話題今、物流の現場ではさまざまな機械やロボットが活躍している。しかし、その多くは決められた動きを繰り返すだけのものではないだろうか。これらのマシンは便利だが、少品種大量生産には向かないという弱点がある。作業に合わせて柔軟に動きを変えたり、機能を追加したりできないだろうかと考えたことがある方も多いはずだ。
Mujin(ムジン・東京都江東区)が開発した「Mujinコントローラ」は、こうしたロボットや自動化ツールを統合制御し、状況に応じて柔軟な動きをさせることができる。物流現場でのロボット活用に変革をもたらした同社の滝野一征氏(共同創業者・CEO)に同製品の強みや会社としてのスタンスを聞いた。
機械を動かすことに特化したMujinMI
Mujinコントローラは、さまざまな自動化機器を統合制御するソフトウエアだ。これまで物流現場に導入されてきたロボットは人がていねいに手順を設定しないと仕事ができなかった。また、教えられた手順を繰り返すことしかできないため、少しでもイレギュラーな事態が発生すると動作を止めてしまうという課題があった。
しかし、Mujinコントローラはロボットや周辺機器と自動連携し、刻々と変わる状況に即応する。しかも主要メーカー10社のロボットアームに対応できるため、導入にあたって機器を買い替える必要も生じにくい。「既存のロボットを賢くするソフトウエア」と考えると分かりやすいかもしれない。
例えばパレタイザーの場合でも、今までは決められた規格の荷物を決められた形で積むことしかできないパターンが多かった。だが、Mujinコントローラを導入すると、ロボットのアーム(腕)やハンド(手)、3Dビジョン(目)が連携され、流れてきた荷物の大きさに合わせ、最適なピックの仕方・積み方が瞬時に計算される。都度、最適なロボット動作軌道が導き出されるので、作業効率も非常に高い。その上、現場のレイアウトが変わったり、ロボット自体を移動させたりしても、作業を継続することができる。
こうしたロボットの連携や統合を可能にしているのが、同社が独自開発したロボット知能「MujinMI(Machine Intelligence・マシンインテリジェンス)」だ。
MIは機械制御に特化する。よく似た言葉にAI(人工知能)があるが、こちらは人間の思考を模している分、柔軟ではあるが間違った答えを出すことも多い。そのため、AIは一度のミスが大きな損失につながる物流現場には向いていないのだ。これに対しMIは、特化した領域で理論的な計算に基づいて最適解を導き出す。機械を動かすことにかけては右に出る物はいない知能といっていいだろう。
汎用性という先進性
Mujnコントローラの強みは汎用性にある。同製品はこれまで特定の動きしかできなかった物流現場の「専用機」を、なんでもできる「汎用機」に変えた。
この先進性はスマートフォンを例にとってみると理解しやすい。これまでは文章を書くワードプロセッサーがあり、計算ができる電卓があり、音楽再生機があった。しかし、スマートフォンは一台ですべての機能を担うことができる。しかも、必要であれば、機能をアップデートすることも容易だ。Mujinコントローラは、物流現場でスマートフォンと同じことを成し遂げた。
その汎用性が高く評価され、今やトヨタ自動車やSUBARUなどの自動車工場のほか、部品や半導体の製造工場、アスクルやコーナン商事、ニチレイなどの物流倉庫と、さまざまな業種の企業がMujinコントローラを採用している。
Mujinが持つ競争力の秘密
2011年創立のMujinにはすでに10年以上のキャリアがある。滝野氏は同社がここまで生き残ってきた要因の一つとして「現場を疎かにしなかったこと」を挙げる。Mujinは現場を深く知り、実際の作業を見て、一緒に解決策を考えることを実践してきた。
「顧客が本当に必要としているのは、業務を効率化できるシステムだ。『最新鋭の機器だから』というだけで導入を決めることはない。現場のニーズに応えるには実際に足を運ぶしかないが、それができなければ競争には勝てない」(滝野氏)
ロボットメーカーではなく、あくまでもソフトウエア会社であるとの姿勢も創立時から貫いてきたものだ。滝野氏は「ハードウエアの会社であれば、どうしても『機械を買って欲しい』という気持ちが出てしまう」と話す。物流業界では、メーカーが売りたい一心で現場に合わない機器を無理に導入したものの、むしろ効率が下がってしまったケースも散見されるという。
「せっかく自動化に取り組んだ企業に『あまり効果がなかった』とは思ってもらいたくない」という滝野氏は、23年から社内にコンサルティングチームを置き、自動化や省人化に関する企業の相談に応じている。
コンサルティングの際には現場の作業内容や手順を一つひとつ確認し、数値化する。あいまいだった作業効率を定量的に数値化することで、今まで見えなかった課題が明確になっていく。そうすれば対策を立てられ、具体的なKPI(重要業績評価指標)も策定できる。自動化すべき工程も自ずと分かるというわけだ。
場合によっては、機械を導入しない方が効率を担保できるという結論に達することもある。「機械を売って売り上げを伸ばすことは考えていない」(滝野氏)Mujinだからこそ、こういった現場ファーストな提案が可能なのだ。
スタートアップなら世界を目指せ
滝野氏は物流業界を「若者にとって魅力的な職種にしたい」と話す。今は肉体労働中心で賃金も低いかもしれないが、「自動化が進めば、クリエイティブなことにも時間を割けるようになる。若者にとって魅力のある仕事が増え、日本にも活力が出てくる。そんなふうに世界を変えていくことにチャレンジするのがベンチャーだ」というのが滝野氏の信念だ。
MIという新たな技術で物流現場に変革をもたらし、多くの企業に製品が採用されているMujinはスタートアップの成功事例の一つと言っていいだろう。滝野氏も多くのスタートアップから目標にされる存在になり、若い経営者らのコンテストの審査員を務めるまでになった。
そんな滝野氏が、これからのスタートアップに求めるのは視野の広さとスケールの大きさだ。トヨタやソニーが世界中を席巻したように、世界中で使われる技術や製品を開発してほしいと思っている。
滝野氏は「スタートアップを目指す人たちは、小さくまとまらず、ぜひ世界を目指してもらいたい」と、未来の経営者の背中を力強く押す。