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マクロプルーデンスな金融の規制・監督とは何か?

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2011年07月15日

  • 吉川 満

米国FRBのベン・バーナンキ議長は、2011年5月5日にシカゴで開催された「第47回 銀行の体制と競争に関する会合」において、「監督及び規制に関するマクロプルーデンスなアプローチの実行」と題する声明を発表しました。2010年に制定された、米国の新しい金融の姿を定めた、A4サイズで1500頁を上回るドッド・フランク法は、マクロプルーデンスな規制・監督を新しい金融制度の根本と定めています。本稿では、この声明に即して、マクロプルーデンスな金融規制・監督とは何なのかを、解説します。

マクロプルーデンスな金融の規制・監督とミクロプルーデンスな金融の規制・監督

マクロプルーデンスという用語は、今回の金融危機について、問題を認識し、その解決を図るために広く用いられるようになりましたが、従来用いられてきたプルーデンスな政策は、比較のため「ミクロプルーデンス」とした上で、これとの対比において「マクロプルーデンス」な政策とはどういうことを意味するのか、明らかにしたいと思います。

ミクロプルーデンスな政策とは、企業などの個別の経済主体の観点からの安全性・健全性を重視した政策を指し、いわゆる有価証券のミクロ分析などの形で広く実践されていました。しかし、2008年の金融危機は、金融システム全体の安全を確保するためには、従来のミクロプルーデンスな政策だけでは十分でない事を明らかにしたのです。これに対して、マクロプルーデンスな金融の規制・監督という場合には、デリバティブ、証券化の規制、規制のアービトラージ(注1)の監督に力を入れつつ、個別の経済主体の行動を超えたより広範な金融の規制監督の事を意味するものと考えていいでしょう。

FSOCの役割

米国では、他の金融規制監督機関と協力してマクロプルーデンスな規制・監督を実践する機関として、新たに金融安定監視委員会(Financial Stability Oversight Council)も設立されました。FSOCは、証券取引委員会( Securities and Exchange Commission )や連邦預金保険公社( Federal Deposit Insurance Corporation)をはじめ、10名の議決権をもつメンバー等から成ります。

そのFSOCの最重要の職務に関して、バーナンキ議長は前記の声明の中で、次のように述べています。「恐らくFSOCの最も重要な責任は、特定の非銀行金融機関と金融市場のユーティリティ(注2)を金融システム上重要なものとして指定し、FRB、もしくはFSOC加盟機関の追加の規制監督を受けるようにすることです。」これは、金融システム上どうしても保護しなければならない対象を指定し、連邦の諸種の金融規則相互間の適用の優先順位を定めることですから、FSOCの最重要な行為というのも十分に頷けます。

「結局の所、マクロプルーデンスな監督と規制の目的は、経済に対してより広範で深刻なダメージをもたらす金融崩壊のリスクを最小化することです」と、バーナンキ議長はこの声明の中で述べています。この金融崩壊のリスクの最小化効果が、金融システム上重要な金融機関・金融市場のユーティリティを指定することによって実現されるわけです。

マクロプルーデンスな金融政策の実施例・・・(1) マネー・マーケット・ミューチュアル・ファンドの安定性維持

続いてバーナンキ議長は、今回の金融危機において、米国が率先してマクロプルーデンスな金融政策を実践した例を二つ挙げています。第一は、マネー・マーケット・ミューチュアル・ファンド(以下MMF)の安定性維持のための措置です。既にMMFの安定性を高める規則を発表していたSECは、さらなるステップの措置が必要かどうかの調査を率先して実施しました。かつ、独自の分析と見通しを発表していた、FRBを含む他の政府機関の意見を求めたのです。こうした政府機関相互の意見交換は、MMF業界の潜在的なシステミックなリスクの認識に大きく役立ったのです。金融危機の最中に大規模な解約ラッシュに見舞われたMMF業界が、大恐慌当時の預金引き出しの様な大パニックに陥らなかったのは、マクロプルーデンスな金融政策の寄与が大きかったといえるでしょう。

マクロプルーデンスな金融政策の実施例・・・(2)2010年5月に発表された、ドル流動性スワップ・ラインの創設

マクロプルーデンスな金融政策が大きな効果を上げた第二の例は、2010年5月に発表された、ドル流動性スワップ・ラインの創設です。ヨーロッパのソブリン負債と銀行負債の利回りが上昇した事から、FRBはその示唆する所に関して検討を行い、ヨーロッパの金融機関のドル資金調達ニーズに有事の際の保証を設ければ、ヨーロッパのソブリン債務懸念の米国への波及を緩和できるという結論を得てこれを実行したのです。欧州や日本の中央銀行もFRBに同調し、この適時の措置によって、欧州のソブリン負債、銀行負債を中心に顕在化しようとしていた、流動性危機は辛うじて回避されたのです。

以上の二つの例から分かるように、金融の相互接続の進んだ現代社会においては、マクロプルーデンスな金融政策は単に理論的にのみ存在するのではなく、欧米を中心に、我が国を含む世界の金融政策の協調のまさに鍵としての地位を、急速に占めるようになっているのです。21世紀初頭の金融危機を経験した事により、世界の金融制度はマクロプルーデンスという新しい視点から、大きく刷新されたと言ってよいでしょう。今後この新制度がどのように継続的に発展していくか、注意深く見守っていく必要があると言えましょう。

(※1)規制のアービトラージ
例えば銀行が貯蓄貸付組合に転換したり、先物取引に代えてオプション取引を利用するなど、経済的実質が類似の取引を利用しつつ、適用される法律・規制を変えてしまうこと。

(※2)金融市場のユーティリティ
金融市場において一定の機能を果たしている機能体。例えばMMFのように特定の商品の形を取ることもあるし、決済機能のように特定の機能に着目してこう呼ばれることもある。

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