「モンゴル帰れ」はヘイトスピーチ?
横綱稀勢の里の逆転優勝に話題が集中する大相撲。その裏側で、モンゴル出身の大関照ノ富士に観客から「モンゴルに帰れ」というヤジが飛んだことが報じられた。
これはヘイトスピーチにあたるのではないか、と批判する声が強まっている。日本人横綱への熱狂と、モンゴル出身力士への冷淡な反応。大相撲はどうなっているのか?
3月26日、スポーツ報知はウェブサイトでこんな見出しの記事を配信した(現時点で見出しは変わっている)。
「照ノ富士、変化で王手も大ブーイング!『モンゴル帰れ』」
記事は、優勝を争う照ノ富士が立ち合いで変化し、はたき込みで琴奨菊を破った際、観客から飛んだ「ブーイング」を見出しにして報じたものだ。
横綱日馬富士の困惑
この後、土俵にあがった同じモンゴル出身の横綱日馬富士は場内の雰囲気をこう表現している。
照ノ富士へのブーイングが止まらず「オレが土俵に上がってるのに、すごい言葉を言ってくるから」と戸惑った。
「相撲を取るどころじゃなかった。集中してるけど耳に入ってしまう。次の一番に集中してる人のことも考えてほしい。大けがにもつながるから」(日刊スポーツより)
「相撲内容と出自は関係ない。これは差別発言です」
スポーツ報知は当初の見出しで、「モンゴルに帰れ」をブーイングと表現している。
「これは差別発言であり、ヘイトスピーチですよね。メディアがこれを見出しに差別を報じたのではなく、照ノ富士への批判という文脈で掲載している。大きな問題ですよ」
そう話すのは、大相撲ファンを自認する小説家の星野智幸さんだ。
読売文学賞を受賞した『夜は終わらない』など小説作品を発表する一方、自身のブログやツイッターで大相撲についてコメントもしている。
「相撲の内容と、出自はまったく関係ない。結びつけている時点で問題なのに、さらに出身国へ帰れというのは暴言のレベルを超えている」
「長年、大相撲を見てきましたが、こんな発言は記憶にないんですよね」
「ヘイトスピーチ」と指摘する根拠はある。法務省は「○○人は祖国へ帰れ」を具体例にあげ、これはヘイトスピーチにあたるとしている。
差別発言の温床はどこにあるのか?
星野さんはスポーツ報知の記事を読み、差別発言の背景や、それをそのまま見出しにして報道する温床はどこにあるのか考えた。
たどり着いたのは、最近の国技館を覆う「異様な空気」だ。
2015年1月、両国国技館。星野さんは白鵬が当時大関だった稀勢の里を破り、史上最多となる33度目の優勝を決めた歴史的な一番を観戦していた。
そこで大きな拍手のなか、こんな声援が聞こえてきたことを鮮明に覚えている。
「日本人がんばれ」
久しぶりに国技館で相撲を観戦すると、日本人力士とモンゴル人力士への拍手の大きさがまったく違うことに気がつく。
「そもそも、相撲は国別対抗戦ではないですよね。ひいきの力士を応援するもので、日本人を応援するものではないのです。露骨な出自びいきに戸惑いました」
戸惑いは今年に入ってからも続く。今年1月の稀勢の里の初優勝、「日本人」横綱の誕生、今場所の熱狂的な注目——。
「2場所連続優勝、もしくはそれに準ずる成績」が横綱昇進の条件なのに、「国民が期待している」と横綱審議委員長が公言し、優勝1回で昇進を決める。
「これまでの基準は何だったのか。日本人力士だけ特別扱いしていい、と日本相撲協会がメッセージをだしているようなものです」
「稀勢の里は素晴らしい力士だからこそ、これまでの横綱と同じように昇進してほしかった」
「日本人」横綱の活躍という物語に酔いしれる
星野さんの目には協会、メディア、ファンが一体となって「日本人」横綱の活躍という物語に酔いしれているように見える。
日本人という出自で応援することが肯定される空気が、観客のあいだで醸成されていた。そして、日本人力士の活躍に光を当てたポジティブな物語が生み出されていく。
出自を理由に応援していいなら、出自を理由にしたブーイングをしてもいいだろうという空気もできあがるーー。
その結果が今回の「モンゴル帰れ」発言につながったのではないか。そう星野さんは考えている。
相撲協会「本当に発言があったか確認できない」
当の日本相撲協会は今回の差別発言問題をどう捉えているのか。
3月29日、BuzzFeed Newsの取材に応じた協会の広報担当者は「お客様がどのような発言をしたのか、実際の音声を確認していないのでそれ以上は申し上げられない」と答えた。
確認するかどうかにもついては「確認する方法がない」。
差別発言に対して注意喚起をするのか尋ねると、「(観客は)相撲協会のホームページにある観戦に関する規約を守ってほしい」と話す。
差別発言に限った注意喚起をする予定はこの時点ではない。
「なにが差別かは、差別意識の有無で決まることではない」
再び、星野さんの話。
今回のケースがサッカーなら、どうだろうかと問いかける。きっと観客が特定され、試合を主催するクラブにペナルティーが課される事案だろう。
「かつて浦和レッズサポーターが『JAPANESE ONLY』という横断幕を出して、クラブ側の責任も問われたケースがありました。サッカーでは国際的に反人種差別を明確に打ち出しています。相撲はどう考えるのでしょうか」
忘れてはいけないのは、と星野さんは続ける。
「明確に差別をしてやろう、と思って差別する人は少数派なんです。多くの人は明確に意識しないまま、差別に加担していきます。なにが差別かは、差別意識の有無で決まることではないのです」
「これは差別である、と相撲ファンから声をあげていきたいと思っています」
【追記】
スポーツ報知は自社のウェブサイトで「26日付の紙面およびスポーツ報知HPで掲載した大関・照ノ富士関の記事と見出しで、観客のヤジを記述した部分に、ヘイトスピーチを想起させる表現がありました。人権上の配慮が足りず、不快な思いをされた皆様におわびします」と、おわびを発表した。