新規参入事業者の努力によって独占状態を解消できるなら一番いいが、それには限界がある。
細かい話になるが、例えば、音楽著作権の支分権(録音権、インタラクティブ配信権、放送権など各種権利)全部をJASRACに預けていた音楽出版社が、インタラクティブ配信権と録音権は別のところに預けるという契約をする際、JASRACに対して7万5000円(信託契約申込金、税別)を支払わなくてはならない。
もし「JASRACにインタラクティブ配信権を預けていると1円も入らないが、他に預ければ100万円になる」というのであれば、権利者も積極的に新規事業者に乗り換えるだろうが、そういうわけでもない。7万5000円は意外と大きい。
1つの楽曲の支分権を複数の管理団体に信託すると、使用料使用料分配の計算の手間も増える。例えば、Aという作品の録音権とインタラクティブ権をJRCに委託し、残りの支分権をJASRACに信託していたとする。音楽出版社は、JRCとJASRACからそれぞれ分配を受け、それを再計算して作詞家・作曲家に再分配する。届け出先がJASRACだけなら1回で済むのに、2カ所から別のフォーマットで来て、また計算しなくてはならない。
そういう細かなことが積もり積もっていくと、管理の現場が「積極的に新しい管理事業者に乗り換えよう」というわけには、なかなかいかないという現実もある。
――カラオケに関連する著作権管理について、JASRACが新規参入を事実上阻止しているという批判もある。
カラオケも、JASRACが独占して参入阻害しているわけではないと思う。ただ、利用料を徴収するのが難しい。それこそ北は北海道から南は沖縄まで、JASRACが足を使ってカラオケスナックと契約し、JASRACマークを貼ってもらっている。
カラオケスナックで、「このレパートリーを歌ったときはここに分配」と細かく設定するのは現実的ではない。JASRACは冷静に見て、ある種の社会インフラ化しているところがあり、そういう場に新規参入するのは現実的ではない。
そんな中で、新規参入事業者は「JASRACから移るとこんなメリットがある」と打ち出さなくてはならない。JASRACは「横暴」と言われることもあるが、それなりに適正なところでやっていて、そこまで差をつけられるポイントは、なかなかない。
われわれの特徴の1つは、「インタラクティブ配信で、利用された楽曲の使用実績を権利者に全数報告する」ということ。JASRACの報告は「この作品が、着メロで今期いくら」くらいまでまとめた数字になる。何万行・何千万行というデータを集めた上ではじき出した数字であり、そこに悪意があるとは思えないが、不透明と感じる権利者はいるだろうと思う。
われわれは報告の精度を上げるために努力し、誰もが「問題ない」と言えるくらい透明にすることを意識してシステム設計し、契約の中身を作ってきた。
――JASRACには演奏権、録音権、貸与権、出版権、放送権、インタラクティブ配信権などさまざまな支分権を信託できるが、JRCは録音権とインタラクティブ配信権だけだ。なぜこの2つを選んだのか。
確実に数えることができる領域だからだ。録音権はCDなどメディアで数えることができ、インタラクティブ配信もログをベースに数えられる。それ以外は数えるのが難しい。
放送分野の使用料徴収では“丼勘定”という比喩がよく使われる。丼勘定はある意味合理的だったし、徴収も分配も、精度を高めようとさまざまな努力がなされてきている。だが「全部数えられる」というところまではいっていない。
今まではいわば丼に水をくんでいた状態。青い水をくんで、その中に赤い水を一滴入れてもどこに行ったか分からなくなる。赤い水をコップ一杯ぐらい入れたとすると、紫になるかもしれないけれど赤の比率は分からない。
デジタルなら「丼に入れるのは米粒にしましょう」と言える。サーバにはログが全部残り、数えることができる。赤い米粒が青い米粒に埋まって見えなくなっても、数えようと思ったら数えられる。
数えることができ、適正な分配ができる、という確証が立たない分野は、当社は参入すべきではないと考えてきた。参入障壁があったからではなく、権利者に対する責任の問題だ。
――YouTube上での楽曲利用については、Googleとは包括契約を結んだ。「透明で数えられるシステム」という考え方とは矛盾しているのでは。
アーティストやプロダクションは、YouTubeをメディアとして欠かないものととらえ、積極的に発信していきたいと考えている。だが、自分たちが発信する場がグレーな状態のままでは気持ち悪いという部分があり、権利的な側面は、全部きれいになっていてほしいと考えていた。
隣接権を併せ持ついろいろな権利者が当社に「YouTubeで配信したい」と言ってきていた。それを受けて当社は「著作権に関してはこういう形でGoogleと契約しようと思っているがどうだろうか」と全権利者に投げかけたが、積極的な反対はゼロだった。現時点では少なくとも、委託してくれている権利者すべての同意が得られている。
契約の詳細は非公開だが、「正確に数えるために、こんなことがしたい」という要望に対して、Googleから100点満点の答えがあったから契約した、というわけではない。現時点で100点でも半年後には30点かもしれないし、今の時点で何をもって「完成」しているかというのは評価ができない。すべてが完璧と見極めてからやるのは難しい。
Googleには、世界中の技術的なトップレベルが集約されているのでは。ものすごく乱暴な言い方だが「Googleに技術的にできないことは、ほかで形にするのは難しい」と言い換えてもいいぐらいかなと思っていて、そこに期待している。
――そもそも、JRCはどういう経緯で設立されたのか。JASRACのオルタナティブを示したい、という思いなのか。
アンチJASRACの旗を掲げていたわけではない。JRCは、アーティストやそのマネージメント企業、プロダクションの出資を受けてスタートした。「自分たちの権利のことを自分たちで考えてマネージメントしていく場が必要」と考えて作った。
JASRACは60数年間にわたる旧法の時代、ちゃんとやってきていたと思う。ただし、独占市場ではなかなか動きが生まれづらい。外にいて、JASRACのルールに唯々諾々(いいだくだく)と従うだけでは、例えば、JASRACの料率が高いか安いかなども、よく分からない。
自分たちがやってみることによって何が適正か分かってくるし、そのためには自分たちが動かないとどうしょうもないと思った。
――これまで7年運営してきて、JASRACの料率は適正と思ったか。
録音権、特にCDやレコードを作成する際の録音権の料率は完全なデファクトスタンダードが成立していて、0.1%程度のプラスであっても既存のルールに割って入っていくのは難しい。デファクトはあまりいじくってもしかたがない、という思いも正直、ある。
料率は、必ずしも高ければいいというわけではない。権利者としては、利用形態によっては「もっと高く評価されていいのでは」と思う瞬間もあるが、それは利用者側に高く支払ってもらうことにもなり、ビジネスとして大変。いい関係を保って契約をしていくことが重要だ。
料率をいじるよりは、徴収や報告の精度を高めたり、管理手数料を低減する、といった形で、何らかの還元ができるようにするしかない。
インタラクティブ配信では少しずつ新規性を打ち出せていると思っている。例えば、ゆるいDRMをかけた配信は、料率を高めに設定するなどだ。
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