男女とも働くのが当たり前になっている時代、みんなが頭を悩ませているのが育児と仕事をどう両立させるかだ。
医療の世界でも、子育て中の女性医師は当直勤務を免除するなどの配慮がなされてきたが、なぜか両立に頭を悩ませるのは女性医師ばかり。逆に、当直勤務の負担が増えて不公平感を持つ人もいる。
さらに、その配慮こそが、「育児は女性」という役割分業を固定化しているのではないかという声もあがる。
この問題が重くのしかかるのが、50代以下の医師の中で女性の割合が半数以上を占めるようになった産婦人科だ。お産を担う施設では当直は必須。医師の働き方改革で残業時間が制限されればさらに人手は不足することがわかっている。
大阪大学産婦人科では数年前、子育て中の女性医師から、当直勤務を平等に担うことを提案し、男女、子ども有り無し関係なく働く体制が続いている。
その女性医師、学内講師で婦人科病棟医長の橋本香映さん(46)にお話を伺った。
37歳で出産し、1年間専業主婦に
橋本さんが愛媛大学医学部を卒業し、大阪大学産婦人科の医局に入局した1999年当時、大学の指導層には、結婚していたり、子育て中だったりする女性医師はいなかった。
いつか子どもは欲しいと漠然と思いながらも、働きながら子育てするモデルもいないまま、2006年に大学院の博士課程に進む。専門医の資格を取ったタイミングで、同じ産婦人科医局の同期だった夫と結婚した。
「子どもは欲しかったのですが、自分のキャリアを優先したい気持ちの方が強かった。大学院を卒業するまでは産めないと思っていました」
1年間、関連の市民病院で働いた後、夫と共にカナダに3年間留学。最後の年に妊娠し、長女を出産した。出産後2ヶ月で帰国し、そこから1年間、専業主婦として子育てに専念した。
「留学してひと段落したこともあって、子どもと一緒にいたかったのです。いつか復帰しようとは思っていましたが、無職の状態になっても娘と過ごす時間を選びました」
2011年に医局に復帰 勤務規定を見てみると...
娘が1歳2ヶ月になった2011年4月、医局に復帰して助教になった。子育て中の働き方はどうなるのか、大学の勤務規定を確認してみると、子どもが1歳になったら出産前と同じ条件で働くことになっていた。
「そもそも指導する立場になるので、しんどいことを率先してやらないと若い医師はついてきてくれません。正直、もっと家にいたいなと思いましたが、他の子育て中の女性医師も当直をしていましたし、仕事も好きだったので、自然にみんなと同じように当直勤務をしました」
橋本さんが当直勤務中は、1年前に助教になっていた夫が早く帰って娘の世話をした。
「最初は『僕はウンチの世話は無理』なんて言っていましたが、必要があればできるようになるものです。家事は未だに苦手ですが、育児は積極的にやるようになりました。どうしてもしんどい時は実家に子どもを連れていって凌いでいますね。同じ仕事で互いの大変さはわかるので、家事の手抜きにはお互い何も言いません」
その後、数年が経つと、子育て中の女性医師の中で、「夜勤はできないので、休日の日直を引き受けたい」と配慮を求める人が出てきた。
その頃、産婦人科の勤務表を作る担当になっていた橋本さんは、医師全員に意見を聞いて回った。
「それはないやろ」という人も、「もっと免除してあげて」という人もいた。もっとも賛同が多かったのは、月2回、土曜日の日直を引き受けることで夜勤を免除しようという声で、そのように対応することになった。
妊娠・出産で「当直免除」の要望も続々
その後、女性医師の割合が増えてくると、子育てを理由に「当直を免除してほしい」と求める人が増えてきた。
そして数年前、たまたま助教に欠員も出て、当直を担える医師の数が減ることも重なった。瞬間風速的に、これでは当直が回せないという危機が訪れた。
「大学院生の応援を増やそうかとも考えたのですが、当直料は安いですし、『子育て中でも当直をしている人もいるのに』という声が上がっていました。大っぴらに不満が言えない男性医師は『橋本先生は当直もしてて偉いよね』と暗に当直をしない女性医師を非難することも増えていました」
子育て中の女性医師にも、月2〜3回、夫と勤務を調整して当直を担ってもらうことはできないのだろうかーー。
その頃、当直を免除していた女性医師3人のうち、2人は夫が医師。「夫が忙しいので」という免除理由を聞くたびに、二人とも産婦人科で当直を担う橋本さん夫婦は微妙な気持ちにもなっていた。
夫の仕事が忙しい? 妻の仕事は忙しくないの?
「子育て中に当直もしている先輩の私が言えば、圧力になるかもしれないとは思ったのですが、一人一人に『均等に当直できないかな? おうちで相談してもらえない?』と聞いて回っていきました。『やれなくはないですね』と言ってくれて、子育て中の女性医師もみんな均等に当直する体制ができました」
「配慮」なのか? 「排除」なのか? 当直は医師のスキルアップにも役立つ
現在、当直を担う助教は13人で、そのうち女性は5人。いずれも子育て中だ。当直は二人体制で、オンコール(当直ではないが何か必要があったら呼び出しが優先的にかかる勤務)が一人つく。
人員が足りない分は大学院生が週1日入るが、特に不満を聞くこともなく回っている。
「私に不満を言わないだけかもしれませんが、正直、当直は医師としてのスキルアップにもなるんです。一人で対応すべきか、先輩を呼ぶべきか、人を集めるべきか自分で責任を持って決断する。厳しい状況で判断をするのは必要な訓練です」
もちろん、医師の中でも昼間だけ働いて、外来だけ診たい人もいる。子どもが小さい時や、病気や介護などで、仕事を制限したい医師の働き方も尊重したい。
「本来、男女問わずいろんな働き方があっていいはずですが、産婦人科は人員に余裕がないのも事実です。そして当直はいったんしなくなったら、また戻るのはきつい。一線で働き続けたいなら、細々でも当直を続けた方がいいのではないかと思います」
さらに、女性医師だけ当直を免除することで、指導的な立場を目指す意欲が減退することも危惧している。
「『配慮』は、キャリアからの『排除』にもつながっているのが現状です。50代より上の世代では女性医師も少なかったですし、社会全体も『子どもができたら女性は家庭優先』という意識が強い」
「医師同士の結婚も多いですが、母親が専業主婦の男性医師も多く、妻が育児との両立に悩んでいると、自分が育児を頑張るというより、『しんどいなら僕の給料でやったらどうか』という発想になる人が多いのではないでしょうか?」
「さらに、子育て期間中の業務軽減措置を女性に限定することは、女性が育児の多くを担う理由を与えることになり好ましくないと思います」
女子受験生に不利な得点操作をして合格者数を減らしていた東京医科大学は「女性は結婚、出産をして育児をしなければならず長時間勤務ができなくなる」と理由を話していたのは既に報じた通りだ。
「子育てが大変な時に1人分の仕事ができないのは事実です。でも、だからこそ余裕のない産婦人科ではいかに上手に回していくかを考えるべきですし、本当は父親だって1人分ではなくなって子育てに時間を割く時はあるはずです。そこは、職場内で助け合いたいところです」
大学の人数だからできること 集約化が必須だが....
この当直の均等割りが始まってから1年、今度は40代半ばの人の当直を減らすべきかどうかということが議論になった。
「それまで年齢が上の人は減らして、その分、男性の若手医師に被せていた時期があったんです。新しく当直係になった子が『これはおかしくない?』と指摘したので、結局、その配慮もなくしました」
今は、基本は勤務規定どおり、勤務規定以外の業務軽減措置として、妊娠したら遅くとも22週から当直は免除するという運用になり、原則、平等に当直を分担する勤務体制は継続中だ。妊娠については妊娠がわかったときから希望すれば夜勤免除がうけられるが、希望しなくても22週になったら免除とした。
ただ、こうした運用は全国のどこの施設でもできるわけではないと橋本さんは言う。
「人数が多い大学だからできることですし、一般病院の医師の人数ではとても無理でしょう。やはり施設を集約化して施設ごとの医師数を増やすことが必要だと思いますが、一般の人がお産できる施設が近くになくなることを理解してくれるかどうかです」
さらに、医師の意識の変化も必要だという。
「『男女共同参画は家庭から』という言葉がありますが、男性も、そして女性医師自身も意識を変えないと難しいでしょう。女性医師もなんでもかんでも自分でやろうと思ったら潰れてしまう。自分がやる方がうまくできると思うこともあるかと思いますが、思い切って任せたらうまくいくことも多いです」
橋本さん自身、娘に「お母さんが家にいたら友達ともっと遊べるのに」と言われたり、娘の成績が下がると「家にいて勉強をみてやれたらこうはならなかったのではないか」と悩んだりする葛藤と日々戦っている。
当直で大変な思いをして、「こんなしんどい思いをするなら、もっと楽な働き方もあるのに...」と思ったこともある。
「でも、やはりプロとして専門性を発揮して働くのはやりがいがあるんです。命を救う、なんて高尚なことは考えたことはありません。でも、目の前の仕事に責任を持つ能力があると感じ、その責任を果たすことはやはり喜びなのだと思います」
同僚の子育て中男性医師は?
この日、オンコールだった助教の男性医師、中川慧さん(37)は、当直勤務が均等になったことについてどう思っているのだろうか?
「劇的に変わったというわけではないのですが、やはり楽になった感はありますね。自分も子どもがいるのですが、早く帰って子どもを風呂に入れることもしやすくなりましたし、家庭での時間は増えていると思います」
子育て中の女性医師の当直勤務が免除されていた時、男性医師としては「平等にしてほしい」とは思いもしなかったという。
「それはパワハラ、セクハラになりかねません。子育て中の女性医師の方から提案してくれて、正直、ありがたいです」
そして、勤務に余裕ができたからこそ、同僚をサポートしやすくなったとも言う。
「突発的に他の先生がプライベートで大変な状況になった時に、『カバーしようか』と声をかけやすくなりました。自分が勤務が大変な状況だったらそんなことをする心身の余裕はなかったでしょう。ベースが均等な勤務になったからこそ、そういう個人的な配慮はしやすくなったのだと思います」
ボトムアップだからできたこと 多様な働き方に配慮できないと生き残れない
同大産科学婦人科学教室教授の木村正さんは、男女平等で当直を回している教室の運営を歓迎しながらも、この体制はどこでも取れるわけではないと釘を刺す。
「うちの場合は、様々な勤務希望を持つ人が出てきて収拾がつかなくなった結果、ボトムアップで女性医師から提案してくれたおかげで実現したこと。でも、違う考え方でうまく回している施設もありますし、どこでもこの体制がベストというつもりはありません」
日本産科婦人科学会理事長でもある木村さんは、医師の働き方改革で残業時間が法的に規制されるようになれば、夜間や休日の在院勤務が必須の分娩施設は生き残れなくなるという大きな課題の舵取りも迫られている。
「割合が増えてくる女性医師も夜間の在院勤務を担えるような体制づくりが必要です。その一方、男女問わず、一律な働き方を押し付けるのではなく、多様な働き方を認められる職場でないと、産婦人科は敬遠されてしまうだけです」
「医師を確保できず、無秩序にお産を辞める施設がどんどん増えることがないよう、施設を集約化して人を集めることも必要ですが、妊婦さんに不便をかけることも出てくるはずです。どうしたらこの危機を乗り切れるのか、本当に難しい局面に来ています」
お産を守りながら、医師の仕事の負担を減らすために、これから産婦人科医の働き方はどのように変えていけばいいのだろうか?
「男女問わず家庭生活も守れる働き方をするために、どのようなサポートができるのか、また、不便をおかけすることになる妊婦さんや家族たちにどのような代償を提案できるのか知恵を絞らなければなりません。いずれにしても、産婦人科だけでは解決できない問題です。一般の皆様にも理解し、協力していただきたいと願っています」
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