JX通信社社長の米重克洋氏に、資金調達の狙いについて聞いた。
撮影:今村拓馬
AIを用いたニュース速報アプリ「NewsDigest(ニュースダイジェスト)」で知られるJX通信社は2021年9月、シリーズCラウンドで合計22億円の資金を調達したと発表した。これまでの累計調達額は約35億円となった。
500万ダウンロードを突破したニュースアプリや制度の高い世論調査など、テクノロジーを武器にメディア業界に新しい風を吹き込んできたJX通信社。
資金調達を足がかりに、これから描く成長のビジョンを聞く。
どう稼いでいるのか?
「ビッグデータを活用すれば、解決できる世の中の課題はまだまだたくさんあります。メディア業界だけではなく、メーカーさんや自治体の課題解決につながる技術やサービスを考えています」
JX通信社社長の米重克洋氏(33)は、ビッグデータの可能性についてそう語る。
JX通信社は「通信社」ではあるが、記者はいない。既存メディアにはない、テクノロジーを活用した情報提供が特徴だ。
アプリ「NewsDigest」は2021年7月に500万ダウンロードを達成。近年は、新聞社やテレビ局と協働した世論調査やデータを駆使した選挙報道などでも注目されている。
メディア産業の経営環境の悪化が叫ばれる時代、気になるのはJX通信社がどうやって収益をあげているか、だ。
収益の柱は、Twitterなどの膨大なSNS情報などの多様なビッグデータを解析し、企業に情報を提供するサービス「FASTALERT(ファストアラート)」だという。
そもそも「FASTALERT」は当初、「災害や事故の発生」をメディア向けに提供するサービスとして始まった。
しかし、現在は顧客の幅を広げ、運輸業や損害保険業といった企業をはじめ、地方自治体などでも利用されている。
FASTALERTのサービス画面。SNS上にある災害情報を選別して表示している。
提供:JX通信社
損害保険やメーカーから資金調達
「これまではお客様と話しながら『どういう問題をSNSをはじめとしたビッグデータで解決できるか』について、一緒に走りながら作ってきました。ここからは、急速にサービスを拡大再生産するフェーズに入ります」
米重氏は今回の資金調達の意味について、こう説明する。
2021年8月に約20億円の資金調達先として発表したのは以下の5社。
・あいおいニッセイ同和損害保険
・JICベンチャー・グロース・インベストメンツ
・SMBC日興証券
・グローバル・ブレイン
・ABCドリームベンチャーズ(朝日放送グループ)
さらに9月には、富士フイルムシステムサービスからも資金調達し、借り入れを含めたシリーズCラウンドの調達額は総額約22億円、これまでの累計調達額は約35億円となった。
調達した資金は「ビッグデータを解析するプラットフォームの強化」や「広告などのマーケティングセールス」にあてるという。
災害対策、自治体への導入狙う
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
メディア向けのサービスとして始まったFASTALERTだが、いまでは電力、ガス、通信、鉄道などのインフラ系から物流、製造業な導入企業は多岐にわたる(利用企業の数や業界は非公開)。
今後、さらに注力したいと米重氏が語るのが地方自治体への導入だ。
「例えば、大雨のときに河川の様子を知りたくても、センサーが設置されている場所は限定的です。カメラが捉えられる情報も限られています。網羅的に情報を集めようと思ったら、その場所に住んでいたり、通りかかったりした『人の目』の情報が役立ちます」(米重氏)
近年は記録的な豪雨や台風による被害が相次いでいることから、地方自治体からの問い合わせが増えているという。
「これまで以上に自然災害のリスク管理への需要が高まっています。突然起こる災害時に対して、自治体は住民への注意喚起や避難誘導、応援要請など判断を迫られます。
2011年の東日本大震災ではSNSによる発信の有用性が注目されましたが、今後もSNSデータの有効性はさらに高まると考えています」(米重氏)
富士フイルムシステムサービスとは、地方自治体への導入強化を目指し、資金調達と同時に資本業務提携も結んだ。
富士フイルムシステムサービスは、地方自治体向けの戸籍総合システム導入で約7割のシェアを誇る。地方自治体とのパイプを「FASTALERT」導入の足がかりにしたい考えだ。
クレームの早期発見で「炎上」防ぐ
「FASTALERT for Marketing」では、調べたい情報をカテゴリーに分けて表示できる。
提供:JX通信社
自然災害リスクのほかに、JX通信社が注目しているのが「ネット炎上」対策だ。
2021年春からは、消費財メーカーなどをターゲットにした「炎上リスク」や「風評被害」、「顧客の声」などを把握するサービス「FASTALERT for Marketing」も開始した。
例えばこのサービスを使えば、ある商品についてTwitterに苦情やトラブルなどが投稿された場合に、メーカー側は異変をすぐに把握することができる。トラブルの早期発見により、迅速なクレーム対応や、意図せぬ「炎上」や風評被害の拡大を食い止めるなどに役立つという。
「Twitterで商品名を検索することは、誰でもすぐにできますが、欲しい情報以外の“不要な情報”も混じってしまいます。
FASTALERTなら、AIによって必要な情報を瞬時に判断し、集めることができます。写真だけの投稿や商品名が間違っている投稿であっても、ビッグデータの中から“欲しい情報”を拾えます」(米重氏)
また同じ技術を使って「消費者ニーズ」の把握にも役立てられるという。
「商品に関する反応」や「プロモーションへの反応」など、収集したい情報を登録することで、ビッグデータから必要な投稿をピックアップできる。
「FASTALERT for Marketing」については、大手の飲料メーカーや食品メーカーなどの導入実績があるという。
「ビッグデータで解決できる問題は、業界選ばずにまだまだある。ここからは、戦略的にその課題を埋めにいきたい」(米重氏)
(取材:横山耕太郎・吉川慧、文:横山耕太郎、編集:吉川慧)