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小児白血病の
治療
1. 小児白血病の治療
―イントロダクション
2. 命を救われた少女
3. 標的を特定する
4. 鍵と鍵穴
5. 生産ラインを遮断する
6. 初期の化学療法
. 仮説に賭ける
8. 系統的な医学研究
9. 新たな展望
10. クレジット
小児白血病の治療 ―イントロダクション
 ガンは気づかぬうちに進行する。犯人は外部からの侵入者ではない。際限なく増殖し続けるようになった私たち自身の細胞だ。味方と敵の区別が難しいため,健康な細胞を傷つけずにガン細胞を狙い撃ちにするのは困難だ。しかも,正常な細胞と違って,ガン細胞には暴走を止める安全装置が備わっていない。この記事で取り上げた小児白血病を含め,現在のガン治療のほとんどは,安全装置なしにガン細胞が増殖するという事実を踏まえて開発されたものだ。細胞の増殖を阻止できれば,ガン細胞は正常細胞よりも大きな打撃を受けて,再発も防げるだろう。

 20世紀に行われた基礎研究によってさまざまな発見がなされ,細胞に関する知識が確立した。小児白血病の治療法はこの知識に基づいており,ガン細胞を破壊する合理的な方法の先駆けとなった。細胞の中では,まるで工場の製品組み立てラインのように,たくさんの化学反応が次々に生じていることが基礎研究から明らかになった。これらの反応は細胞の「代謝」といわれ,代謝によって食物が脂肪や筋肉やエネルギーに変えられている。前の工程から流れてきた材料が次の工程で加工されるので,どれか1つの工程が不完全なだけでも,生産ラインは停止してしまう。そこで科学者たちは,細胞の増殖に不可欠な化学物質(DNAの構成要素)に手を加えて別の化学物質を作り,細胞がこの化学物質を本来の化学物質と間違えるように仕向けて細胞の働きを邪魔する戦略を考えた。このように細胞の代謝を妨害する物質を「代謝拮抗物質」という。多くの代謝拮抗物質がガンのほか痛風や細菌感染,ウイルス感染など多くの病気の治療薬として利用されている。

 ガンとの戦いは華々しい短期決戦というよりも,消耗戦というに似つかわしい。過去40年間にわたって繰り広げられた小児白血病の研究も例外ではない。今では小児白血病患者のほとんどが治癒するが,それを可能にしたのが,この記事で取り上げた代謝拮抗薬だ。この薬の基礎となった概念は,細胞の化学的な働きを解明した広範な研究に基づいている。そうした研究に携わった科学者たちは,彼らの発見が最終的に米国の3万人もの子どもたちの生命を救う薬につながるとは想像もしていなかった。
   
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原文はNASのBeyond Discoveryでご覧になれます。
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