【丸の内Insight】7&iに買収提案、個人株主対策でイオンと明暗
布施太郎皆さん、おはようございます。布施太郎です。今月のニュースレターをお届けまします。
先日、ある事業会社の取締役とのランチの際、7&iホールディングス(HD)に対する買収提案の話題になりました。決してひとごとではないと真剣に話すまなざしから、日本企業にとって「黒船襲来」の危機感を持って受け止められていることを実感しました。何人かの買収防衛の専門家と話をしても、日本企業の間で緊張感が高まっていることがうかがえます。
7&iHDの時価総額は約5兆6000億円。もはや規模が大きいからといって安心してはいられないのでしょう。経営の独自性をあくまで維持したいのであれば、企業価値を高める道筋を示し、実現させること。それが、アクティビストや招かれざる買収者に付け入れられない対応策の王道です。ただ、それだけが防衛の手段ではないようにも思います。
今回は、7&iHDのライバルと目されるイオンの株主対策に注目しました。アクティビストからの攻勢に続き、グローバル企業から買収提案を受けている7&iHDとは対照的に、イオンが表立ってアクティビストなどから攻勢をかけられたことはありません。両社の違いはどこにあるのでしょうか。
顧客が安定株主として存在感
個人株主数約87万3000人、個人持株比率は32.5%。イオンの株主構成の特徴を示す数字だ。個人株主数でNTTの約176万人、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の約111万8000人に次ぐ規模となる。NTTとMUFGの個人株主比率はそれぞれ25%と21.8%。イオンの個人株主の割合はひときわ高い。
一方の7&iHDは個人株主数が約6万2000人、比率は9.3%にとどまる。個人とは対照的なのが外国人投資家の持ち株比率だ。7&iHDの36.1%に対して、イオンは13.9%に過ぎない。
イオンの個人株主数の多さは、全国に展開するグループ店舗の顧客を株主に招き入れる「お客さま株主」というスローガンの下で進めてきた取り組みの成果だ。同社の小林哲也ブランディング部長は「お客様と株主は一体だと考えている」と背景を説明する。
同社は1985年に株主優待制度を創設し、個人株主の拡大に動き始めた。顧客から経営者と同じ目線に立った意見を聞きたいという考えが原点にある。現在の優待制度は、100株以上の株主に対して保有株に応じて購入金額の3-7%をキャッシュバックする内容だ。
10年以上前から株主総会とは別に個人株主を対象とした株主懇談会を始め、直接意見を聞く機会も設けた。2023年度は全国8カ所で開催。取締役ら経営幹部が出席し、個人株主の意見に耳を傾ける。
小林氏によると、個人株主は優待制度の利用率が高く、短期売買で利ざやを稼ぐデイトレイダーとは異なり、長期保有の投資家層であることがうかがえるという。さらに、議決権を行使する人も多く、会社提案への賛成比率も高い。顧客が安定株主として定着し、存在感を発揮していることが見て取れる。
一方の7&iHDも今年、株主優待制度を新設した。100株以上の株主に対して保有数や保有期間に応じてグループ各社で利用できる商品券を配布する。
同社の大川雅之広報センターシニアオフィサーは「買い物を通じて事業に対する理解をより一層深めてもらい、より多くの株主に中長期的に保有してもらいたい」と導入の趣旨を語る。さらに、持ち合い株解消の動きを踏まえて「お客さまでもある個人の投資家層の拡大に取り組みたい」とした。安定株主としての個人株主開拓に踏み出した形だ。
持ち合い株解消の受け皿
デロイトトーマツエクイティアドバイザリーの古田温子社長は、グローバル企業になり、時価総額も大きくなると自ずと外国人株主や機関投資家の持ち株比率が高くなると指摘。その分、アクティビストや買収提案に対する脆弱(ぜいじゃく)性は増すと語る。ましてや、企業が持ち合い株を手放す動きが加速し、安定株主が減少の一途をたどる中で、そのリスクは高まらざるを得ない。
古田氏は「対抗するには自らでどのように企業価値を上げられるのかを市場に示す必要がある」とし、日頃から株主と対話を重ねて自社の考えを説得力を持って伝えることが重要だと訴える。さらに「持ち合い株解消の受け皿をどのような投資家に担ってもらうのかも重要になっている」と話す。
イオンは経営指標が必ずしも優れているわけでははない。ブルームバーグのデータによると24年2月期の株主資本利益率(ROE)は4.36%で、6.25%の7&iHDに見劣りする。しかも、市場が嫌う買収防衛策も導入している。
それにもかかわらず、株価収益率(25年2月期の予想PER)は73.3倍、株価純資産倍率(PBR)は2.9倍となっており、いずれも7&iHDの19.7倍、1.6倍を大きく凌駕(りょうが)する。成長性や収益性だけでは測れない企業価値が市場で評価され、株価に反映されていることを示唆している。
存在意義と理念
イオンは昨年、定款の企業理念に具体的な内容を追加し、記述を大幅に増やした。企業理念を分かりやすく伝えるのが狙いだ。
小林氏は「今の株価の倍の値段で買うと提案する買収者が現れたら、株主が応募しない理由はないと思う」と打ち明ける。「しかし、われわれの理念やビジョンを理解してくれるファン株主であれば、倍の価格でも断るかもしれない。株主との対話をより一層深めて、そうした株主を増やしていきたい」と力を込めた。
企業価値の向上は、経営者にとって当たり前の責任となった。それと同時に、自社の存在意義や理念を磨き上げ、どこまで浸透させることができるのか。資本市場のセオリーだけにとどまらない手立ても求められている。