「『産後うつ』は『甘え』です」
国政選挙に政党の公認を受けて立候補した経験のある人物が、そんな間違った内容のツイートをして、批判を浴びている。
産後うつは産婦の10人に一人が苦しむ珍しくない病気で、適切な治療や支援が必要だ。「怒鳴りつけて躾け」は根拠がないどころか、病状を悪化させる恐れもある。
産婦人科医の宋美玄さんは、「産後うつに限らず、心身が参っている親を叱って追い詰めるのは、子どものためにもなりません。心に余裕をもって育児できるようにサポートすることが必要です」と呼びかけている。
産後うつとは? 産後のサポート不足も要因に
厚生労働省の母子保健計画「健やか親子21」の資料によると、産後うつ疑いは産婦の10%程度に見られる。日本産婦人科医会の「妊産婦メンタルヘルスケアマニュアル」でも産後10〜15%程度が発症するとされている。
厚労省によると妊産婦のうつでは、心身やホルモンバランスの変化や慣れない育児から「自分は母親失格だ」と自分を責める気持ちが起こり、睡眠も取れなくなり、食欲まで落ちる場合がある。
自分を責める気持ちが強くなると「母親失格の自分など、この世にいても仕方ない」などという自殺したいという気持ちが強まることさえある。
「妊産婦メンタルヘルスケアマニュアル」が世界中の研究を調べてまとめた産後うつの特徴はこうだ。
- 精神疾患を病んだ経験や、妊娠中のうつ症状や不安、社会的なサポートの不足で発症しやすくなる
- 産後数か月以内に発症し、産後4週以内が特に多い。
- イギリスの妊産婦死亡の調査で死因のトップが自殺であり、自殺の原因にうつ病の占める割合が多い
- 日本でも妊産婦死亡に占める自殺の割合は多い
- 母子心中や赤ちゃん殺しの背景には産後うつ病が関連する事例がある
- 産後うつ病は、母子関係や長期的な子どもの情緒とその発達にも影響する
- 母親のうつ病は父親のうつ病にも関連し、周産期における父親のうつ病発症も増加する
つまり、妊娠中の不安や母親へのサポート不足が産後うつの原因で、悪化すれば母親の自殺や親子心中、虐待の原因にもなる。子どもの発達や父親のうつ発症にも影響する。
厚生労働省はこうした深刻な問題につながる産後うつ病を早目に発見し、支援や治療に結びつけようと、保健師が生後4ヶ月までの乳児がいる全家庭を訪問する事業「こんにちは赤ちゃん」を行なっている。
国が税金をかけて支援に乗り出すれっきとした病気なのだ。
産婦人科医・宋美玄さん「精神論や根性でよくなるはずがありません」
だが、「産後うつ」はまだ理解が十分行き届いておらず、前出のツイートのように「母親の怠慢だ」と誤った認識を広げる人までいる。
これについて、BuzzFeed Japan Medicalは産婦人科医の宋美玄さんにお話を伺った。
ーー産後うつは甘えだという心ないつぶやきが話題となっています。産婦人科医として、この言葉をどう考えますか?
もちろん甘えではありません。産後うつで自殺する人もいますし、不眠や抑うつ状態になる人もいます。軽いものから重いものまで色々な病態があります。一番大変なのはもちろん自殺や自殺企図(自殺を図ろうとすること)でしょう。
甘えや、地球上に存在しないという考え方は明らかに間違っています。うつ状態やマタニティーブルーという状態ではなく、明らかに治療やケアが必要な病気です。
ーー怒鳴りつけて躾ける、というのはどうですか?
めちゃくちゃですよね。かえって症状は悪化しますよ。基本的に、産後うつ病は真面目な人がなりやすく、もともとの性格的な素因も影響します。
また、産後に育児が思うように行かなかったり、孤立していたり、早産や子どもに病気があるなど育てにくい要因があったり、パートナーのサポートがなかったりという環境要因も影響します。
真面目にやっても思うようにいかない状況に置かれた時になりやすいものです。
逆に、産後のサポートがしっかりしていて、子どももよく寝て、母乳も順調に出て、よく眠れるという人はなりにくい。
つまり、もともとすごく頑張っていっぱいいっぱいになっている人がなるので、精神論や根性、躾けるという考えでうまくいくはずはありません。
何よりも今回のツイートがおかしいのは、親を叱ることは子供のためにはならないからです。親を助けるのは、子供への支援なんです。親に「失格だ」とか「甘えだ」というのは、親を追い詰めていくだけで、子どものためには全くならない。
心に余裕を持って育児ができるようにすることを考えなければいけません。「産後うつ」という診断が付いているかどうかは別として、「甘えだ」と悪化させるようなことを言って赤ちゃんに不利益があったら、あなたは責任が取れるのかと問いたいです。
「それは甘えじゃないか」と思ってしまう人もゼロではありませんが、そのジャッジを本人を全く知らない他人がなぜする必要があるのでしょうか?
なぜ母親を責める言説が出回るのか?
ーージャッジして責めることが状況を改善しないですよね。
基本的に、お母さんのパーソナリティや精神状態をよそからジャッジするのではなく、その親のもとにいる子どもがどうしたらハッピーに育てられていくかを考えなければいけないわけです。「甘え」と責めることに何も利益もありません。
最近、男性育休などの必要性がようやく叫ばれてきましたね。そういう時は、揺り戻しで「最近の女性は甘えている」という言説が絶対出るものなんですね。
ーーこういう言説を支持する層も頭に浮かびます。
数年前に少子化対策で国会議員にヒアリングを受けた時に、若手議員も「男性育休はどうでしょう」と提案したら、「男が育児とかは悪いけど勘弁しててほしい」と言いましたからね。
しばらく後に小泉進次郎氏が育休を取ったら、その議員は前から支持していたように言ったのには驚きました。若手でも考えは変わらないです。
やはり、仕事で活躍することはパイの奪い合いと思っている人は多い。「女性活躍」と打ち出しながらも、自分が活躍するために、女性に育児の責任を負わせておきたい人はまだまだたくさんいます。
そういう層には受ける言説だと思います。母親に全責任を負わせ、産後うつという病態があることも全て幻想であることにしておいて、自己責任の問題にする。育児に女性を縛り付けておく。
ただ、このツイートぐらいおかしな言説になると逆効果でしょうね。これに賛同することは、ミソジニー(女性嫌悪)で前時代的な偏った人であることを明らかにするようなものです。
本来はどういう支援をすべきなのか?
ーー産後うつの傾向がみられたら、精神科などで治療するものなのでしょうか?
基本的には、精神科か心療内科と一緒に診ます。最悪は自殺企図なので、それを専門的に診てくれる診療科の力が必要です。ただ、精神科のドクターでも産後に明るくない人もいるので、理解と専門性がある人に繋ぐようにしますね。
あとは、服薬も必要なことはあるのですが、休息させたり、子どもと二人だけの時間を減らしたり、子どもから離れた時間を作る。
睡眠がちゃんと取れているかどうかを聞き取り、母乳育児がうまくいっていなければ、必要に応じた支援をしていく。
薬で気分がよくなることもあるのですが、環境が激変して、タスクが増えていることが問題なので、投薬だけでは回復は難しいです。
自殺企図のリスクがある時は一人にしない。あとは、個別の事情に応じた対応が必要です。赤ちゃんの病気などが心配な時はソーシャルワーカーや小児科などの出番になってくるし、個別の事情を掘り下げていく必要があります。
個人の体験を一般化するな
ーー今回、「私は産後3ヶ月で衆議院議員選挙を全力で駆け抜けました」と書いているように、育児の問題は、個人の成功体験を一般化して押し付けるアドバイスが多いことに気づきます。
それの最たるものが、橋本聖子議員が産後1週間での復帰でしょう。「あなたはすごいですね」と思いますし、「それはあなたの自由」だとは思います。
逆に歌手の浜崎あゆみさんは、早めに復帰したら「もっと休め」と言われましたね。
ーー浜崎さんはこれが全ての女性に当てはまることと誤解されないようにすぐにコメントを出しましたね。
女性が産後すぐに動けるという事の証明では決してありません。
肉体的にも精神的にも難しい産褥期を身をもって実感している今、誰よりも側で支えてくれる家族と友人達に感謝の気持ちと共に、日本中の妊婦さん達、お母さん達が休まる時間を十分に持てますようにと心から願っています。(浜崎あゆみさんInstagramより)
どれぐらいで復帰すべきか、しないかその人の置かれている状況もわからない人間が言うのはお節介です。フィギュアスケーターの荒川静香さんが産後すぐにリンクに復帰すると「すごい」と言われるのに、人によっては言われ方が違う。
休めというのも違うし、休み過ぎるというのも違う。もちろん産後、最低限の期間、体を休めることは大事ですが、人の育児に口を出すなと言いたいですね。
あなたが疲れなかったとしても、他の人はそうでないかもしれないのは当たり前のことです。
他の事柄だったら、「私はこれで東大に受かった」という方法があるとして、他の人がそれで受からないのはおかしいとは言いませんよね。
でも、育児だと「私はできた」と全国100万人のお母さんに個人の体験を元にアドバイスしてしまう。残念なことです。もっと家族や身近な人に評価される機会があれば変わるかもしれません
出産や育児や妊娠は、すごくパワーを取られるのですね。「すごいね」と言ってもらいたくなる人が多い。今回のツイートをした人も「3ヶ月で復帰してあなたはすごいね」と言われたいのかもしれません。承認欲求の裏返しなのかもしれませんね。
でもそれはあなた個人の問題です。人に押し付けることではありません。