2023年10月7日、イスラム組織ハマスのテロ攻撃によって、イスラエルで1200人が死亡すると、ドイツ最大級のメディア企業アクセル・シュプリンガーは次のような声明を出した。
「テロ組織ハマスによる10月7日のイスラエル攻撃により、数百人の市民が死亡し、数千人が負傷したことを強く非難する。アクセル・シュプリンガーはイスラエルと全面的に連帯する」
声明と共に、社屋にはイスラエルの国旗を掲揚。隣にはロシアによる軍事侵攻を受けるウクライナの国旗も掲げられている。10月7日の後、イスラエルの攻撃によって、子供や女性などの市民を含めて約4万人が死亡しているが、 同社がガザの市民に連帯を表明するような声明を出したことはない。アクセル・シュプリンガーは、保守系の有力メディア「Die Welt」や、人気タブロイド紙「BILD」のほか、「Politico」や「Business Insider」を傘下に抱える巨大メディア企業だ。そうしたメディア企業が、紛争の当事国に一方的な連帯を示す声明を出すのは異例と言えるのではないだろうか。例えば、ニューヨーク・タイムズが、10月7日のハマスの攻撃に対し、同様の声明を出すようなことはしていない。
ドイツでは、保守系メディアに限らず、左派系とされるメディアでも、イスラエル寄りの姿勢を示す傾向にあると指摘するのは、イスラエルとドイツの歴史に詳しいテルアビブ大学のモシェ・ツッカーマン名誉教授だ。
ツッカーマン氏は以前に招かれた講演会で、イスラエルがホロコーストの歴史を「武器化」しているという批判的な内容の講演をした。すると、同席した「南ドイツ新聞(Süddeutsche Zeitung)」の編集長から、「あなたの記事を二度と載せることはない」と言われたという。南ドイツ新聞は、ドイツでの左派寄りのメディアだ。
ツッカーマン氏は、「ドイツメディアの最大の問題は、すべてのユダヤ人がシオニストというわけではなく、また、すべてのシオニストがイスラエル人というわけでもなく、さらに、イスラエル人がすべてユダヤ人というわけではないということを理解せず、区別をしないことです。だから、イスラエルを批判することは、ユダヤ人を批判することだと考えるのです。これは、1952年にコンラッド・アデナウアー首相とダビド・ベン・グリオン首相の間で結ばれた『ドイツ人はイスラエルが何をしようと決して批判しない』という不文律があったことに起因しているのです」と、歴史に由来する構造的な問題があると指摘する。
“雇われの身”では批判できない
ドイツは報道の自由度ランキングで世界10位(日本70位、イスラエル101位、パレスチナ157位)であり、イスラエルによるガザ地区での軍事作戦に対する批判的な声も紹介している。ただ、「立場」次第では、 表現を選ばざるを得ないと指摘するのは、現地のジャーナリストたちだ。
シリア駐在の経験もあるジャーナリストで政治学者のクリスティン・ヘルベルク氏は、「多くのジャーナリストが、たとえそれが、国際法的な文脈でアパルトヘイトやジェノサイドという言葉を使った伝え方だったとしても、イスラエルについて批判的に伝えることで、『反ユダヤ主義者』と指摘されることを懸念しています。それ故、ドイツの報道や政治が一方的だと捉えられてしまうのです」と説明する。
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