[go: up one dir, main page]
More Web Proxy on the site http://driver.im/
コラム

解雇規制緩和はジョブ型雇用とセットでなくては機能しない

2024年09月25日(水)16時30分

本来なら30年前のバブル崩壊後に始めるべきだった議論 photoAC

<仕事を標準化すること、高度な業務のスキル教育を実現することが条件となる>

解雇規制緩和の議論が始まっています。この議論ですが、本来であれば、バブル崩壊後の変革期に始まっても良かったのです。少なくとも1990年代において、電算化と国際化の中で、対応のできない人材を別の分野に適正化させる一方で、新しい世代の若い労働力に入れ替える必要があったのです。仮にそうなっていたら、これだけの超長期にわたって日本経済が衰退することもなかったと考えられます。

では、解雇規制を緩和して、企業の社内も、また労働市場も完全に実力主義にしていけば、それが全体最適なのか、問題は単純ではありません。日本型雇用の硬直した制度が改革されさえすれば、全体が成長してゆく中で個々人にもトリクルダウンと機会の拡大という恩恵があるのかというと、そう簡単ではないのです。解雇規制の緩和を成功させるのには、どうしても一つの条件が達成されなくてはならないからです。

それは、スキルの標準化ということです。


わかりやすい例が旅客機のパイロットです。パイロットになるには免許が必要で、国家資格である操縦士免許と機種別免許が必要です。機種別というのは、例えばボーイングの場合は777とか787、あるいは737シリーズ、エアバスなら350などといったモデル別ということです。機種が異なれば操作方法も違い、機体のサイズなども異なるからです。

反対に同じ機種であれば、ある会社を辞めて別の会社に採用されても、機種が同じであれば同じようにパイロットとして働けます。どうしてかというと、同じモデルであれば機体が同じでコクピットの設計も同一だからです。つまり、機体が標準化されていることが大きいわけです。最近では、例えばボーイングの777と787については、操作方法が近いし機体サイズが似ているため、同じ機長が双方の機種に乗務する混合乗務というのがありますが、これも両者の操作方法がある程度は標準化されているからです。

「自己流」だった仕事のやり方を標準化する

このような「スキルの標準化」ということが成立していれば転職は容易になります。また、パイロットという職業がそうであるように、スキルが「事前に人についている」のであれば、労働市場における評価も客観的なものになるのです。

これをパイロットだけでなく、一般のオフィス、工場、店舗などの様々な職種において確立していかなければなりません。

そのためには、2つのことが必要です。

1つは、それぞれの企業や産業、あるいは官庁などが「自己流」でやっている仕事の進め方を相当程度に標準化することです。今でもあると思いますが、自分の会社の経理業務は長い歴史のある独特のものなので、大学で財務会計を勉強するなどの「色のついた人材」は困るという企業が結構あります。そうではなくて、地頭(じあたま)が良くて計数に強く誠実な人物を「白紙からOJTで鍛える」などと言うのです。

教育を企業がやってくれるので一見すると初心者でも活躍できそうですが、この種の育成方法では、スキルの過半が「その企業でしか役に立たない自己流」になってしまいます。これでは、そうしたキャリアは、どんなに立派でも他社では通用しません。

そうではなくて、経理などの間接部門だけでなく、商品管理、生産管理、物流などの現場の仕事もある程度標準化して、その分野での経験が他の企業でも活かされるようにするべきです。これは社会全体でDXを成功させるためにも必須の条件です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

香港、民主活動家ら6人指名手配 懸賞金も

ワールド

略奪でガザの食料供給機能不全、イスラエルの対策言明

ワールド

イラン、ワッツアップなどの禁止解除 ネット規制緩和

ワールド

アメリカン航空が米国で全便運航停止、約1時間後に解
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシアの都市カザンを自爆攻撃
  • 3
    9割が生活保護...日雇い労働者の街ではなくなった山谷の「現在を切り取る」意味
  • 4
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 5
    「自由に生きたかった」アルミ缶を売り、生計を立て…
  • 6
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 7
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 8
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 9
    「オメガ3脂肪酸」と「葉物野菜」で腸内環境を改善..…
  • 10
    日本製鉄、USスチール買収案でバイデン大統領が「不…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 4
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 5
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 6
    9割が生活保護...日雇い労働者の街ではなくなった山…
  • 7
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシ…
  • 8
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    トランプ、ウクライナ支援継続で「戦況逆転」の可能…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 6
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 7
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 8
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 9
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
  • 10
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story