外食産業はいま、厳しい競争環境にさらされている。幕張メッセで開催中のアマゾンウェブサービス(AWS)のカンファレンス「AWS Summit 2019」に登壇したすかいらーくの事例は、競争環境に対する冷静な危機感と、変わろうとする勢いの強さが感じられるものだった。
ガストをはじめとする多数のブランドを擁するファミレスチェーン大手のすかいらーく。店舗数は全国3225店舗、従業員数は約10万人、年間来店人数約4億人。2018年の通期売上高は3664億円(前年比1.9%増)だ。
すかいらーくホールディングス IT本部のデピュティ・マネージングディレクター 平野暁氏によると、従来、外食産業は「価格に見合ったおいしい料理」「感じの良いサービス」「効率的な店舗オペレーション」を確立していれば、「立地さえよければ儲かっていた」(平野氏)というビジネスだったという。
その外食産業の風景に、「小売り業界と同じような、破壊的な動きの兆し」があると平野氏は指摘する。
すかいらーくホールディングス IT本部のデピュティ・マネージングディレクター 平野暁氏。右はデジタル戦略プロジェクトをともに進めるチームラボ取締役の堺大輔氏。
小売り業界は、アマゾンなどの大手プレーヤーが圧倒的な存在感とスピード感で、文字通りディスラプト(破壊)が続いている。外食産業のそれは少し動き方が違う、と平野氏は言う。
外食産業の競争環境の変化としては、「コンビニなどの、いわゆる“中食”の質の向上」や「Uber Eatsなどテクノロジー企業の“侵攻”」「人手不足、人件費の高騰」「消費増税」などがあり、これらの変化によって、既存の利益やビジネスが多方面から少しずつ侵食されている、という。
外食産業の多くが、すかいらーくも含め「増収であったとしても減益」になっているのには、そうした背景がある。
ファミレスの巨人だろうとも、今までのやり方のままでは、生き残っていけない……その強い危機感がすかいらーくにはあると平野氏は言う。
生き残りの鍵として、取り組み始めたのがこれまで手付かずだった「デジタルデータの活用」だ。
「この2年で、いかに生存競争に生き残るかが、まず勝負」
GAFAにあてはめて、すかいらーくのビジネスで何ができるのかを考えている、というスライド。
「この10月にも(既定路線とされる)消費増税があるとすると、2%というのはすごく大きな話です。これによって、消費者の動向は大きく変わると見ています。どんどん(調理済み食品を家で食べる)“中食化”が進むのではないか、と。この対策をまずしなければいけない。
また2020年の東京五輪景気が終わると、おそらく消費動向が変わります。そういうことを考えると、この2年で、いかに生存競争に生き残るかが、まず勝負だと思っています」
登壇後の個別インタビューで、平野氏はこう語った。「生存競争」という言葉が飛び出すほどに、会社として危機感を強くもっているということか。
平野氏によると、店舗内のデータ分析は一部の実験店舗で実施され、主に画像解析を使って、2つの領域のデータ蓄積と分析を進めている。ウェイティングエリアと、食事をとるフロアだ。
最近は、大手クラウドサービス事業者が展開する認識サービスを使うと、映像から顔認識や感情推定といったことが比較的簡単にできる。これを使うと、「案内待ちでどれくらい待たされると帰ってしまうか」や「待っている最中の表情」がデータ化できる。
また、フロアでは「PCを使っている人はどれくらいか」「ドリンクバーをどの程度使っているか」「どういう年齢性別構成か」といったことも取得できる。
従来、すかいらーくが一定の行動データとして蓄積できていたのは、「支払いをした本人」の属性だけだった。来店客が本当は何人で、どういう構成なのか(家族連れなのか友人なのか、性別、年齢層など)までは取りようがなかった。
今回の取り組みの中で、画像解析と店内の注文データを突き合わせて分析しはじめると、「ようやく来店客の“リアルな利用動機”が詳細に見え始めてきた」と平野氏。いままでは店長などからの聞き取りが中心だったことからすると、まさに様変わりしたと言えるデータドリブンな取り組みだ。
こうした店舗内の消費行動をデータ分析する手法は、どの程度一般的なのか。
「仮説として、ある大手外資系チェーンはやっているのではないかと思ってますが、国内の外食産業ではあまり進んでいないのではないか」(平野氏)
社内のレガシーシステムをハックする
チームラボと取り組む4つのプロジェクト。
こうしたデータ活用の体制に大きく舵を切り始めたことを契機に、すかいらーくではチームラボと協力して、「利用客」と「スタッフ」両方のデジタル体験を変える動きを加速させている。
チームラボの堺大輔氏によると、すかいらーくとの開発事例は4つの大きなプロジェクトが動いているという。
開発に着手してわかったのは、すかいらーくを支える裏側の社内システムが非常にレガシーで、それぞれが切り離せないような密結合にされていたこと。例えば新しい宅配システムをつくるにも、「スピード感のある対応が難しい」構造になっていたことだったという。
「ガチガチに作り込まれた社内システムで、どうやってデジタル変革をしていくか」
「その基幹システムを極力変えず、1.5〜3カ月で初期開発して実証実験までもっていけるか」
これが、2社で取り組むプロジェクトの大きな課題だった。
とはいうものの、社内の基幹システムの大幅な刷新は、そう簡単にはできない。
そこで、基幹システムそのものは極力変えずに、システムの外側に中間サーバーを構築して、「新しいデジタル施策」が機能するように作っていった。
超短期開発にあたっては、要件の完全再現にこだわることをやめ、実証のために最も重要な要素だけにシンプル化して開発することで、初期開発を高速化した。
例えば、タブレットで操作する「デジタルメニュー」システムは、年末年始を挟んで約1.5カ月という超短期開発で初期ローンチにこぎつけた。
割り切ったのは、「タブレットから注文を飛ばす」という機能だ(初期ローンチ時は、タブレットだがホールスタッフが注文を取りに来る仕組みだった)。
ガスト渋谷宇田川町店に設置されたデジタルメニュー。
また、いま全国1000店舗で導入が進む宅配スタッフ向けのアプリも同様。当初3カ月で開発した初期版はかなり限定的な機能とし、企画当初の要望だった「ベテラン配送員のルートを学習して、新人にルート提案する」機能は、4カ月後にリリースした。
すかいらーくが持つ「仕組み」自体をプラットフォーム化する
すかいらーくホールディングスの平野暁氏。
すかいらーくは自社の店舗の導線設計、宅配などのサービスをデジタルトランスフォーメーションしていくだけではなく、自社アプリ(サービス)についても「オープンプラットフォーム化」していく意向だという。
具体的には、「デジタルプラットフォーム、全国10カ所の生産拠点(セントラルキッチン)、(自社の持つ)インフラを他社にも活用してもらう」(平野氏)というようなイメージを描いている。
もちろん、ただの構想ではなく、2020年中には何らかの形で、まず外部企業向けのB2BサービスとしてAPI連携の取り組みを開始したい、とする。
API連携の具体像にまだ確定したものはないそうだが、イメージとしては、各種ぐるめ予約サイトとの連携などからスタートして、将来的にはヘルスケアアプリとのデータ連携(注文した商品のカロリーが自動入力されるなど)といった使い方もありえる、と平野氏。
「APIの基盤をいま一生懸命つくっているところ。データもたまりはじめた。顧客IDをベースにしたビジネス基盤を確立して、そうしたサービスをスピーディーに展開していきたい」(平野氏)
(文、写真・伊藤有)