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牝豹教師、奴隷覚醒

著者: 舞条弦

電子版配信日:2024/08/23

電子版定価:880円(税込)

「こんなもの、気持ちいいわけが、あっ、ぁンッ」
女教師で剣道の達人、橘燈子は懊悩していた。
妹の杏子を助けるために、単身で乗り込んだ不良の巣で、
美肉を責められ続け、快楽を感じてしまうなんて……
無限絶頂、アナル破瓜……植え付けられた魔悦に完全敗北し、
待っていたのは奴隷として生きる道──美しき女剣士、絶望の末路!

目次

プロローグ

第一章 玩具に堕ちる女豹

第二章 淫獄に囚われた牝奴隷

第三章 女教師の淫堕な一日

第四章 制覇される牝犬の穴

第五章 百円情婦の日々

第六章 女剣士の末路

エピローグ

本編の一部を立読み

プロローグ



 半年前に閉店したスーパーの駐車場に、鮮やかな深紅色のバイクが停まっていた。乗車する女もまた、真っ赤なライダースジャケットに身を包んでいる。
「……匂うな」
 鋭い眼差しをスーパーに向け、橘燈子はぽつりと呟く。ヘルメットの中で籠っているにもかかわらず、その凛々しく澄んだ声は、明瞭な輪郭を伴って夜の空気を震わせた。
 燈子は長い脚を地面に下ろした。ヘルメットを脱ぎ、気品のある所作で何度か首を横に振る。宵闇に融けそうなほどに純度の高い黒髪が、解けるように宙を舞う。女は癖のない長髪を手早くポニーテールに結ぶと、背負っていた竹刀袋から相棒を取りだした。
(さて……と。藪をつつきにいくか)
 竹刀を携えて入店する。当然、店内に商品は残っていない。入り口に設置されていたポップコーンの機械も、自動販売機も、子供向けのクレーンゲームも、跡形もなく撤去されていた。
 以前の繁盛ぶりを知っているぶん、夜の闇に侵食された店内はより寂しげに見えた。
(窓ガラスの割れた形跡はなし、か。荒れた様子はないが……いるな)
 店の奥、棚の隙間から人工的な明かりが漏れている。煙草の匂いがした。「ぎゃはははッ」と男の汚い声が響く。ざらついた質感の声だ。酒を飲んでいるのだろう。
「馬鹿、声がデカいっての。誰か来たらどうすんだよ。スマホも画面暗くしろって」
 男がヒソヒソと囁く。燈子は一つ溜息を吐いたあとで、真っ直ぐ少年らの下へ向かう。隠れるような真似はしない。
「お前、なーにビビってんの? 受けるんだけど」「今まで、誰も来なかっただろうが」「こんな場所に警備員寄越さねえよ」「見回りとか、来るかもしれねぇだろ」「閉店したスーパーの店長が?」「そんな愛着ねぇだろ」「いや、そうじゃなくってよ、うちの学校に──」
「おい、クソガキども。ここで何をしている?」
 燈子の声に男らがビクッと身体を震わせた。缶の転がる音がする。アルコールの匂いがツンと鼻を衝く。燈子はサッと視線を這わせて、少年らが五人であることを確認する。見覚えのある生徒が──だらしなく伸びた下品な金髪の不良が、ギョッと目を見開いていた。
「げッ……た、橘先生……ッ」
「ほう……貴様、北村か。その他は……ふむ、覚えのない顔だな。しかし制服は知っているぞ。確か……男子校の生徒だな? おっと、逃げるなよ。顔は覚えたからな、意味はない。……ん? どうした、北村。何か言いたげだな。言ってみろ。一度だけ、弁解を聞いてやる」
 暗闇でもわかるほど顔を蒼白にして、北村はわなわなと開いた口を震わせる。一方で、他の男子たちは余裕を取り戻していた。相手が一人──それも女と知って、調子づいたのだろう。
「この女、お前のとこのセンセーか?」
「あ、ああ……今年になって赴任してきた、体育の先生で。風紀委員会の顧問をしていて……お、おい、余計なこと考えるなよ。大人版麻比奈朱美って言われてて、やばいんだって」
「麻比奈朱美? 誰だよそれ」
「いや、麻比奈ってのは、風紀委員会の副委員長で、鬼みてーなやつで……」
 北村がもごもごと言う。生徒たちは顔を見合わせると、何を思うのか「ぶふッ」と噴きだした。
「意味わかんねー」「風紀委員にビビッてんの?」「しかも女だろ?」「しかも超美人」「俺、気の強い女って大好きなんだよなぁ」「胸、見てみ。すげー膨らみ。たまんねー」「いやいや、ケツっしょ! クソデカいぞ、あれ」「しかも脚、超なげー」「最高じゃん」
 口角に涎を浮かせ、少年らは下品な言葉を並べる。燈子は「ふん」と鼻を鳴らした。
「北村。類は友を呼ぶと言うが、こいつらは貴様に負けず劣らず脳が腐っていると見えるな。教師として助言してやる。友人は選べ。三人寄れば文殊の知恵とは言うが、馬鹿は集まれば集まるほど馬鹿になる。それはもう、指数関数的にな。目も当てられない」
 北村も男たちも小さく首を傾げる。「シスーカンスー?」と眉を寄せる姿は哀れに見えた。
「ま、いいや。それよりさ、せんせ。俺たちさぁ、知っての通り、男子校の生徒なんだよね」
 鼻にピアスをつけた少年が言う。空気が変わるのを感じていた。瞳が妖しくぎらついている。デニムパンツに覆われた尻臀に、ねっとりと視線が這うのを感じた。
「お、おい、お前ら。やめとけって。この教師はさ、普通の女とは違うんだって」
「ビビるなって北村。お前んとこは共学だからいいけど、こっちは女の子に飢えてんの」
「そうそう。女子が一人もいなくて、ちょー寂しいの。だから……さ。ね?」
「どうっすか、へへ。俺たちと、愉しいことしませーん?」
「……ほぅ。愉しいこと、か。それはいいな。例えば、どんなことをするんだ?」
 燈子は不敵に笑う。馬鹿な猿どもの思考パターンはいつも一緒だ。自分より強い相手には服従し、相手が格下──特に女子供となれば、威勢をよくするのが常である。
「そりゃ……ねぇ。……へへ、言わなくてもわかるでしょ? 男と女の遊び、ですって」
「いやいや、遊びじゃなくて……さ」
「そうそう。指導? っつうか教育? 保健の授業、してくださいよォ」
「ほら、俺たち男子校で、女の子の身体の仕組みとか、知る機会ないからさぁ」
 煙草と酒臭に染まった息を吐いて、きひひッと少年らは嗤う。それから脚を拡げると、宙に向かってヘコヘコと腰を揺すってみせた。
(全く品性の欠片もないな。……さて、どうするか)
 警察を呼ぶ場面でもない。店の責任者に連絡したところで迷惑だろう。学校も無意味だ。大人がいくら言い聞かせても、彼らが聞く耳を持つことはない。かくなるうえは──。
「よし、いいだろう。今から私を襲ってみろ。ルールは不要だ。武器を使用するのも構わん。私を負かすことができれば、お前たちの命令をなんでも聞くと誓ってやる」
 言葉で無理なら暴力だ。下品なやり方だが、彼らにはこれが一番効く。そして幸か不幸か、燈子にとって一番得意な手段でもあった。
「うぉ……ッ、マジで? なんでも? 今、なんでもっつった?」
「じゃあ、じゃあ、先生のま×こにさァッ! ち×ぽ突っ込んじゃうよッ?」
「なぁ、聞いただろ北村! お前もやろうぜ。裸に剥いてよ、犯しちまおうッ!」
 北村は迷った様子を見せた。アルコールで潤んだ瞳をきょろきょろと落ち着きなく揺らす。理性のある人間ならばここで拒否するだろうが……生憎、彼ら不良にそんなモノはない。
「よ、よし……や、やってやる……俺だって、ば、馬鹿にされたままじゃ終われねェ」
 北村はぐいっと酒を飲み干す。アルコールの力を借りたおかげか、仲間たちの気勢に乗せられてか、覚悟を決めた表情で燈子を睨んでいる。その覚悟を、何か別のものに使えばいいのに。
 北村が缶を捨てた。からんからんと軽い音が響いた直後、男子の一人が飛び掛かってくる。
(真正面から、か。馬鹿なのか? 女が相手だからと油断しすぎだ、ガキが)
 ダンッ──燈子は勢いよく踏みこんで、右手に持った竹刀を突きだす。先端が少年の腹を抉る。「ぐがッ……」と、男は腹を抑えてうずくまった。「え?」と他の生徒がぽかんとする。
「ほら、どうした。まさかこれで終わりか? 怖気づいたか、雑魚どもが」
「ぐ、う……ッ、お、おい、全員でいくぞ! ボコボコにしてやる!」
「女だからって加減しないからな! クソ教師が、あとで全裸で土下座させてやる」
 男たちが一斉に迫ってくる。燈子は竹刀を構え、深く息を吸い、吐く。
「──麻比奈一刀流──」
 澄んだ声がスーパーに響く。直後、バチィンッと音がした。少年の悲鳴が二つ、重なって響く。目にも止まらぬ速度で振るわれた竹刀が、生徒たちの太腿を直撃していた。
 うずくまる二人を見て、リーダーと思しき少年が脚を止める。だが手遅れだ。燈子は竹刀を振りかぶり、勢いよく踏みこんだ。亀裂が奔りそうなほど力強く床を蹴り、一気に愛刀を振り下ろす。最高級の真竹で作られた竹刀が淀んだ空気を裂き、少年の右肩に直撃した。
「いぎッ……!」
 鈍い悲鳴が響く。少年は肩を抑えて膝をついた。燈子はポニーテールをふわりと靡かせ、竹刀を北村に向ける。すっかり脚が竦んだ様子で、少年は硬直していた。
「こい、北村。指導してやる。こないなら──こっちからいくぞッ」
「ひッ──ああ、くそっ!」
 燈子の発破を受けて、北村は腕を振りかぶる。軌道が見え見えのパンチだ。闘牛の突進を躱すように、燈子はひょいと身を翻し、生徒のストレートを避ける。宙を舞う髪を硬い拳が掠めた。シャンプーの匂いが、酒と煙草で穢れた空気に、ふわっと融けた。
「あ……ッ!」
 燈子は右脚を北村に引っ掛ける。重心が前に傾いていた少年は、そのまま派手に転んだ。「ぐべッ!」と情けない悲鳴が響く。続けざまに、燈子は床に伏せた北村に向かって竹刀を振り下ろす。制服のスラックスに覆われた尻臀が、爆ぜるような音を鳴らした。
「ひぎが……ッ!」
 北村の身体がビクンッと跳ねる。まるで車に轢かれたカエルだ。情けない姿に燈子は鼻を鳴らす。切っ先でペチペチと太腿の付け根を叩きながら、女教師は言う。
「これに懲りたら年相応の振る舞いをしろ。教師はともかく、親に迷惑をかけるんじゃない。判ったな? おい、北村。返事をしろ。聞いているのか、たわけがッ!」
「ぎゃあッ!」
 再び尻臀に竹刀を振り下ろす。本気は出していない。だが柔らかな臀部を竹刀で叩かれれば、それなりの痛みと衝撃が奔る。かの麻比奈源三郎に鍛えられた燈子が振るう一撃に、少年は電流を流されたかのように身体を痙攣させた。
「ひぃっ、や、やめてくれ、せんせっ、ぐぎゃッ、わ、わがっだがらよッ」
「なんだその口調は? 判りました橘先生──だろうが」
「は、はい、判りました! 反省してますッ、橘先生、ゆ、許してくださひぎィッ」
 最後にもう一度、尻を強く叩く。ピクッ、ピクッと小刻みに震える北村から視線を外し、床に伸びた馬鹿な生徒どもに剣先を向ける。先までの威勢はどこへやら、「ひぃッ」と顔面を蒼白にした少年らは、すぐにその場に膝をつき、土下座する勢いで頭を下げた。
「す、すみませんしたッ」「お、俺たち、ほんの出来心でッ」「すみません、すみませんッ」「も、もう、こういうことはしないっすから! これ以上ぶたないでッ」
「いいだろう。私も、人を嬲って愉しむ趣味はないからな」
 少年らは安堵の表情を浮かべる。「だが」と、燈子が付け足すと、その顔が再び強張った。
「貴様らクソ猿どもは、いつも口先だけだからな。その身体の髄にまで、私という恐怖を染みつかせてやる。──脚を肩幅まで拡げて立て。一人ずつ、胴にくれてやる」
「な──か、勘弁してください! 俺たちもう反省して──ッ」
「起立ッ!」
 鋭い声が飛ぶ。燈子の放つ殺気と紙一重の覇気を受けて、少年らは反射的にバッと身を起こした。「両手を後ろに!」「脚は肩幅!」「まずはお前から、いくぞッ!」燈子が矢継ぎ早に指示を出すと、少年らは否応なく従う。そして──。
「ぎゃッ!」「ぎぃッ」「ひが」「ひーッ!」
 燈子が竹刀を振るう。そのたびに、生徒たちは言葉にならぬ悲鳴をあげる。それから数分の間──夜のスーパーには、竹刀が肉を叩く音と、悲痛な絶叫が響き続けるのであった。


第一章 玩具に堕ちる女豹



 橘燈子は放課後の校内を巡回していた。まだ時刻は午後四時を過ぎたあたりだが、試験期間とあって生徒の気配はほとんどない。教室や図書室に残り、勉強を教え合う真面目な生徒が何人か残っているだけだ。
「あ、橘先生」「燈子姉さん」
 声の方向に顔を向ける。風紀委員会の生徒が二人、廊下に立っていた。燈子はその内の一人──副委員長である麻比奈朱美へ苦笑を返す。
「ここは学校だぞ。燈子姉さん、はないだろう」
「あ、すみません。つい、道場の癖で」
「まあ、いい。それよりも、お前たちは何をしている。まさか風紀委員の活動か?」
 試験期間は委員会活動も禁止だ。朱美は居心地が悪そうに視線を逸らす。馬鹿正直な妹弟子である。帰宅途中だとか、居残りで勉強中ですと言えば簡単に誤魔化せただろうに。
「先生、違うんです。私が、麻比奈さんにお願いしたんです」
 助け船を出したのは隣にいる鹿島だった。おずおずと手を挙げて、申し訳なさそうに言う。
「私、風紀委員会に入ったばかりで。それで、活動内容を知っておきたくて。どういう雰囲気で見回りしているのか、気になったんです」
「だからって、何も試験期間にやることはないだろう」
「生徒が少ない日に、お試しで一緒に巡回したかったんです。その、普段通りだと少し怖くって。麻比奈さんの風紀指導って、凄く過激だって聞くから……」
 鹿島がちらりと朱美を見る。朱美は「ふん」と鼻を鳴らして胸を張る。大きな乳房が半袖丈の白い制服を膨らませた。朱美にしては珍しい、甘い香水の匂いがふわりと空気に融けた。
「仕方ないだろう。不良という生物は猿──いや、猿以下の馬鹿どもだ。やつらはまともに人語を理解できない。ならば、言葉ではなく鞭で躾ける必要がある。実際、一定の成果は出ている。問題はない。ですよね、先生?」
 朱美は得意げに言う。実際のところ、朱美の有無を言わせぬ取り締まりによって校内の治安は随分と良化していた。煙草のポイ捨てはゼロになり、最近では不良生徒の出席率も大幅に向上している。赴任したばかりの燈子にとっても、風紀委員会の成果は誇らしかった。
「ああ。時代錯誤と言う輩もいるだろうが、気にするな。お前は何も間違っていない」
 燈子の言葉に朱美は鼻を膨らませる。「ただし」と付け足すと、途端に顔が曇った。
「試験期間の巡回はやりすぎだ。風紀委員がルールを破るんじゃない」
「……はい。申し訳ございませんでした」
「あっ、さっきも言いましたけど、悪いのは私ですから。ごめんなさい、先生」
「判ればよろしい。巡回は私に任せて、勉学に励め。気を付けて帰るんだぞ」
 素直に謝罪している以上、何も言うことはなかった。二人はぺこりと辞儀をして、廊下の曲がり角に姿を消していく。燈子は見回りを再開した。
 一階の廊下で鹿島と再会したのは、それから一分も経たないうちの出来事である。
「あの、橘先生。ちょっとよろしいですか?」
「なんだ。帰ったんじゃなかったのか?」
「すみません、ちょっと気になったことがあって」
「気になったこと? 保健のテストに関すること……ではないか。風紀委員のことか?」
 鹿島は首を横に振る。シャンプー由来の清潔な香りが、ふわりと毛先から舞う。
 それから鹿島は少しの沈黙を挟んだ。言いだすのを躊躇っているようだ。
「どうした。言いづらいことか? 無暗に叱りつけたりしないから、言ってみろ」
「じゃあ……えっと。麻比奈先輩とのご関係について、訊きたいんですけど。その、お二人は姉妹なんですか」
 なるほど、そのことかと納得する。朱美と燈子のやり取りを間近で見ていれば──何より、その似通った立ち振る舞いを目撃すれば、関係性が気になるのも当然だろう。
 朱美と燈子は容姿もよく似ている。ポニーテールに結んだ黒髪も、切れ長の瞳も、引き締まったしなやかな体躯も。口調も思考も言動も、だ。姉妹と思うのは当然だろう。
「違う。私の妹はバレー部所属の橘杏子だけだ。朱美との関係はそうだな……端的に言うなら、兄弟弟子というやつだ」
「兄弟弟子?」
「朱美の祖父が剣道場を経営しているのは知っているだろう。私は昔、その麻比奈道場の門下生だったんだ。だから幼い頃から朱美のことを知っているし、彼女もまた、私を姉のように慕ってくれていた。この髪型も堅苦しい口調も、麻比奈道場の伝統でな。半年も道場に通えば、女は皆、私たちと同じ喋り方になる。まあ、半年も通えるヤツは稀だが」
「なるほど……そういうわけだったんですね。ありがとうございます。スッキリしました」
「なら、これで勉強に集中できるな。試験結果、期待しているぞ」
 鹿島は言葉を返さず、誤魔化すようにくしゃっと笑う。それから頭をぺこりと下げて、燈子に背中を向けた。
「……ちょっと待て。確か、お前もバレー部だったな?」
 逡巡を挟み、呼び止める。鹿島が不思議そうな表情で振り向いた。
「……ついでに私からも尋ねたいんだが……その、どうだ。杏子は元気にやっているか」
 尋ねてすぐ、少し後悔する。生徒から妹の様子を探るなど、姉としても教師としても情けない話だ。だが仕方ない。杏子とまともに口を利く勇気を、燈子は持ち合わせていない。
「はい、大丈夫だと思います。部内でのごたごたもあってか、春先は少し、元気がなかったようですけど。最近は凄く溌剌として楽しそうですよ。それに……」
「……それに?」
 鹿島は周囲を警戒する素振りを見せたあと、燈子にそっと耳打ちした。
「杏子ちゃん、バレー部に好きな男の子がいるみたいですよ」
「なにッ! それは本当なのかッ!」
 つい、前のめりになる。鹿島はギョッとした表情で、人差指を唇の前に立てた。
「しーッ! せ、先生、声が大きいです!」
「あッ……す、すまない。つい、驚いて。いや……そうか。まあ、そうだな。杏子もそういう年頃……だからな。好きな男子の一人や二人、いるのは当然か……」
「二人もいたら困ると思いますけど」
「そ、そうだな。それもそうだ。確かに……二人は困るな。ん、なんだ。何が可笑しい?」
「いや、橘先生もそういう表情をするんだなって。なんだか子供っぽくて、可愛いです」
 鹿島がくすくすと笑う。くすぐるような笑みを向けられて、燈子はポッと頬を熱くした。何人の不良に囲まれようが平静を崩さぬ女教師ではあるが、妹と同じ年頃の少女に邪気のない微笑みを向けられると、どうにも照れくさくてたまらない。
「判った、判った。もう必要なことは聞いた。いいから、お前は帰宅しろ」
「酷ぉい。先生が訊いたから答えたのに」
 燈子が払うように手を振ると、鹿島はむすッと頬を膨らませる。それから堪えかねたように破顔した。「じゃ、失礼しますね。ありがとうございました」と言い残して、先ほどより軽い足取りで、燈子の下を去っていく。その姿が消えたのを見届けて、燈子は息を吐いた。
(杏子に好きな人……か。まあ、当然だな。あの子は私とは違う。まともな感性を持った、素直で優しい女の子だ。恋もするだろう。……が、一体、どんなやつを好きになったんだ?)
 妹の想い人が気にかかり、無意識に視線が体育館へと向く。試験期間の体育館に人の気配はなく、ホイッスルの音も、ボールが床を叩く音も聞こえてはこなかった。
「まあ……いまさら私に妹を気に掛ける資格はない……か」
 胸に滲み続ける苦い感情が、泥のような溜息となって唇から漏れた。
 後悔と懊悩を繰り返していても仕方がない。仕事終わりに剣道場にでも寄って、一汗かいてから帰ろう。部室のシャワーを借りて汗を流し、バイクで夜風を感じれば、それなりに気分もスッキリするはずだ。燈子は悶々とした思考を払い、校内の巡回を再開する。
『助けて』
 妹からそんなメールが届いたのは、それから三時間後の、燈子が剣道場から出た直後のことであった。

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