長崎県西海市の恐竜化石について
長崎県西海市大島町の海岸に露出する地層から、ハドロサウルス上科(鳥脚類恐竜)の歯の化石が発見されました。また、同じ地層から大きな骨の化石も発見されており、現在、西海市と福井県立大学恐竜学研究所による共同調査が進められています。今回の化石の発見は、従来知られていなかった白亜紀後期の地層が西海市にも分布し、長崎県の新たな恐竜化石産地が明らかとなった、日本の地質学・古生物学上において意義のある発見となります。
発見された化石について
発見の経緯
歯の化石(2015年9月29日発見)と骨の化石(2015年9月30日発見:長さ約70cm、詳細は不明)は、福井県立大学恐竜学研究所による西海市大島町の地質調査中に発見されました。今回報告し、公開するものは歯の化石です。なお、一方の骨の化石は数百m離れた地点で発見され、現在剖出作業(化石クリーニング)中です。今回は骨の化石は公開されません。
発見された化石の特徴(図1上、図2)
- 部位と点数
- 右の歯骨歯(下顎の歯)5本 1点
- 大きさ(高さ×幅×厚さ)
- 42 mm × 27 mm × 10 mm
- 種類
- 恐竜類 鳥盤類 鳥脚類 イグアノドン類 ハドロサウルス上科
- 解説
- 発見された歯の化石は、5本の歯が密集して並ぶデンタルバッテリーの一部です。歯の歯冠部は、①菱形である、②舌側は2本の稜線があり、うち1本が発達する(図2)、③歯が接して並ぶ〝デンタルバッテリー構造〟を形成し(図1下)、イグアノドン類の右歯骨(下顎)の歯であることがわかります。歯は前後にやや狭く細長いことなどから、比較的進化した鳥脚類恐竜であるハドロサウルス上科に属すると考えられます。
発見された化石の重要性
今回の化石には二つの重要性があります。まず、歯に見られる形態から、ハドロサウルス上科の進歩的なグループであるハドロサウルス科には属さないものの、ハドロサウルス科への進化をたどる上で重要な種類の恐竜と考えられます。同様なハドロサウルス上科の恐竜は、中国やモンゴル、北米、ヨーロッパの白亜紀後期の地層から発見されていますが、その記録のほとんどは大陸内部のものでした。しかし近年、福井県勝山市から日本最古のより原始的なハドロサウルス上科の化石が新属新種として発見され(コシサウルス・カツヤマ/2008年発見、2015年命名)、今回のようなハドロサウルス科への進化段階へと近づいた化石が発見されることから、これら鳥脚類の進化を知る上で日本はさらに重要な場所となってきました。なお、デンタルバッテリー構造となった歯の化石は日本では極めて稀で、今回のようなハドロサウルス科でない種類の鳥脚類としては日本初の発見です。
もう一点は化石の保存状態からみた追加標本の可能性です。デンタルバッテリー構造を構成する歯は、隣接する歯と軟組織で結合されています。したがって恐竜の死後、軟組織の腐敗などにより個々の歯は分離しやすく、多くの例では顎は歯が抜けた状態で発見されます。本標本は歯が繋がっており、探索すれば追加の部位がさらに得られる可能性があります。
参考)日本で発見された白亜紀後期のハドロサウルス上科の鳥脚類化石(*はハドロサウルス科と報告されている資料)
北海道小平町*(大腿骨と骨盤の一部)/ 北海道むかわ町*(全身骨格)/岩手県久慈市(歯)/福島県広野町(歯と頸椎)/福島県いわき市*(胸骨と脊椎骨)/兵庫県淡路島*(歯骨、烏口骨、頚椎、尾椎)/香川県さぬき市*(脊椎骨)/熊本県御船町(頭骨の一部、歯)/長崎県長崎市(大腿骨*と歯)
長崎県における白亜紀の地層と恐竜化石の発見、および今後の調査について
長崎県の恐竜時代の地層としては、長崎市の長崎半島海岸付近に露出する白亜紀後期の三ツ瀬層 (約8100万年前)と、五島列島と西彼杵半島の間の海域(西海市崎戸町江島と南松浦郡新上五島町相之島)に、より古い白亜紀前期と推定される地層が知られています(図3)。三ツ瀬層からは恐竜をはじめとする脊椎動物化石が近年発見されていますが、白亜紀前期とされる地層からの化石報告はなく、また熱変成もうけており、詳細は不明です。一方、西海市大島町では白亜紀の大瀬戸花崗岩類(約1億~約9000万年前:火成岩であり地層ではない)の上に、恐竜の時代よりも新しい地層のみが分布していると従来考えられていました。その時代は古第三紀の始新世前期から漸新世前期(約5000万年前~約3000万年前)にわたるとされています(図3)。長崎県では過去に石炭の探査や採掘のために詳しく地質調査が進められ、その地質的概念はほぼ定着していました。しかし、今回の恐竜化石が、西海市大島町の古第三紀とされていた地層から発見され、西海市にも白亜紀後期の地層があると判明しました。恐竜化石の発見で、定着していた地層の時代を大きく見直す珍しいケースと言えます。白亜紀後期は約1億年から約6600万年にわたりますが、少なくとも花崗岩類の年代よりも新しいということのほかは、その地層の広がりや長崎半島の三ツ瀬層との関係も不明です。この予想外の恐竜化石の発見により、西海市の地質について再検証する調査が必要となってきました。こうした地質学的問題の解明のため、西海市は福井県立大学恐竜学研究所との共同調査研究を開始しています。
展示公開スケジュール
新たに発見された歯の実物化石と複製は、下記のスケジュールで西海市と福井県立恐竜博物館にて一般公開されます。
西海市
7月29日㈯~8月6日㈰(午前9時~午後5時) | 西海市大島総合支所(西海市大島町1894番地5):実物化石を展示 |
8月8日㈫~8月14日㈪(午前9時~午後5時) | 西海市役所(西海市大瀬戸町瀬戸樫浦郷2222番地):実物化石を展示 |
8月15日㈫~8月30日㈬実物化石を展示 | 西海市崎戸歴史民俗資料館(西海市崎戸町蠣浦郷1224番地5) ※月曜、祝日、年末年始(12月29日から1月3日)は休館日 |
8月31日㈭以降 複製を常設展示予定 |
福井県
7月29日㈯~9月1日㈮:複製を展示 | 福井県立恐竜博物館エントランスホール1F(予定) |
9月2日㈯~10月15日㈰:実物化石を展示 |
標本画像
図2.
西海市から産出したハドロサウルス上科の歯の化石(舌側、図1参照)。
画像提供:西海市教育委員会・福井県立大学
図3.
長崎県における白亜紀層の分布と、長崎半島および西海市大島町における岩石と地層の概要。
画像提供:西海市教育委員会・福井県立大学