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コラム

    • 平成の終わりに想うこと

    • 2019年02月26日2019:02:26:04:46:23
      • 澤倫太郎
        • 日本医師会総合政策研究機構
        • 研究部長

1.象徴天皇の旅路

 

昨年暮れの天皇誕生日の記者会見から今日まで、報道各社は30年に及ぶ天皇の道行きを伝えている。美智子皇后を同伴者として、象徴としてのあるべき道を求めた30年を、天皇としての旅路の道程にたとえた御言葉に心揺さぶられた国民は私だけではなかったであろう。
 
平成になってこのかた、我が国は多くの自然災害の惨禍に見舞われてきた。天皇は皇后とともに、その都度、被災地を訪ね、人々を見舞い、励まされてこられた。その姿を、多くの国民は、テレビ等の報道を通じて目のあたりにしてきた。敗戦後、全国を巡行され戦争で傷ついた人々を見舞い、励まされた昭和天皇のお姿に重ね合わせた人も、また少なくないであろう。
 
天皇の30年に及ぶ在位期間に、国内の多くの場所に行幸をされ、また海外も訪問されてきた。我が国の戦没者だけでなく、連合軍や、現地の人々の慰霊の旅も一度や二度ではない。皇太子時代のひめゆりの塔の事件以降も、幾度となく沖縄に足を運ばれ、国内で唯一地上戦が行われた沖縄の悲劇にも心を寄せてこられた。
 
 

2.思考・構想・実行・継承

 

我が国の皇室は、現存する世界の皇室王室の中でも最も長い歴史と伝統をもつ存在である。3、4世紀には大和に王権が成立したと見る解釈が、歴史学的にも有力である。現皇室の直接の祖先である可能性が高い継体天皇を始祖としても1,500年を超える歴史を持つ。
 
その長い歴史の中で、皇室はさまざまな変遷を遂げ、今日まで皇統を繋いできた。実力でまさに統治をしてきた奈良時代以前あり方がかわり、実質的に統治する権力を手放した後も、長く、統治の権威の源泉として存在し続けてきた。まさに、「君臨すれども統治せず」の姿である。明治以降、西欧的国家像を求めた日本の歴史は、プロイセン型君主像を基にした天皇像を生み出した。
 
そして、敗戦後、統治者である君主から、国と国民の象徴へとその姿を変えたのである。これは、新たな姿への変容であると同時に、長く我が国の歴史の中で培ってきた、「天皇」の姿への回帰であったかもしれない。敗戦後、即位された今上天皇は、自らの立場と、法の正義と、歴史と、社会のありようを熟慮され、自らの信じる象徴としての姿を希求されてきたのであろう。
 
日本型経営や、国のありように危うさが見え隠れする今日、この皇室の歴史と、天皇が歩んでこられた道行は、われわれにひとつの示唆を提示しているのかもしれない。そして、その今上天皇の象徴天皇としての道行きは終わりを告げ、日本は、新たな天皇が即位される時代の境目にたっている。
 
 

3.時代の変わり目に

 

この時代の境目に、われわれ日本医師会は、いかなる変容を遂げ、歴史に対する使命を果たしていくべきか考えなければならない。
 
かつて、医師会の役員選挙は、「キャビネット制」と称しているものであった。まず会長を選挙で選び、それ以外の役員は、会長の意思を反映して選ばれるものであった。
 
現・横倉義武会長は2012年に会長に就任しているが、この年から役員選挙は、「個別選挙キャビネット制」と称するものに変更された。それぞれの役職ごとに選挙が行われ、その選挙で当選した役員によって役員会が組織されるようになったのである。
 
その結果、役員会で会長の意向がストレートに反映されることのハードルがあがった。求心力が低下し、遠心力が働きやすくなる環境ができたのである。
 
その変化があったにもかかわらず、近年短期政権が続いた日本医師会の中で、現横倉会長は4期目を勤め、安定した組織運営が実現している。
 
組織のガバナンスは、組織の長の個人的資質に頼る傾向が強くなりがちであるが、今後を考えると、組織そのもの、組織の活動などの承継について、より合理的な制度を取り入れる必要があるかもしれない。
 
 

4.世界医師会に学ぶ

 

ラッセル・アインシュタイン宣言で示された危惧に象徴されるように、われわれが到達しうる、知見や技術の成果と、それを制御し、社会に位置づけ、有効に運用していく知性の強靭さのアンバランスは危機的であるかもしれない。AI、ロボット、新たな医科学の発見と、それをコントロールし、人類の社会にどう適合させ、いかなる制度を設計すべきか。大きな課題が、われわれに突きつけられている。
 
この環境の中で、今後ますます重要になるのが、人と人のつながり、意思の疎通、情報の共有など、「見えない資産」の活用である。組織にあってはその資産の承継である。
 
日本医師会の「個別選挙キャビネット制」には、役員の多様化がすすみ、各役員の持ち味を日本医師会の活動に生かす環境が作りやすいという利点がある。その利点を生かしながら、会長や役員の選挙のたびにその資産が合理的に承継されず、分断されるのではなく、円滑に「見えない資産を」承継、発展させてゆける仕組みを考えることも必要であろう。
 
ここで参考になると思われるのが世界医師会の制度である。前会長、現会長、次期会長の3者が会長会を構成し、それぞれが公式行事等において世界医師会を代表して活動をするのである。長年、医師会の国際事務局を担った鶴岡慶氏によれば、この制度ができた背景には、会長職の円滑な継承という戦略的な狙いがあったという。
 
これに学ぶ戦略を、新たな時代の日本医師会のガバナンス改革の柱としてはどうであろう。現会長に前会長と次期会長候補者が定期的に会合を設け、将来の日本医師会と医療のあり方について、真摯に話し合う場を設ける制度の設計である。新たな歴史への流れの中で、知恵を絞り、外に学び、あるべき姿を模索する改革である。
 
以上が、天皇の譲位と歴史の変わり目に、思いをはせ、私がたどり着いた日本医師会の将来への提案である。
 
 
 
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澤倫太郎(日医総研 研究部長)

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