ユナイテッドアローズ 「奉仕の精神がないとできない仕事です」 大卒4年目で年収290万円、2年で1065人退職
社員を〝自転車操業〟で使い捨てていくビジネスモデル
「2年間で1千人退職」への対応を記す「人事部からのお知らせ」を解説するインタビュイー |
「さすがに、給与が割に合わなすぎるので辞めました。限界です」――。コロナ禍で主力の対面販売が逆風を受け、正社員全体の88%を占める3149人が年収330万円以下で働く、アパレル大手・ユナイテッドアローズ。取締役3人は計1.6億円の役員報酬をとる一方、現場社員は疲弊し、退職に追い込まれている。特に入社4年目までの若手は、黒字復帰して3年になる今なお、賞与が0.5ヶ月×2(夏冬)の計22万円、手取り年収260万円が、同期一律で4年も続いている。時給は牛丼チェーンのバイトより安く、転勤はあるが住宅補助はない。「普通のサラリーマンと違って、ネイルやヘアスタイルも自由がいい、派手なファッションで働きたい、と思って入社しましたが、ここまで低いなら、もういいや、と」。大卒から4年ほど勤めて今年辞めた元社員に、年500人ずつ辞めていく〝従業員自転車操業〟の実情を聞いた。
- Digest
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- ファッション系やりがい搾取企業
- 「社員の信頼」失った人件費カット
- トカゲの尻尾切り戦略
- 副業(公式)は6%だけ
- 「7割引き」の社割がポイント
- 歩合制ではない
- 「今月のトップ100人」を毎月共有
- 平均単価13000円、1日10万円売る
- 「セールスマスター制」で生涯販売員を育成
- 上位3~4%に入れればOKだが…
- キャリアパスと報酬
- タレントパレットで人事管理
入社4年目(2023年)の夏冬の賞与振込み額と、6・12月の給与振込額 |
ファッション系やりがい搾取企業
「1回のボーナス振込み額が9万とか10万円。我慢していれば上がるわけでもなく、4年間ずーっと。コロナ禍で赤字転落した時はわかりますが、翌年(2022年3月期)の黒字復帰時の臨時ボーナスも、全員に数万円だけ。さすがにおかしいと思いました」(20代元社員、以下同)
黒字の上場企業で、正社員の「1回のボーナス」が、1桁万円だという。にわかには信じがたいので銀行口座推移を見せて貰ったら、2023年12月8日のボーナス振込額が、確かに9万4千円余りだった。同年6月のボーナスも、ギリギリ2桁に乗った10万円余り。
グレード別の賞与基準月数(人事制度ハンドブックより) |
これは、同期一律で、年間支給額が「基本給の1か月分」だから、だという。しかも、社員全体の88%を占めるF1・F2グレード(店長未満の、現場社員クラス)は全員が1か月分と決まっており、30歳くらいから昇格する店長クラス(Lグレード)でも2か月分だ。
客観的に見ると、若者を貧困に陥れながら使い捨てて利益をあげる典型的な「やりがい搾取」である。
この給与に耐えられる人は少なく、離職率は当然のように高水準で推移している。
「退職者はイントラで公表されますが、入社4年で、204人いた自分の新卒同期は、この春で、半分残っているか、いないか、ぐらいまで減りました」
4年で5割の離職率なら、一時期のブラックざかりだったユニクロ(→3年で46.2%)並みである。
「社員の信頼」失った人件費カット
「人事部からのお知らせ」(山崎万里子・最高人事責任者より)。平均年収を突然80万円カットした結果、給料に不満を持つ人が大量退職した結果、「タレントパレット」のエンゲージメントスコアは上がった。「やりがい搾取」を受け入れられる人だけが残った――という生存バイアスが考えられる。 |
こうした現状にもかかわらず、従業員意識調査の結果として、「すべての満足度が改善」とフィードバックされたことが、社員の不興を買っている。それが、最高人事責任者・山崎万里子氏より昨年(2023年)12月21日に配信された全社メールである(右記)。その書き出しは、実情報告から始まる。
「コロナ禍の一番厳しい時期にとった人事施策は、採用を止め、残業代がかかりにくい構造にし、賞与カットをする、人を減らして人件費も減らす、でした。危機を乗り越える一助になったものの、人件費と引き換えに失ったものは会社に対する信頼でした。会社への信頼が低下し、そこから2年で1000名が退職し、事業運営に大きく支障を来したことはみなさんご存じのとおりです」
実際の離職者数は、同社開示によると、2022年3月期514人、2023年3月期551人で、2年で計1065人にのぼる。2022年4月入社の新卒採用は凍結し、ゼロにした。
この削減を、割増退職金の積み増しによる「希望退職募集」ではなく、人件費カットによって、「会社への信頼を低下」させ、「社員を失望」させることによって進めた。労組がないため、経営側の一存でやりたい放題なのだ。経営陣は、何らの追加的な費用をかけることもなく、もっとも安易な方法で人員削減できた。その結果、離職者は想定以上に増え、店舗運営に支障が出るほどだったという。
「ビューティー&ユースとユナイテッドアローズの丸の内店(丸ビル・新丸ビル内)は、社員が短期間で辞め過ぎてシフトが回せなくなったので、やむなく高単価商品には防犯タグをつけました。人が売り場にいなさすぎると、盗まれやすいからです。そんなこと、普段はしていないのですが…」
松崎善行則社長(束矢通信より) |
日本の法体系では、割増退職金を積み、希望退職を募って、自発的に「辞めてもらう」のが上場企業では一般的。だが同社は、そのカネを惜しみ、「リストラ」のニュースが流れることも避けた。経営陣の保身である。失った信頼を取り戻すには、どれほどの時間がかかるかわからない。
トカゲの尻尾切り戦略
同社経営陣は、幹部社員を残しつつ、現場社員を貧困に追い込んで自分から辞めさせるという、非情な手段に打って出た。それは、トカゲの尻尾切りのように、危機に際して、末端の現場社員たちを切って、本体を生き残らせる戦略であった。
コロナ禍突入直後の決算となった2021年3月期は、前年度比で平均年収を488万円→406万円に、17%(82万円)もカットした。その翌年も405万円と横ばいだ。この間、基本給は変えず、ボーナス分を、平均で年3ヶ月分くらいカットした計算になる。同社の基本給は安く、中央値は25万円ほどで、平均値は30万円前後だ。
以下が、平均年収と平均年齢、期末社員数の推移である。
2014年3月=464万円(30.4歳)3391人
2015年3月=469万円(30.8歳)3521人
2016年3月=464万円(31.1歳)3706人
2017年3月=464万円(31.5歳)3859人
2018年3月=463万円(32歳)3970人
2019年3月=463万円(32歳)3924人
2020年3月=488万円(32歳)4182人
2021年3月=406万円(33歳)4214人
2022年3月=405万円(34歳)3826人
2023年3月=429万円(35.1歳)3575人
賞与の決まり方(人事制度ハンドブックより) |
具体的には、「会社業績係数(粗利生産性計画達成率)」が赤字転落で最低水準となり、夏冬ボーナスとは別に出るはずの「期末分賞与(全社利益計画達成時のみ支給)」はもちろんゼロ。もとから水準が安い一番下のFグレード社員は、極限まで賃金を刈り込まれた。
販売最前線の現場社員(Front=Fグレード)は、生活できないくらいの水準に追い込まれ、自分から辞めざるを得なくなった。
ユナイテッドアローズのキャリアパスと報酬水準 |
いわば、給水路を断つ「水攻め」のごとき、「窮乏攻め」である。
店舗スタッフクラス(3149人)のボーナスは、コロナ禍以降、総額「年1か月分」で固定。これが記事冒頭「1回のボーナス9万円」の理由である。リーダークラス(Lグレード)となる店長(319人)は2ヶ月分、Aグレード(エリアマネージャー、課長)で4ヶ月分。
実績のあるリーダークラスやマネージャークラスを残し、手足となる最前線の現場社員には犠牲になってもらおう――ということだ。この「窮乏攻め」開始から4年を経た現在も、コロナ禍前に戻すことなく、社員の88%を占める店舗スタッフ層(F1・F2)は「ボーナス年1か月分」のままである。
会社としては、スキルの高い、一定の社内評価を受けた経験が長い人材を残す策は、株主から見ても合理的ではある。結果、不満を募らせた若手社員たちが、会社側の狙い通り、続々と辞めて行った。社員の平均年齢は、コロナ前までの3年間は変化なかったが(上記参照)、若年層の退職増加により、その後の3年間で、32歳→35.1歳へと3.1歳も急上昇した。
若者を切り捨てて生き延びたベテラン経営陣らの役員報酬は3人で計1億6千万円(2023年3月期)。2022年3月期が計1億6800万円、赤字転落した2021年3月期に至っては計2億200万円も支出されている。経営幹部の責任が問われることなく現場ばかりが苦しめられており、コーポレートガバナンスがきいていない。
同社は、販売額がメンズ373億円に対してウィメンズ594億円(2023年3月期連結実績)と女性向けがメインで、社員も3:2で女性が多い(正社員は女性2026人、男性1428人)が、管理職の4分の3は男性(女性比率26%)。つまり、現場の若い貧困女性を容赦なく切り捨て、中堅・高齢の男性管理職を守った形だ。その最高人事責任者が女性である点も興味深い。「女性の敵は女性」なのだった。
結果として、「従業員満足度は70%」(2023年3月期)に上がった、と公表。不満を持つ人が辞めて、納得している人が残ったのだから、満足度が高くなるのは当り前の論理で、これは「生存者バイアス」と呼ばれる現象だ(辞めた人の満足度を調査対象から外している点にポイントがある)。
山崎万里子CHRO(最高人事責任者) |
山崎CHROのメールにある「すべての動機付け要因(評価、やりがい等)と衛生要因(報酬等)の満足度が改善」というのも、この流れを受けてのものだ。やりがい搾取な環境に適応できない普通の感覚を持つ人が年500人規模で続々と辞め、「給料はいらない、アローズのファッションと販売の仕事が好き」というボランティア精神で働く(客観的にみたら奴隷的)社員ばかりが残ったら、指標が改善するのは当然の結果といえる。
宗教団体やヤクザ組織でも同じで、ようは「純度が上がった」とみるのが妥当であり、このようなご都合主義の調査には、あまり意味がない。
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係長(店長クラス)と管理職全体の人数(『女性の活躍推進企業データベース』より)
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