部下の扱いに手を焼くのは、理解に苦しむ行動の背後にある心理メカニズムがわからないからだ。(「はじめに」より)
部下とのコミュニケーションに悩む上司は少なくないと思いますが、「なぜそんな行動をとるのか?」が理解できれば、フォローの仕方がわかり、反発されずに聞いてもらえる術がわかり、日ごろの関わり方がわかる。それが、『上司の常識は、部下にとって非常識~イライラと気苦労がなくなる部下育成の技術~』(榎本博明著、クロスメディア・パブリッシング)の著者の考え方。
そこで、「原因」「指導法」「上司としてのあり方」「壁の乗り越え方」と4つの角度から、部下とのコミュニケーションのあり方を説いているわけです。きょうは、上司としてのあり方に焦点を当てた第3章「上司としてどうあるべきか? 尊敬できない上司に絶望する部下たち」からいくつかを拾い出してみます。
1.ちゃんと指導してくれない
「自分で考えろ」「いちいち聞かないで自分でやれ」といわれても、経験が浅いのだから疑問だらけ。ミスをしたら上司に迷惑がかかるし、丸投げされても困る。だから、もっと指導してほしいという部下の戸惑いもわかります。しかし、この時点ですでに両者のすれ違いがあると著者。
昔は上司が具体的に教えてくれることは少なく、部下は先輩の姿を観察して自分でおぼえたもの。だから上司のなかにあるのは、「自ら観察し、考えて学ぶ力がある者が這い上がって行く」というイメージ。しかし反面、手取り足取りていねいに教える学校教育で育ち、自ら学ぶ力が育っていないのがいまの若手。
だとしたら、彼らにいきなり「自分で考えろ」といっても混乱させるだけ。どんな仕事でも最初は、具体的な指示を与えるようにすべきだそうです。また、ひととおり説明したのち、相手がしっかり理解しているかを確認しておくことも大切。伝わっていなければ、満足のいく結果にならないことは目に見えているからです。そして、伝わったと確認できたら、「わからないことが出てきた場合は相談するように」と伝え、任せることが大切だといいます。(104ページより)
2.部下を育てるという意識がない
「上司はいつも自分の仕事のことで頭のなかがいっぱいで、部下を育てるという意識が乏しい。そのときどきに必要な仕事を割り振ってくるだけで、計画的に部下を育てているように見えない」そんな不満を持っている部下も少なくないとか。キャリアデザインを意識する世代だからこそ、いまの働き方で将来が決まってくるし、もっと計画的に育ててほしいという思いを抱きがちだというわけです。
しかしビジネスの世界は厳しく、必要に迫られた仕事をこなすのが精一杯。そもそも会社は社員を育てるためにあるわけではなく、社員を使って使命を遂行するためのもの。いまの若手は、そこを勘違いしていると著者は指摘しています。
与えられた仕事を、たとえどんなことであっても真剣にやることで、さまざまな仕事力が鍛えられてくるもの。たとえば集中力、創造力、説得力、ネットワーク力、コミュニケーション力、情報収集力などは、どんな仕事をしても磨かれます。そのことも、部下に対して諭しておくべきだといいます(106ページより)
3.人の話を聞かない
「上司はいいたいことだけいって、こっちの説明を聞いていない。なのにあとで疑問が出てくると、『そんなことは聞いてない!』といい出す。仕事の進捗状況を説明しても、「つまり、なにがいいたいの?」と急かしてくるし、話しにくくて仕方がない」
若手の気持ちも、理解できる気はします。なぜなら現実問題として、人の話にきちんと耳を傾ける姿勢を持たない上司は多いから。バブル崩壊以降は人員削減が極限まで進み、どの職場も余裕がなく殺気立っているもの。上司といえどもプレイングマネージャーとして自ら仕事を抱えつつ、部下の育成もしなければならないので、精神的な余裕を失いがち。だから、部下の報告もつい聞き逃してしまうということです。しかしそれでは、コミュニケーションギャップだらけになっても当然。
だから、部下の話には作業している手を止め、しっかり相手の顔を見ながら耳を傾けることが大切。どうしても落ち着いて聞けないなら、1日のうち15分でも20分でも部下のホウレンソウの時間を設定し、その時間だけは部下の話を遮らず、しっかり聞くようにするといいそうです。(112ページより)
4.責めるばかりでアドバイスがない
ミスをした部下も「まずかった」「やらかしちゃった」と落ち込んでいるのに、傷口に塩をすり込むように、落ち度を突いてくる上司がいます。しかしあまりにしつこいと、部下も反省するより「もういい加減にしてほしい」という気持ちになってくるもの。ところがそれでは上司としてうまく機能しません。また、部下のモチベーションを下げるようでは、部署としての成果を出すことも困難です。
大切なのは、部下のミスに対して感情反応に走るのではなく、認知反応を心がけること。いくら感情的に怒ったり批判したりしても、ミスした事実を消すことは不可能。そんなとき上司に求められるのは、責めることではなく、部下がなにをどうしたらいいのか適切な対処に導くこと。だからこそ感情的にならず、どう対処すべきかをアドバイスするべきだというわけです。すぐに思い浮かばないときは、最善の方法を部下とともに模索すればいいとか。(120ページより)
5.パワハラ的な言い方をする
ハラスメントという概念が社会に浸透したため、昔のように口汚く罵る声を聞くことは少なくなりました。しかしそれでも、いまだにとんでもない暴言や、人格攻撃といわざるを得ないことばを発する上司もいると著者はいいます。きつい言い方をされて育ってきた上の世代は、自分のことばもきついと思っておらず、暴言を吐いているという自覚もないということ。
だからここで重要なのは、時代の違いを踏まえておくことだとか。きつい言い方で育てられた世代は、厳しいことばの背後にも「育ててやりたい」という温かい思いをくみ取る姿勢が身についているもの。けれどいまの若手は、きつい言い方には拒絶反応を示すだけで、そんな親心を察してはくれません。いくら「育ててやりたい」と思っても通じないのですから、少なくとも乱暴な言い方は避けるべきだという考え方です。(140ページより)
6.説明が下手
近ごろの若手は理屈が通らないといわれますが、年配者にも頭のなかが論理的に整理できていない人はいくらでもいるもの。これは仕事経験とは別もので、たとえビジネスライフが長く、仕事に習熟していても、頭のなかが論理的に整理されるようになっているわけではないといいます。
そこで、人に指示を出す上司としては、論理的な説明力を身につけるように努力したいもの。あれもこれもいおうとすると、なにを伝えたいのかがわからなくなってしまうため、ポイントを絞ることがコツだといいます。
まずは「こうしてほしい」「この方針でいく」と結論を先に伝え、あとから理由を説明する。そうすれば、部下も理解しやすいそうです。そして、「わかりにくいことがあればいってくれ」と伝える。「聞いた ─ 聞いてない」「言った ─ 言わない」の不毛なやりとりを避けるためにも、上司の側から確認を促すことばをかけるのが大切だということです。(144ページより)
本書は、部下の気持ちが理解できない上司のために書かれているわけですが、興味深いのは、部下にとっても読みごたえがある点。上司の本音が説明されているため、「そうか、上司はこう考えていたのか」と理解しやすいわけです。ですから本書が、上司と部下のすれ違いを解消してくれる可能性は大いにあります。
(印南敦史)