錫器に一生をかける33歳の職人 掛川
錫器(すずき)職人として一生生きていくと決意した人がいる。掛川市川久保の志村泰利さん(33)。江戸時代後期に京都で創業した金属工芸専門店で修業し、3年前に故郷に帰って工房を設立した。「錫職人はおそらく県内唯一。錫の魅力を広めたい」と意気込んでいる。
錫は仏具や神具、食器や酒器などに使われる。1200年以上前、中国から伝わり、金銀に次ぐ高価な金属だ。熱伝導が高く、冷たいビールを入れると器も冷たくなる。重量があり、ずしりと感じる。
志村さんは日蓮宗の寺院の次男に生まれ、将来は手に職をつけたいと京都造形芸術大に進学。大学では木工を学んだ。錫との出会いは偶然だった。
卒業を控えた2011年1月ころ、なじみのバイク店の主人に、来店した京都の老舗金属工芸店「清課堂」(京都市中京区)の7代目当主を紹介された。誘われて店に行って話を聞き、手仕事で使い込むほど風合いや味わいが出る錫の魅力に引かれた。卒業後の進路が決まっていなかったので、すぐに入社した。
週3、4回、大阪の工房に通い、60歳を超える師匠に錫器作りを学んだ。ろくろを回して錫を削る作業は力仕事で、腕が良ければきれいな削りかすが出る。「ろくろ作業は伝統技法で、職人は全国で10人ほどしかいない。責任を感じ、継ぎたいと思った」と振り返る。
師匠から「自分でやるなら工具を譲る」と言われ、独立を決意した。寺社が多く文化的な京都には売り先が多い。知人には「京都で事業をしたらどうか」と言われたが、「地元愛が強く、いずれ帰りたかった」と実家の一角に工房を設けることにした。
毎朝9時に作業場に来て、夜10時ころまで錫器を製造する。錫を溶かし、流し込んで製品にあった形を作り、磨く。磨く時に重要なことは回転するろくろの速さで、足元のペダルで微妙に調節する。昼食を忘れることも多く、休日はほとんどない。「手を動かしていないと不安」と話す。
錫はインドネシア産で1キロ3千円前後で購入。今は主に食器や酒器を作っている。ブランド名は「MAKINAGI」(マキナギ)。寺の入り口にあるマキとナギの天然樹にちなんだ。アーチ型の山門で、県指定天然記念物(植物)だ。
製造技術は一定水準に達したが、課題は営業だ。製品をネット販売したり、掛川市内の飲食店や美容室に売り込んだりしているが、口コミが主流。イベントでのPRや体験教室も考えているが、コロナ禍で思うように動けない。将来は地元名産のお茶向けの茶筒、床や内装に使う建材、ペットの骨つぼも企画。文化的な雰囲気も重視し、普及を図るつもりだ。
志村さんは「今は生活費を稼ぐ程度だが、錫器を死ぬまで追究する覚悟を決めた。京都は伝統の縛りがあるが、幅広い用途を考えられるのは地方のよさだと思う。製造と営業のバランスを考え、静岡ならではの錫器を生み出したい」と話している。
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