有を含めた防衛力の抜本強化に向けて、待ったなしの状況が続くことになる。
※追記
なお本稿脱稿後の4月16日までの北朝鮮の動きについて追記する。北朝鮮は金日成生誕110周年となる4月15日に核実験など追加の挑発行為をすることが予測されていたが、実際には慶祝中央報告大会および平壌市民パレードが実施された[41]ものの、その他の動きは見られなかった。
しかし翌日の16日午後6時頃、短距離弾道ミサイルを2発発射した。韓国合同参謀本部によれば、射程約110km、最高高度約25km、最大速度マッハ4の発射であった[42]とされる(発射地点は咸興)。更に翌日の17日、朝鮮中央通信は「新型戦術誘導兵器」の試射であったとし、金正恩も参観したと発表した[43]。同時に公表された写真を見ると、このミサイルはKN-23系列であったことが窺える。
16日の発射は、弾道ミサイルとしては凡庸な諸元であったが、特筆すべきは朝鮮中央通信がこれについて「戦術核運用の効率と火力任務多角化を強化する上で大きな意義を持つ」としていることである。すなわち、この発射は北朝鮮としては初の戦術核搭載を意図した弾道ミサイル発射であった可能性が高い。だからこその金正恩の参観となったとも推測される。
このことから今後予想される北朝鮮の核実験の性質も、戦術核弾頭の開発を意図したものとなる可能性が高いと推測できる。なお4月25日には朝鮮人民軍の創建90周年を記念して軍事パレードが実施される可能性もあり、北朝鮮の今後の動向に引き続き注目が必要である。
(了)
(2022/04/08)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Next Phase of North Korean Missile Tests:A New ICBM and Other Developments, January–April 2022
脚注
- 1 北朝鮮の主張する「側面機動」とは、通常の弾道ミサイルには見られない、左右の水平方向に旋回する機動を指す。
- 2 「国防科学院が極超音速ミサイルを試射」『朝鮮中央通信』2022年1月6日。
- 3 「防衛大臣臨時記者会見」防衛省『報道資料』2022年1月6日。
- 4 「北朝鮮のミサイル等関連情報(続報)」防衛省『報道資料』2022年1月11日。
- 5 「主体的国防工業の指導史に刻んだ朝鮮労働党の輝かしい功績を再び全世界に誇示」『朝鮮中央通信』2022年1月12日。
- 6 「鉄道機動ミサイル連隊の検閲射撃訓練」『朝鮮中央通信』2022年1月15日。
- 7 「北朝鮮のミサイル等関連情報(続報)」防衛省『報道資料』2022年1月14日。
- 8 「戦術誘導弾検収射撃試験」『朝鮮中央通信』2022年1月18日。
- 9 「北朝鮮のミサイル等関連情報」防衛省『報道資料』2022年1月17日。
- 10 「朝鮮労働党中央委員会第8期第6回政治局会議」『朝鮮中央通信』2022年1月20日。
- 11 「国防科学院が重要兵器の試射を行う」『朝鮮中央通信』2022年1月28日。
- 12 同上。
- 13 鈴木拓也「北朝鮮、日本海に向け短距離弾道ミサイル2発を発射か 韓国軍が発表」『朝日新聞』2022年1月27日。
- 14 「「火星12」型の検収射撃試験」『朝鮮中央通信』2022年1月31日。
- 15 「北朝鮮のミサイル等関連情報」防衛省『報道資料』2022年1月30日。
- 16 「国家宇宙開発局と国防科学院が偵察衛星開発のための重要実験を行う」『朝鮮中央通信』2022年2月28日。
- 17 「北朝鮮のミサイル等関連情報」防衛省『報道資料』2022年2月28日。
- 18 「国家宇宙開発局と国防科学院が偵察衛星開発のための重要実験を行う」『朝鮮中央通信』2022年3月6日。
- 19 「北朝鮮のミサイル等関連情報(続報)」防衛省『報道資料』2022年3月6日
- 20 “Statement by Pentagon Press Secretary John Kirby on Recent DPRK Missile Tests,” U.S. Department of Defense, March 10, 2022.
- 21 「北朝鮮のミサイル等関連情報」防衛省『報道資料』2022年3月11日。
- 22 「金正恩総書記が国家宇宙開発局を現地指導」『朝鮮中央通信』2022年3月10日。
- 23 「金正恩総書記が西海衛星発射場を現地指導」『朝鮮中央通信』2022年3月11日。
- 24 「ミサイル発射用土台設置か 北朝鮮、米軍は警戒飛行」『日本経済新聞』2022年3月15日。
- 25 「北朝鮮のミサイル等関連情報」防衛省『報道資料』2022年3月16日。
- 26 「北朝鮮が火星17型発射、平壌上空20キロで空中爆発」『中央日報』2022年3月16日。
- 27 「北朝鮮のミサイル等関連情報」防衛省『報道資料』2022年3月24日。
- 28 「チュチェ朝鮮の絶対的力、軍事的強勢 力強く誇示 新型ICBMの試射断行 金正恩総書記がICBM「火星砲-17」型の試射を指導」『朝鮮中央通信』2022年3月25日。
- 29 「防衛大臣記者会見」防衛省『報道資料』2022年3月25日。
- 30 「北朝鮮 住民がICBM失敗目撃し既存型発射と分析」『聯合ニュース』2022年3月29日。
- 31 「北朝鮮発射のICBMは「火星15」 新型と虚偽発表か=韓米分析」『聯合ニュース』2022年3月27日。
- 32 「北朝鮮「火星17型発射した」とするが…韓国軍当局は火星15型と推定」『中央日報』2022年3月28日。
- 33 「北朝鮮ミサイル 日本政府は「新型ICBM」の見解維持」『毎日新聞』2022年3月28日。
- 34 北朝鮮がICBMのMIRV化を意図する背景としては、米国の弾道ミサイル防衛(とりわけアラスカ及びカリフォルニアに配備される地上配備型ミッドコース防衛=GMDシステム)の打破を念頭に置いているためと考えられる。
- 35 同様のロジックは日本に対する「火星12」のようなIRBMの脅威でも成り立つ。朝鮮半島で紛争が起こる時、北朝鮮によって日本が在日米軍の紛争介入を認めれば核攻撃するとの威嚇がなされる場合には、日本もそのリスクを冒して在日米軍の出動を認めるか否かが問われることになる。
- 36 「北朝鮮 来月にも核実験可能か=坑道の復旧作業加速」『聯合ニュース』2022年3月27日。
- 37 「中朝、貨物列車を再開 貿易正常化に助力-中国外務省」『時事通信』2022年1月17日。
- 38 北朝鮮の弾道ミサイル発射を巡り、国連安保理は1月10日、1月20日、2月4日、2月28日、3月7日、3月25日と6回も緊急会合を開催しているが、いずれも中ロの反対で制裁強化どころか安保理としての共同声明さえ出せていない。
- 39 「国連安保理 北朝鮮ICBM発射で公開での緊急会合 米中が対立」『NHK』2022年3月26日。
- 40 ウクライナ侵攻の過程でロシアは9K720「イスカンデル」SRBMや3M14TE「カリブル」巡航ミサイルを多用していると見られ、改めて現代戦におけるミサイルの脅威が注目されている。日本にとっての北朝鮮のミサイル脅威は、核弾頭搭載型だけでなくより精密な通常弾頭を搭載したものや生物化学弾道などを搭載するものを含むものとなりつつあり、総合的なミサイル防空の態勢整備が急務と言える。なお1990年代半ば以降、北朝鮮の弾道ミサイル、特に日本にとって脅威となるMRBM以上の射程(射程1,000km~)の弾道ミサイルについては、将来的な核弾頭搭載能力を懸念する一方、主として都市などのソフトターゲットを目標とした通常弾頭や化学-生物弾頭を想定していた。このため、ミサイルの命中精度(半数必中界=CEPの値)についてはそれほど意識されることがなかった。指揮通信施設や武器弾薬貯蔵施設、あるいは艦艇や航空機の基地に対する攻撃を除けば、ミサイルの精度はそれほど重要な要素でないと思われたためである。しかし、近年の北朝鮮は「イスカンデル」に類似したKN-23及びその発展形のような、命中精度が高いと考えられるSRBMの発射を繰り返しており、北朝鮮東部沿岸の小島(射爆場)を精確にピンポイント打撃するような発射も実践している。この点を踏まえると、北朝鮮は特に射程1,000km未満のSRBMについては命中精度の高い通常弾頭搭載型の運用を意識しているとも考えられ、これはとりわけ韓国内部の在韓米軍の拠点等を打撃する目的としては意義があると考えられる。とはいえ、射程1,000kmは北朝鮮南東部からの発射であれば西日本の大半を射程に含むし、こうしたSRBMの誘導技術が今後、MRBM以上の射程の弾道ミサイルに応用されないとも限らない。日本としても北朝鮮が命中精度の高い弾道ミサイルを通常弾頭搭載型としてピンポイントのハードターゲットに対して運用する可能性を意識する必要がある。
- 41 「金日成主席の生誕110周年慶祝中央報告大会および平壌市民パレードが盛大に行われる 金正恩総書記が出席」『朝鮮中央通信』2022年4月16日。
- 42 「北朝鮮、「新型戦術誘導兵器」試射 核戦力を強化=KCNA」『ロイター』2022年4月17日。
- 43 「金正恩総書記が新型戦術誘導兵器の試射を参観」『朝鮮中央通信』2022年4月17日。